宝物(ほうもつ)が鎮座する、その新しい場所は
「ユキマリ。ちょっと。」
「なに?なになに?」
サフィが呼ぶので、『これは珍しい』と興味津々のユキマリ。
ゴニョゴニョとサフィが、何かを耳打ちすると。
サフィとユキマリ、お互いに右手拳をグッと握り締め。
コンッと付き合わせる。
そしてサフィとヒィ、テルドが。
ススッと近付くと。
ユキマリはあらぬ方向を指差し、大声を上げる。
「あっ!あれはっ!」
何だ何だ?
エルフ達とホグミス達の目線が。
一瞬、そちらへと向いた。
意識が逸れた瞬間、ヒィ・サフィ・テルドの姿が。
その場から消えた。
『特段、何も有りませんが』とエルフ達に言われ。
『あっれーっ、おっかしいなあ』と誤魔化すユキマリ。
それと同時に。
役割は果たしたわよ。
【約束の物】、宜しくっ!
心の中でガッツポーズを取る、ユキマリなのだった。
消えた3人は。
大木、いや大樹の遥か上方へ。
瞬間移動していた。
初移動なので、テルドの身体をだるさが襲う。
それでも何とか、枝の上で踏ん張った。
ヒィは緑の炎で、疲れを治してやろうとするが。
サフィは、テルドの頭の上を指差して。
『どうせなら、ここに』と、場所を指定する。
何の事か分からないが、テルドもそれを了承したので。
言われる通りに、剣先から炎を。
テルドの被っている、テンガロンハットの様な帽子の上へと乗っける。
すると、帽子の中が『ピカッ』と緑色に光り。
キラキラと、髪の隙間から光が漏れ出す。
少し元気になったテルドが、帽子を脱ぐと。
その頭の上には。
大人の手のひら位の大きさの、やや緑がかった透き通る物体が。
緑色のガラス細工の様な、それは。
サクラの葉に近い形をしている。
この世界にも、サクラに似た種類の【ウチェメリー】と言う木が在る。
とても人気なのだが、見られる地域は限られ。
群生域は、観光名所と化している程。
とても有り難い逸話と共に、人々から崇められている。
テルドによると、その逸話の起源が。
頭の上に乗っている、この宝物なのだそうだ。
リディの体当たりと共に、輝きを失っていた宝物。
それは、機能の停止を意味していたが。
停止の処理は、イレギュラーな物なので。
このままでは突然暴走し、ギラギラとした眩しさを取り戻して。
不逞な輩を呼び寄せてしまう。
そこで機能を或る程度復活させ、正常な状態に戻して。
自身の安全を自身の力で守らせよう、と言う話になった。
提案したのは勿論、サフィ。
この大樹なら、神聖なオーラを発して。
宝物の出す波長を、外界から掴みにくくしてくれる。
謂わば、宝物庫の役割を果たすのだ。
ではこの大樹の、何処に隠すのか?
〔木を隠すには森〕、との言葉通り。
形状から、枝にくっ付けるのが良い。
大樹の葉っぱの中の一枚として、擬態させれば。
目の良い種族からも、見つけにくくなるだろう。
それには不本意にも、エルフも含まれる。
信用していない訳では無い。
ただ、在り処を知っている者は少数の方が良い。
これは、テルドの意見。
散々屋敷で、皆に見せびらかしておいて何だが。
これも、共に生活する仲間を守る為。
宝物の収めている場所を吐かせようと、同胞に襲い掛かるのは明白だから。
それを躱したい、ならば。
元から知らせないのが得策。
だから知っているのは、この場に居る3人だけ。
テルドの被っている帽子は、〔思念を読みにくくする〕働きを持っている。
機密情報を漏らさない為、長には或る意味必須。
屋敷の中でも帽子を取らなかったのは、その為。
ファッションを楽しむ様に、何と無しに被っている。
そう言う訳では無いのだ。
サフィはただでさえ思考が読みにくい、〔自称・女神〕が本当なら尚更。
ヒィはサラの加護のお陰で、悟られる心配が無い。
と言う訳で。
頭の中を探られ場所を読み取られるリスクは、限りなく低い。
そう、テルドが判断した。
後は。
『もしもの時には、ヒィに宝物を託したい』、そんな考えも有った。
テルドは適当な枝を選び、スルスル進むと。
とある箇所まで言った所で、グイッと宝物を押し付ける。
すると、枝と宝物が呼応する様に。
ヌルリと、存在が一体化した。
完全に周りと同化している。
これで一安心。
「さっさと戻るわよ。長の姿が見えないとなれば、エルフ達が騒ぎ出すでしょうから。」
サフィはそう促すと。
幹の方へ戻って来たテルドと、剣を静かに仕舞ったヒィの。
襟をグイッと掴み。
シュッ!
下へと、瞬間移動した。
根元では無く、少し離れた所へ。
3人は出現。
大樹の方へ歩いて行くと。
案の定、エルフ達がテルドを探していた。
「皆の者、済まなかったな。少し遠出をしていたのだ。景色が見たくてな。」
適当な事を言って、エルフ達を安心させようとするテルド。
ホッとするエルフ達。
見物は十分に済ませたのか、早々に帰り支度を始める。
そして準備が整った時、テルドは皆を大樹の根元へと集め。
こう告げる。
「この大樹は、我等をお守り下さる神聖な物!今を以て命名する!【ハイエルの樹】と!」
どっと沸く、エルフ達とホグミス達。
虚を突かれ、動揺するヒィ。
名前の由来は当然、ヒィの本名〔ハイエルト〕から。
エルフ達とホグミス達の守り神にされた様で、背中が痒くなる思い。
『これだけは譲れませんぞ?』と、テルドににじり寄られ。
渋々了承。
サフィが、意気消沈するヒィの背中を。
『バシーン!』と叩いて、言う。
まるでこの状況を面白がって、ヒィを揶揄う様に。
「この世界に名を残すのよ!もっと喜びなさーいっ!」
バシーンッ!
「いってぇなぁ!いい加減にしろよ!ユキマリ、お前からも何か言って……。」
サフィがウザいので、ユキマリに助けを求めたが。
リディと一緒に、ニコニコしている。
歴史の1ページにヒィの名前が刻まれた、その瞬間に立ち会えた事が。
自分の事の様に、嬉しいのだろう。
ああ、誰もサフィを止めてくれない。
こいつ、当分の間。
このネタで弄って来るだろうなぁ。
そう考えると。
この先が憂鬱に思えて来る、ヒィなのだった。
この間にも空中島は、目的地へ向け進んでいる。
サフィの話では、そこに達するまで後数日は掛かるらしい。
見届けたい気もするが、ヒィにはまだやる事が有る。
そう。
ここへ来た、そもそもの動機。
〔任意の扉へ接続出来るゲート〕の解放。
ここでやるべき事は済んだ。
なので本筋を進める為、島に齎される結果を確認する事無く。
ユミンの町を離れる事にした。
それをテルドに話すと、『是非、きちんと一度持て成したい』との申し出が。
『我も我も』と、他のエルフ達が乗っかって来るので。
ヒィは無下に断れず、『1日だけですよ?』と返事する。
答えを受け、張り切り出すエルフ達。
1人、また1人と。
ユミンへ向け跳び立って行く。
リディはヒナの姿と成って、ヒィの髪の中に潜り込む。
『ピーッ!』と一鳴きすると、ヒィも黄色の炎の力で。
今度はエルフ達に合わせ、ピョンピョンと跳ねて行く。
それに負けじと、エルフの子供達がヒィを取り囲み。
競争を始める。
サフィは共に参戦、ユキマリは少し遠くから。
こうして大樹見物ツアーの一行は、住処へと戻って行くのだった。