看板、それは〔時を告げる合図〕
「良しっ、と。」
ヒィが暮らす屋敷は、高さ3メートル程の垣根に囲まれている。
建物から少々離れた場所を、ぐるりと。
門は玄関側に1つだけ、勝手口の様な物は無い。
町の中心へと向いた、その傍に。
朝方サフィが、変な看板を立てる。
金属製の縁取りが成された、木製の板。
幅40センチ程、高さ2メートル程のそれには。
はっきりと、こう書かれていた。
「『何でも屋!』って、何だこれ?」
不思議そうに見つめるのは、ジーノ。
首をかしげながら、サフィに尋ねる。
「なあ。これってさ、兄貴は許可を出しているのかい?」
「いーんや。知らないわよ。」
軽い口調で答えるサフィ。
『えっ!』と驚くジーノ。
「不味いじゃねえか!勝手にこんな物置いたら怒るぞ、凄え。」
「かもねぇ。」
「呆れたぜぇ……流石によぉ……。」
『知ーらない』と言った風に、ジーノはそそくさと鍛冶屋へ。
サフィは『ふっふーん』と鼻歌まじりに、暫く看板を眺めていた。
ヒィがそれに気付いたのは、見回りが一通り終わった昼間の事。
食事を取ろうと屋敷へ戻って来た時。
ん?
んーーーーーー?
んっ!
あいつか!
またあいつが、余計な事を……!
直ぐにヒィの頭の中を、したり顔のサフィが過ぎる。
プイと消えては、何やら抱え。
『これ、戦利品だから』と、ヒィに渡す。
最初は食べ物だったので。
『盗んで来た物じゃ無いだろうな』と勘繰りながらも、受け取っていた。
それが回を経る毎に、豪華になって行く。
綺麗な服、煌びやかな壺。
何処からそんな物を……。
気になったので、自警団の人達に尋ね回ったが。
誰も『知らない』と答える。
この町にサフィが関与した結果では無いらしい。
じゃあ、何処で何を……?
そう言えば、ソイレンの町の一件から。
事態は何も変わっていない。
ヒィはサフィの事を良く知らない。
日々の行動は、それぞれの裁量に任せているので。
迷惑を掛けない限り、基本的にどう過ごそうが自由。
この屋敷で暮らすと正式に決まった時に、3人で取り交わした約束。
それは。
『探られたく無い過去を、みんな抱えているだろう』と言う、ヒィの優しさで有り。
ヒィの言い訳でも有った。
しかしこの看板は、それを逸脱しようとしている。
話し合わないと駄目だな、これは。
サフィの意図を把握しない事には、勝手に看板を退けると変な事をしかねない。
ヒィにはサフィが、掴み所の無い人物に思えていた。
だから敢えて、面と向かってはっきりさせる必要が有る。
そう考えるヒィの眉間には、しわが寄っていた。
「たっだいまー。ふーうっ、お腹空いたー。」
日も暮れた頃、呑気に屋敷へ帰って来るサフィ。
慌てて中から、ジーノが飛び出して来る。
サフィの傍へ駆け寄り、耳元でボソッと囁く。
『兄貴の様子が変だぞ!何にも言わないで、ジッと椅子に座ってる。』
『あー、なるほど。』
静かに怒りを湛えている。
サフィはそう理解した。
そしてヒィが待つであろう、客間へと歩いて行った。
屋敷は広く、各人が独立した部屋を持っている。
それでも部屋は余っていて、大抵は倉庫状態。
一応来客用に、客間も用意しているが。
誰も訪れないので、そのまま居間として使っていた。
各自、そこで食事を取る。
当然、通り過ぎる事は出来ない。
つまり。
サフィは看板を掲げた意図を、ヒィへと話さざるを得ない状況に在った。
チラッと入り口から、客間の中を覗くサフィ。
難しそうな顔で、ヒィはただジッと前を向き。
誰かさんを待っている。
回避は無理っぽいわねー。
面倒臭いけど、説明しますか。
『ふう』と一息吐いて、客間へと入るサフィ。
「やっ!今日の晩御飯は何かなー?」
シュタッと右手を上げて、ご機嫌な感じで中を歩き。
自分の席まで来ると、素早く着席。
その後そろーっと、ジーノも入って来て。
大人しく着席。
入り口から向かって、部屋の奥にヒィが。
右側に、サフィ。
左側に、ジーノ。
後は椅子が、各側に4つ余っている。
結構ガラーンとした風景。
その中でも一際目立つのが。
サフィの目の前には、食事が置かれていない。
ヒィはもう食べてしまった様で、テーブルに食器の置かれていた形跡が。
ジーノの前だけ、ほくほくと温かなスープ達が並んでいる。
ヒィの目線を気にしながら、黙って食べるジーノ。
「サフィ、お前だろ?あんな変な物をおっ建てたのは。」
突然のヒィの発言に『ビクッ!』としながらも、黙々と食べ続けるジーノ。
サフィが答える。
「これから必要だからねー。あれが無いと困るもの。」
「何で困るんだ?俺は何も、万事屋を始めようってんじゃ無いんだぞ?」
「もう直ぐ、あちこちから依頼が舞い込むの。それをあんたが片付ける。そう言う事になってんのよ。」
「また〔運命〕とやらか?そんなの真っ平だ!」
思わず立ち上がり。
『バンッ!』と、テーブルに両手を叩き付けるヒィ。
『イッ!』と声を出してしまうジーノ。
それに気付いて、『ごめん』とジーノに謝りながら。
ゆっくりと椅子に座る。
そしてサフィに告げる。
「俺はゆったりと過ごしたいんだ。もう職の当ては付いてる。」
「どうせ、碌でも無いもんでしょ?」
「違う!俺は、この町が穏やかである様に努めたいんだ!」
ロイエンスはフキの町で、自警団の団長として安全安心を守護して来た。
だから皆の信頼は厚く、尊敬の念を一身に受けている。
短い間だが、傍でそれを身に沁みて感じた。
叔父さんの様になりたい、だから自分も。
町の守り神になりたいと、心から願った。
そう、ヒィは自警団の正式な一員として。
町に尽くそうと考えていたのだ。
それをこいつは、簡単に覆そうとする。
サフィの軽々しい態度が、癇に障った。
許せなかった。
それでもヒィは同時に、優しい心を以て。
寛大な処置を取って来た。
屋敷に住まわせているのも、食事を用意してここで食べさせているのも。
振る舞いを改めて欲しい、そう期待しての事。
しかし事態はどんどん悪化する。
それは、変に情けを掛けた自分にも非が有る。
だからもう、なあなあは止めよう。
こいつとちゃんと向き合おう。
覚悟を決めて、サフィを待っていた。
それを軽口で躱そうとする。
今回は、絶対に逃がさない。
流浪の民の血が、騒いでいた。
サフィは最早、狙った獲物。
納得の行く説明を受けるまでは、ここから出さない。
その燃え滾る眼差しを一身に浴びて。
あー、面倒臭い奴ー。
ジト目で見かえすサフィ。
目を逸らさないヒィ。
睨み合いの中、『辛抱堪らん』と言った感じで。
ジーノがサフィに切り出す。
「結局さあ、その〔依頼とやら〕って何なんだ?オラ達が頼んだみたいな事か?」
「良く言ったわね。その通りよ。」
ナイスアシスト!
サフィはジーノにウィンクをするが、プイとそっぽを向かれてしまう。
ジーノはただ、兄貴が困っているのを見過ごせなかっただけ。
見返りなんて求めていない。
だから、『さっさと続きを話せよぅ』と言った感じで。
『しっしっ』と追い返す様に、サフィへ手の甲を振るジーノ。
照れちゃってー。
女神様のご褒美なのよ、有り難く受け取ればいいのに。
ポジティブなアホ思考を発揮させ、サフィは続きを語る。
「この世界には、困った事が一杯有るの。あたしがただ何と無く、ブラブラとしてたと思う?」
「そうじゃ無いのか?」
ヒィは即答。
ムッキーッ!
サフィはちょっと怒った後、話を戻す。
「辺りの様子を聞き回っていたのよ。ついでにお悩み相談も受けていた訳。持って帰って来たのは、そのお礼で貰った物よ。」
「ふーん。」
「ふーん、って!まあ良いわ。その時に聞いたのよ、【或る噂】を。」
「噂?」
「そう。何でもね……。」
その内容が、この世界の騒動の始まりを告げる合図となった。
そして、ヒィの運命も。
「とある人間の王国が、【怪しい動き】を見せ始めているらしいのよ。それでいろんなコミュが、監視を強化してるって。」