ここで軽く、後日談を
……ん?
何時の間にか、眠っていたのか。
それにしても周りが真っ白だな、霧にでも覆われているのか?
どれ、サフィも起こしてやるか。
あれ?
あいつ、さっさと自分だけ帰りやがったな?
しょうが無いなあ、俺も戻るか。
《ねえ。》
お? サフィか?
置いて行くなんて、酷いじゃないか。
まあ。
こうして迎えに来たのなら、許してやるか。
《ねえ。私の事、覚えていらっしゃいますか?》
わたくし?
あいつは自分の事、そんな丁寧な言い方で呼ばなかった様な……。
《忘れてらっしゃるの?良いわ、思い出させてあげましょう。私は……。》
『こらっ!さっさと起きなさい!帰るわよ!』
な、何だ?
もしかしてこれは……夢?
《私は……。》
『うっさいっ!黙ってて頂戴!』
《お会い出来る時を……楽し……みに……。》
『だから!勝手に介入しないでっての!ほら、ヒィ!起きろーっ!さもないとーーっ!』
「うわぁっ!」
「チッ。」
悪夢から覚めた様にガバッと起き上がり、顔面蒼白のヒィ。
軽く舌打ちして、顔を背けるサフィ。
右手には、ペンの様な物を持っている。
どうやらあと少し、目を覚ますのが遅れていたら。
ヒィは顔面中、落書きだらけになっていた事だろう。
ジロッと、サフィの方を見やるも。
『ぴーっ、ぴゅるー』と、音にならない口笛で誤魔化す。
それにしても、あれはやっぱり夢だったか。
じゃあ。
最初に俺へ呼び掛けて来たのは、一体……?
思考を巡らすヒィの、虚を突く様に。
バシンッ!
「痛っ!」
「シャキッとしなさい、シャキッと。ほら、帰るわよ。何度も言ってるでしょ。」
いきなり左頬を叩いて来る、気の強い素振りから察するに。
サフィは、いつもの調子に戻ったらしい。
辺りはすっかり夜が明けて、もう直ぐ日が昇りそうだ。
しおらしく自分と、星空を見上げていた美少女。
彼女と同一人物とは、とても思えない。
まあ、急に大人しくなられても。
こっちも調子が狂うだけだな。
今の方がしっくり来る、『こう言う奴だ』と受け入れてるんだろうなあ。
ヒィはそう思うと。
サフィと背中合わせで居た事に、急に恥ずかしくなり。
と同時に。
滅多に無いシチュエーションを味わえて、得した気分にもなった。
意外な一面は、見られるのが時々だからこそ価値が有る。
それで良い。
自分を納得させて、ヒィは。
細道へと入って行くサフィの後を、やや小走りで追い駆けた。
「「何処に行ってたのよ!」」
門を潜ると直ぐに、ユキマリとアンビーが。
ヒィに突っ掛かって来る。
朝食の時間になっても、起きて来ないと思ったら。
サフィと2人で外を歩きながら、屋敷の方へ向かって来るではないか。
慌てた、ユキマリとアンビーは。
玄関を飛び出し、門の手前で。
ヒィが帰って来るのを待ち伏せた。
絶対に問い質す!
男と女、2人きりで。
何も無い筈が無い。
サフィの抜け駆けを、危惧していたのだ。
対して。
言い争うユキマリ達を、玄関の中から眺めるジーノは。
『今更、そんな関係に成る筈も無いだろうに』と、のんびりとしたもの。
逆にドキドキしているのは、リディ。
それは、『お兄ちゃんを取られた』との焦りか。
それとも、『お兄ちゃんを虐めないで』と言う哀願か。
本人も、胸の高鳴りの原因が分からない。
駆け寄りたいけど、駆け寄れない。
近寄り難い雰囲気を、子供なりに感じていた。
ジーノとリディの存在に気付いたのか、ヒィが『助けてくれよー』と情けない声を上げる。
オラが居ないと駄目だなあ、兄貴は。
ヒィが自分を頼るシーンは中々無いので、ちょっと嬉しいジーノ。
『ほらほら、朝食の途中だろ』と、無理やり割り込んで。
ヒィを助け上げながら、屋敷の中へと引き込む。
それにつられて、ユキマリとアンビーも屋敷へ。
スタスタと何事も無かった顔で、玄関から入ろうとするサフィの顔を。
下からジッと見上げるリディ。
「何も無かったわよ。安心しなさい。」
そう言って、サフィは。
目を潤ませているリディの頭を、優しく撫でる。
その手の動きから、『嘘では無い』と感じたリディは。
涙を拭いて、サフィと共に客間へと向かう。
門と玄関との間で繰り広げられた、屋敷の住人同士による喧しさは。
こうして、落ち着くのだった。
ここからは少し、後日談。
まず、1つ目。
新しく発せられた紫の炎は、【対象が持つ特殊能力を封じ込める】力が有るらしい。
要するに、対象の力を発揮させない為の物。
銀の切り株にも、青い逆さまピラミッドにも。
まず紫の炎を使ったのは、その力を抑え込み無力化する為。
そして続けて、緑色の炎を使用する事によって。
元在る、正常な姿へと復元する。
切り株の下へ、幹を戻す為には。
一度、切り株の力を無効化する必要が有った。
幹から切り株への魔力の流れを断つ事で、元の姿へ戻し易くしたのだ。
空中島のスピードが、〔銀の木〕の復元直後から増したのは。
1つの木へと戻ろうとして、常に幹と切り株とが引っ張り合っていた力を。
紫の炎で打ち消したから。
〔銀の木〕と〔ハイエルの樹〕との間での綱引き状態を、結果として解除した。
だからサフィは、『灯す炎の順番を間違えるな』と念を押したのだ。
2つ目は。
荷物袋に入っていた、ネプテス達。
旅が終わると、サフィによって取り出され。
中庭に在る、棒に巻き付いた茎へと戻された。
千切った箇所へピトッと付けると、何事も無かった様に元通り。
『また、お願いね』と、サフィに声を掛けられ。
『時と場合に因る』と、返事を返した後は。
ジーノが話し掛けても、アンビーが話し掛けても。
うんともすんとも言わなくなった。
結構、気紛れな性格らしい。
でも時々、リディだけにはボソボソと答えているのを。
ヒィは目撃していた。
やはりリディは、特別な存在なのだろう。
ヒィはそう思う一方。
『特別扱いしては肩身が狭かろう』とも思って。
リディにも他の連中と同様、分け隔てなく接していた。
細やかな心遣いをするのは良いけど、何処かでしわ寄せがきても知らないわよ?
周りに気を使い過ぎるヒィの事を、何と無く心配するサフィ。
それは、ヒィの事を本当に思いやっているのか。
それとも、自分の手駒が減るのを嫌がっての事か。
打算的か、緻密なのか。
今一、サフィの戦略ビジョンははっきりしない。
まあ、そんな裏事情は。
サフィ以外には、知った事では無いが。
そして、後日談の3つ目。
テルド達が宝物を隠す為、ユキマリにサフィが頼んだ事。
他のエルフ達の意識を、一瞬でも逸らして欲しい。
それに対する報酬、ユキマリが〔約束の物〕と称したのは。
ヒィの屋敷の、客間に在った。
食事は皆集まって、客間で取っている。
しかしヒィ達が旅から戻って、変わった点が1つ有る。
それが。
「ねえねえ。これ、美味しいね。」
「あ、ああ。そうだな。」
馴れ馴れしい態度を取る、ユキマリ。
困惑気味のヒィ。
『むむむぅっ!』と悔しがるアンビー。
『まあまあ、良いじゃないの』と適当に宥める、サフィ。
一定の期間、サフィは。
ユキマリと、席順を入れ替わってやったのだ。
つまり現状は、ヒィの隣にユキマリが座り。
ライバル視していたアンビーは、一番離れた席となっている。
その間に、ヒィと親睦を深めておきなさい。
でも忘れないで、あいつはあたしの家来みたいなもんだからね。
サフィはユキマリに、そう言った。
席を譲った位では、あたしの優位性は揺るがない。
そんなアピールなのだろう。
『ヒィの心に一番近いのは、自分だ』と、自負している様だ。
ヒィの心を推し量ろうともしないで。
貴重な時間、無駄にする訳には行かない。
ユキマリのその焦りが逆に、過剰なスキンシップへと発展している。
『ちょっと!そんなにくっ付かないでよ!』と怒るアンビーに。
『悔しかったら、何とかしてみなさーい!』と強気のユキマリ。
その度に2人から視線を向けられ、困った顔をするヒィ。
ジーノは、『モテる男は辛いねえ』と、ニヤニヤしているだけ。
リディは負けじと、ヒィの左手をキュッと握る。
こんなにゴチャゴチャしているのに、本気で喧嘩している雰囲気は無い。
もう既に、立派な仲間。
〔家族同然になっている〕と言う事なのだろう。
ユキマリとアンビーの言い争いに苦慮しながらも、その点が嬉しくて。
ヒィは、苦笑いをするだけだった。
後日談の4つ目は。
何だかんだで、〔エルフの戯れ〕と言う呼称は消えなかった。
人々が自由に、入れる様になったのは良いが。
噂に在った〔銀の木〕の代わりに、変な正方形の板が地面に在る。
その上に乗っかっても、何も起きない。
それどころか、どんなに叩いても踏み付けても。
傷1つ付かない。
これはきっと、エルフの仕業だ。
そう考えた人々は不気味に感じ、そこに寄り付く事を止めた。
こうして、〔エルフの戯れ〕に在るゲートは。
人々から遠ざけられ、ヒィ達が利用し易くなった。
後日談の最後は、これ。
サフィがアンビーに頼んで、作って貰った物の数々。
その中には後に、量産された物が有った。
アイマスクは。
『真っ暗で無いと眠れない』、そんな神経質な人達に好評。
この世界では、夜になっても明るい箇所は多々在ったので。
歓迎を以て迎えられた。
そして、パラグライダー一式と着地用マットは。
この世界のレジャーとして、一般に普及。
空を自由に跳べる、魔物や鳥人も。
その操作法を面白がり、これまた好評。
特定の地域でしか使用出来ない事も相まって、客寄せとして注文が入った。
アンビーの会社も、これ等で結構儲かり。
特許契約を結んでいたサフィの懐にも、それなりの収入が入った。
ほくほく顔のアンビー。
やっぱり、彼の傍には。
面白い事が転がり込んで来るのね。
こんな楽しい思い、他では味わえないわ。
絶対、離れないんだから。
アンビーは完全に、ヒィをロックオン。
『もっと親密になりたい』、そんな思いを益々募らせた。
ヒィの周りを取り巻く人々の関係が、状況が。
少しずつ変わって行く。
それは、アーシェも同じだった。
空中島での旅を終え、フキの町へヒィ達が帰還した頃。
報告の為、一時帰国していたアーシェは……。