〔銀の幹〕、その跡地には
フキの南西方向から伸びる、あの細くくねった道を。
ヒィとサフィが、再び進んで行く。
それは夜に成り、周りの薄暗さが増した頃。
2人は。
ヒィの剣先に灯る、赤い炎を頼りに。
スススッと分け入って行く。
そして、開けた場所へと出た。
前に訪れた時と違うのは、幻が発生しなかった事。
ここで見張りをしていたエルフは、もう居ない。
銀の幹が、切り株の下へ帰った時。
エルフが張り巡らせていた術も、効果が切れたのだろう。
瓢箪の様な形の平地、その上部の中央付近に刺さった板。
朽ち果てようとしているその佇まいは、最早芸術。
しかし目的の物は、それでは無い。
更に奥へと進む2人。
銀の幹が有った箇所まで近寄ると、剣先を上に掲げ。
辺りを照らすヒィ。
そこに浮かび上がった物は……。
「ん?意外と小さいな。」
ちょこんと地面に在った物は。
脚の無い、〔背もたれと腰掛ける部分のみ〕の椅子。
ここは、〔座椅子〕と呼んだ方が分かり易いだろう。
サフィも何故か、その呼称を使用する。
「子供用の座椅子かな?」
「ざいす?」
「ああ、この世界には無いんだっけ。」
サフィが時々見せる、遠くを見つめる悲しい目。
空へ視線を向け、その後。
寂しそうに、下を向く。
普段からこう言う態度なら、自称女神の〔自称〕の部分が取れそうな物なのに。
そう、ヒィは思ったが。
この場の雰囲気に流されて、口を噤む。
しかし、センチメンタルな感傷に浸るのも僅かの間。
『パンパンッ!』と、両手で頬を叩き。
サフィは自らに、活を入れる。
そしてヒィに命ずる。
「そこへ座りなさい。」
「えっ?この小さい椅子にか?」
「そうよ。早く早く。」
ほれほれ。
サフィが急かすので、ヒィも言われた通りに。
『やれやれ』と言った風に、ドカッと座る。
案の定、尻の部分は。
椅子からはみ出す。
背もたれは直角からやや傾いている程度、座り心地は決して良く無い。
それが、『本来の用途は〔座席〕では無い』事の証。
サフィは続けて言う。
「そのまま前の地面に、剣を突き刺して。その後に剣から、紫の炎を発生させなさい。」
「そういや、急に発現したんだよな。あれって、効果は何なんだ?」
白レンガの怪物へ猛然と突進し、その胴体へ剣を突き立てた時。
偶然灯った、紫の炎。
ヒィはその効果を、まだ知らなかった。
ホグミスに気を遣って、サラへ尋ねる事もしなかったので。
今の今まで先送りに。
怪物の再生機能が無くなったみたいだから、それに関連した力なんだろうけど。
何と無く、そう思っていたが。
考え込むヒィ、それがじれったくなったのか。
サフィは『バンバン』と右足を地面に打ち付けて、ヒィの意識を覚ます。
「早くやりなさいったら!もう!」
プンスカ、プンスカ。
頬をプクーッと膨らませ、腕組みをして。
額の右側をピクピクさせている。
今回のサフィの苛つきは、半端無いらしい。
誰かに知られたくない事情でも有るのか?
ヒィは勘繰りながらも、両手で柄を持ち。
刀身をブスリと勢い良く、座っている座席の前の地面へと突き立てる。
そして『灯れ!紫の炎よ!』と叫ぶと、刀身全体が紫色の光に覆われる。
すると。
ズザザザザアアアアァァァァッ!
「な、何だ何だ!? お、おわぁっ!」
座椅子を中心にして、一辺が3メートル程の正方形が。
上へとせり上がり、その勢いでヒィは座席から転げ落ちる。
右手で何とか剣を抜き、剣諸共ドサッと地面へ。
「いってててて……。何が起こったんだ?」
顔を上げるヒィ、その目の前には。
反転した四角錘が、地面の上に立っている。
例えるなら、〔やじろべえの様にバランスを保っている、逆さまになったピラミッド〕か。
不思議な不思議な、四角錘は。
高さが3メートル近い。
余りにきっちりと立っているので、ヒィは思わずツンと突きたくなる。
ツンッ。
ツツツンッ。
全く動じない、四角錘。
グイッと手で押しても動かない。
ドスッと体当たりしても動かない。
訳が分からない。
頭の中に、ハテナマークが一杯浮かぶヒィ。
『どう?満足した?』と、呆れた声でサフィが投げ掛ける。
「今度は、こっちの指示通りにやって貰うわよ。良い?」
「あ、ああ。悪かったな。待たせてしまって。」
「こいつを地面から引っ張り出せば、あたしは満足だから。まあ良いけどね。」
「で?次は?」
ヒィには大凡、サフィが命じる内容の見当が付いた。
サフィが続ける。
「次は緑色の炎を、その上に乗せなさい。」
銀の切り株の時と、同じ手順だな。
その順番には、何か意味が有るのだろう。
後でゆっくり、聞くとしよう。
今は。
ヒィは思い直し、剣先から緑色の炎を生み出すと。
ひょいと四角錘の底面へ乗せる。
一瞬で緑の炎は、四角錘全体を包み込み。
バッと消えたかと思うと。
中から、青く艶やかな姿へと生まれ変わった四角錘が現れた。
やれやれ、これで終わったか。
そう考え、剣を背中に仕舞おうとするヒィ。
そこへサフィがストップを掛ける。
「まだ終わって無いわよ。」
「まだ何か有るのかよ……。」
「そう。ここまでは準備段階。これからが重要なのよ。」
「さっさと終わらせよう。どうすれば良いんだ?」
『えっへん』と胸を張り、サフィは言う。
四角錘の底面を、指差しながら。
「あの四角形の面を、上から思いっ切りぶっ叩くのよ!地面に向かって、めり込ませる様にね!」
「流石にそこまでは無理だろ。」
すかさず言葉を返すヒィ。
俺には、そんな腕力は無い。
精々ピクリと動かす程度だろう、体当たりでも動じなかったのだから。
そう言いたかった。
しかしサフィは、またあの言葉を繰り返す。
「出来るって!ファンタジーなんだから!」
「直ぐ〔それ〕だよ。もう飽きたんだけど。」
「事実なんだから、受け入れなさい!そして信じなさい、自分を!」
「全く、言ってくれるよ。」
はいはい、やれば良いんだろ。
辟易した感じで対応するヒィ。
そして少しの間、考える。
さあて、どうするか。
ああやって、こうやって。
ふむむふ、これで行けそうだ。
ヒィは再び、身体の前へ剣を構える。
そして、大きな掛け声を。
「行くぞっ!てやぁっ!」
ボシュッ!
身体を屈めると同時に、足の裏から黄色の炎を出す。
そして勢い良く足を伸ばし、炎の吹き出しも強くして。
高くジャンプし、四角錘の底面が完全に見える高さまで達すると。
一度剣を軽く振り上げ、全体重を乗せる様に振り下ろす。
この時、振り下ろすスピードを増す様に。
ヒィの腕と、刀身の〔四角錘とは反対の方向〕から。
黄色の炎が噴き出す。
これによって。
ビュッ!
剣先は一瞬で、底面に未だ備わっている座椅子を捉え。
背もたれ毎、座椅子を叩き潰す。
バキーン!
甲高い音を周りに轟かせ、座椅子は砕け散る。
そのまま剣は、地面へ押し付ける様に。
四角錘の底面、その中心を。
グイッと抑え込む。
剣の勢いは更に加速し、刀身は赤く輝いて。
周りにビカッと、赤い光を放つ。
ズッズーーーーン!
四角錘の半分が、地面へめり込んだ後。
ズズズズズッ!
完全に地面へと潜り込んで行く。
そして姿が完全に地中へと隠れ。底面だけが地上へ顔を出す格好に。
これで終わりだろう、いい加減。
ヒィのそんな思いは、サフィによって打ち砕かれる。
「まだ開いてないでしょ!さっさとやるっ!」
「人使いが荒いなあ。」
『ふう』とヒィは、大きく息を吐いて。
『開けっ!』と声を発し、剣先を正方形の真ん中へチョンッと付ける。
すると、正方形の全面が虹色に輝き。
『バシュッ!』と言う音と共に、光が消える。
中を覗き込む、ヒィとサフィ。
そこにはあの青空と、青々とした草々が広がっていた。
間違い無い、〔ヘヴンズ〕だ。
確認し終わった後、『閉じろっ!』と命ずるヒィ。
『ヒュッ』と、覗かせていた景色が消える。
そしてまた、青い正方形へと戻った。
『お疲れ様』と、珍しく。
ヒィの方へ右手を出し、握手を求めるサフィ。
何かの罠か?
恐る恐る、右手を差し出すヒィ。
それをガシッと掴み、軽く縦に振るサフィ。
本当に、ただの握手だったのか。
漸くホッとすると、快く握手に応じるヒィ。
疲れが出たのか、ペタリとその場に座り込むヒィ。
背中合わせに、サフィも座る。
ドキリとしながらも、それを許すヒィ。
そして暫しの間、ヒィとサフィは。
満天の星空を、2人きりで。
ジッと、眺めるのだった。