カッシード公国における、〔救世の御子〕関連の会議にて
アーシェが現在居るここは、【フージェン宮殿】。
〔カッシード公国〕を治める為政者、〔ヘイゼル大公〕が住まう王宮。
この中に在る【接見の間】に於いて、続々と報告が成される。
内容は勿論、〔救世の御子〕関連。
アーシェの様に各地へと派遣された【監査人】が、それに該当するか経過観察し。
その報告書を元に、候補をランク分けしている。
〔ランク1:原石〕・〔ランク2:研磨中〕・〔ランク3:整形中〕と言った具合に。
ランクを制定するのは、ヘイゼル大公直轄の組織で。
監査人からの報告・レポートを精査する、【エビライ機関】。
今回は、各地へ散らばっていた監査人が久し振りに集合し。
大公へ直々に報告する、【上奏会】が開かれている。
上奏会を経て、情報が更に精査され。
最有力候補に該当するランク5の〔トップジュエリー:TJ〕には、3人が認定された。
1人は。
〔ヘムライド王国〕内に在る湖で暮らす、水の妖精〔レプラコーン〕の青年。
1人は。
【ネムレン大渓谷】一帯を支配する【竜人】コミュに属する、【風竜人】の少女。
最後の1人は、ヒィ。
それぞれが、〔神器を越えると言われる物〕を所有し。
それを駆使して戦う。
一説によると、3人のバックには。
各自、超常的な何かが存在し。
Kへの対抗勢力を築きつつあるとの事。
その情報を、お抱えの魔導士〔ウェイン〕から補足説明されると。
大公は顎に左手を添え、緩く撫でながら考え込む。
「3人か……多いのか少ないのか、判別が難しいな。」
「仰る通りです。」
ウェインが相槌を打つ。
現時点では。
〔研磨中〕に相当する、〔腕は立つがまだ粗削り〕な人物が。
ポツポツと現れれば、良い方だ。
大公は、そう考えていた。
なのに、『最高ランクに3人も認められた』と言うのは。
裏を返せば、『〔ゼアズ・ワールド〕に迫る危機が、想定よりも早い』と言う事なのでは?
そう危惧される事態でも有る。
ここは、慎重に動かねばなるまい。
そう考え、大公は。
TJ及び〔ランク4:宝石化〕に認定された者を担当する、監査人を。
大広間に集め、意見を聞く事にした。
大広間に集められた、監査人。
直径30メートル程の円形の大テーブルが、ドーンと中央に置かれ。
その周りに並べられた椅子へと、皆着席している。
構成するのは、貴族だったり騎士団員だったり。
ウェインを師と仰ぐ、魔法使いも居た。
特殊工作員も2名、普段は各方面への諜報活動に就いているのだが。
活動過程で、偶然候補を見つけたので。
そのまま監査人へとスライドした。
色々な役職が混ざる十数名を前にし、大公が告げる。
「残って貰ったのは他でも無い、〔これからの監査活動に付いて〕である。TJに当たる者が3名、その下に当たる者が数名。それぞれ認定された。それは皆の承知の通りだ。」
「何か問題でも?」
或る監査人が、大公へ質問する。
大公は答える。
「天啓が降りてから数カ月。この短期間にしては、『多過ぎだ』と思わないか?」
「なるほど。確かに。」
別の監査人が、大公の言葉に頷く。
更に大公は、この場に居る者へ呼び掛ける。
「この事態をどう思うか、忌憚のない意見を聞きたい。」
「申し上げます。」
騎士らしき者が、スッと右手を挙げる。
大公の左隣に座っていた、この国の大臣が指名すると。
スックと立ち、意見を述べる。
「これ程早く候補が見つかるのは、寧ろ喜ばしい事かと。」
「ほう。何故だ?」
「はい。現れるであろう敵に対して備えを持つには、時間が掛かります。早々に取り掛かれる程、こちらに有利かと。」
「もっともな意見だ。他には?」
「申し上げにくいのですが……。」
ソーッと右手を挙げる、魔法使いらしき人物。
大公の右隣に座っているウェインが、発言を許可する。
魔法使いは立ち上がり、物申す。
「確かに、早過ぎます。この場に居られる方を、疑っている訳では無いのですが……。」
「何だ?はっきり申してみよ。」
「はい。不正確な報告をされている方が、中にはいらっしゃるかも知れません。」
「何故、そう思う?」
大公の鋭い眼差しに、少し臆しながらも。
魔法使いは告げる。
「お互い、監査対象を。この目で見た事が有りません。偽るのは容易いかと。」
「何と無礼な!」
「他に言い方が有るだろうが!」
そう、怒る者も居れば。
「人によって、監査基準が違うやも知れんな。」
「誤差は或る程度、出て来るだろう。」
魔法使いの意見に同調する者も有り。
魔法使いは要するに、『監査人の報告が正しいとは限らない』と言う主張をしているのだ。
では、どうしたら良いか?
手っ取り早いのは、〔救世の御子〕候補を。
大公やウェインに直接、引き合わせる事なのだが。
『それは難しい』と、貴族らしき人物が言う。
「地元を離れられない事情を、抱えている者も居りましょう。全員をこの場へ集めるのは、現実的では無いと考えられます。」
『ならば』と、ウェインが。
取って置きを提案する。
「地元を離れても大丈夫な者が。別の候補の元を訪れて、お互いを見比べさせてはどうか?それなら融通も利くでしょう。」
「それは正論だが……。」
「ここへ戻って来るにも、かなり時間が掛かるのに。各地を尋ね歩ける者が居るとは……。」
「それに我々も、いつも対象の傍に居られる訳では無い。実現は難しいのでは?」
喧々諤々と、議論が飛び交う。
そこへウェインが、目を伏せっているアーシェに話を振る。
「ゼストリアン卿よ。そなたの報告の中に在った【あれ】は、他の者は使用可能でしょうか?」
ギクッ!
やっぱり、懸念していた通りの流れになったか。
だからなるべく、目立たない様にしていたのに。
アーシェは意気消沈。
大公の真反対から、ややズレた席へと就いていたのも。
意見を求められるのを逃れる為。
前に誰かさんによって、思い切り赤っ恥を掻かされたので。
『大公へ合わす顔が無い』、そう思っていたのだ。
しかし魔導士直々の御指名だ、答えない訳には行かない。
他の監査人も、『〔あれ〕とは何ぞや?』と言った顔付きをしている。
仕方無い、話すか。
アーシェは、重い口を開ける。
「それは、〔ゲート〕の事でしょうか?」
「ゲート?」
「聞いた事が無い名だな。」
「一体、どの様な物か?」
貴族の令嬢で、騎士も務めている人物が。
言い出しにくい事なのだ。
相当凄いに違いない。
場の空気は、期待に高まる。
ウェインがアーシェに返答する。
「そう。別の場所へ瞬時に移動出来る、不思議な扉の事です。」
「そんな便利な物が!」
「この世界に在るとは!」
「それが有れば、我等も移動が楽になる!」
ああ、期待値が上がって行く。
この後、ポッキリと折れるかも知れないのに。
しかしここは、正直に答えるアーシェ。
ウェインに向け、話し始める。
「分かりません。」
「『分からない』とは?」
ウェインが、少し曇った表情となって尋ねる。
アーシェは、真剣な顔で答える。
「現物は確かに、真直で見た事が有ります。しかし私自身は、通った事が有りません。しかも関係者によると、『通れる人物は制限されている』との事。これ等は、報告書の通りです。」
「ほう。」
「その関係者の言葉では、『神々が作った通り道故、神々の許可が下りた者しか利用出来ない』らしいのです。」
ほらほら、もう諦めてくれ。
でないと、変な事態になりかねない。
あの者は、こう言うややこしい場に。
率先して首を突っ込みたがるタイプだ。
もう、あんな辱めはこりごりだ。
フキへの引っ越しの前の出来事を思い出し、身体がプルプル震えているアーシェ。
彼女の言葉に存在を思い出したのか、大公が声を上げる。
「おお!その関係者とやらはもしや、いつぞやの……!」
「そ、それ以上は成りません!またご無礼を働いてしまいましょう!」
「不思議な奴だったな。いきなりそなたと現れたかと思えば、『引っ越させるから、宜しく!』だったか。流石の私も面食らったぞ。」
ワハハハハ!
大笑いする大公。
こんな姿、滅多に見せない。
上機嫌な大公に、驚く一同。
大公の指摘を止めるのに失敗して、逆に恐縮するアーシェ。
来るな!
来ないでくれ!
そう心の中で願っていたが、その思いは叶わず。
大公の座る、豪華な椅子の後ろから。
『ムキーッ!』と言う、怒った様な少女の声が。
そして大公の背後から、両手をヌッと突き出すと。
その頬に、グリグリとげんこつを抉り付ける。
「な、何奴!」
皆が一斉に、椅子から立ち上がり。
大公の下へ駆け寄ろうとする。
しかし、その者は。
直ぐにパッとげんこつを解き、ヒュッと後ろへ引っ込めると。
大公の左側からスッと、姿を現す。
それは、残念な事に。
アーシェが一番、この場へ来て欲しく無かった者だった。
「何よーっ!乙女に対して、〔奴〕呼ばわりは失礼でしょ!あっ、アーシェ!あんまり遅いから、迎えに来てやったわよ!光栄に思いなさい!」