神秘的な樹(き)の下で
ユキマリ達が飛んで行く火球を目撃してから、数分後。
それは。
成長し立派な大木となった、種の根下へと到着していた。
火球の中から姿を現したのは、ヒィ。
ブースト機能を持つ、黄色い炎に包まれて。
狼煙の様に、天高く打ち上がったと思ったら。
掘っ立て小屋の在った付近目がけ、勢いを増し。
『ビューーッ!』と宙を飛んでいた。
ヒィの意識下で、飛ぶ方向を操作出来たので。
炎は彼のコントロール下に有った、それだけは確か。
これだけ遠距離を飛翔可能だとは、ヒィも思っていなかった。
初めは、ハチロクとの一戦で。
偶々発動したのだが。
ここまで凄い力となるとは、予想だにしなかった。
サラ曰く、『もっと鍛えれば、〔距離〕も〔スピード〕も〔正確性〕も格段に上がるよ』との事。
まだまだ伸びしろが有るらしい、黄色の炎。
それに包まれたまま平気だったヒィも、大したものだが。
彼の髪の毛の中でピーピー鳴いている、赤いヒナも。
黄色い炎に関して、何の影響も受けていないらしい。
流石〔焔鳥〕、と言った所か。
少し疲れたのか、ヒィは太い幹を背にして座り込む。
すると、ヒィの左肩を経由して。
『ピョンッ』と地面へ降りるヒナ。
『ポンッ』と言う軽い弾け音と共に、少女の姿へと変化する。
手を後ろで組んで『えへへ』と照れながら、トコトコとヒィの前へ回り込むと。
彼の膝の上に、ちょこんと座る。
そして後ろを向きながら、ヒィへ話し掛ける。
「うち、どうだった?お兄ちゃん。」
「立派だったよ。ありがとう、リディ。」
後ろからギュッと抱きしめられるリディ。
ヒィの温もりが背中越しに伝わって来ると、少女なりの充足感を感じる。
そして、『ふんふーん』と鼻歌を歌いながら。
身体を左右に揺らして、喜びを表現するのだった。
リディは満足すると、ヒィの膝上から降りて。
彼の左隣へと回る。
そしてヒィに凭れ掛かる感じで、ペタッと座り込む。
うとうと、うつらうつら。
何時の間にか、リディは眠ってしまった。
入れ替わる様に、ヒィの右肩にサラが現れる。
大木の方を振り返り、感心する様に呟く。
「見事に育ったものだねえ。」
「サラは、これが何の木か知ってるのかい?」
何気無く、ヒィは尋ねてみる。
サラは答える。
「これは【結界樹】の中でも、上物の奴だよ。」
「結界樹?」
「そう。方舟の発着場所に、良く似た性質の木々が有っただろう?」
「ああ、あの……。」
正六十四角形を描いていた、杉の様にツンと尖った木。
あれの上位互換だと、サラは言うのだ。
確かに背中から、清々しいオーラを感じる。
辺りの空気も、若干爽やかさが増している。
ここで暮らしていると、重い病気も快方に向かいそう。
そう思わせる、神聖な雰囲気。
サラは続ける。
「ここまで立派なのは、そうお目にかかれないよ。良かったね。」
「そうだな。」
そう返事してヒィが上を見上げると、さわさわと風に揺れる枝。
それにぎっしりと生えている葉、間から漏れる光。
数メートル上から続いている、その状態は。
遥か、数百メートル上空まで続いている。
下から天辺の様子は、推し量れない。
真横から見ると、枝の茂り具合は。
こんもりと、丘の様に映る事だろう。
その中を通り抜け地面まで届く、温かい日差しに包まれて。
ヒィも、何時の間にか眠ってしまった。
精神的疲労が溜まっていたのだろう、漸くリラックス出来て気が抜けたらしい。
少年と少女、それぞれの寝顔を見ながら。
サラは、ヒィの右肩でじっとしている。
何かを、大木へ訴え掛ける様に。
サラのそうした姿は、夜が更けるまで見られた。
思いが一区切りついたのか、サラも満足な顔をして。
剣の中に引っ込んだ。
『起きろーっ!起きなさいったら!』
『ちょっと。乱暴に揺すったら、可哀そうよ。』
『しょうが無いじゃない、目を覚まさないんだから。』
『それにしたって、加減って物が……。』
『あんたは甘いわね。みんな到着して、今か今かと待ってるのに。迷惑かけてる、こいつが悪いのよ。』
『で、でも……。』
『あーっ、まどろっこしい!こうしてやるぅ!』
「おうりゃあっ!」
ドスッ!
うっ!
な、何だっ!
く、苦しい……!
「まだ起きないか、コノヤロー!もう一発……!」
「止めてって!それが乙女のする事なの!」
「そこを付いて来るかあ。やるわねぇ、グギギ……。」
「私が押さえてる今の内に!早く目を覚まして!」
あ。
ああ。
俺、思い切り寝てたんだな。
さて、じゃあ起きますか。
よいしょ、と。
ん?
身体が動かんぞ?
こ、このっ!このっ!
あれっ、おかしいな。
ふーーーーーーんっ!
「わあっ!」
「や、やっと動ける様に……サフィ?何でずっこけてるんだ、お前。」
ヒィが体を起こすと。
サフィが、足元から少し離れた所でしんなりしていた。
良く見ると、隣でユキマリもぐったりと横たわっている。
手を後ろについて、立ち上がろうとするヒィ。
その傍に、ズルッと這い寄ったサフィが。
ヒィに文句を付ける。
「あんたに突き飛ばされたのよ!ひっどーい!」
「さてはお前っ!俺の身体を押さえ付けてたなーっ!」
「ちっがうわよ!マウントポジションで揺さぶってただけよ!」
「もしかして!俺の胴体に跨ってたのか!何処が乙女なんだよ!」
「悠長に眠りこけてる、あんたが悪いんでしょ!リディはとっくに起きてるわよ!」
「え?」
「リディも『起こそうとしたけど、全然起きなかった』って言ってたわよ。幼女の手を煩わせてんじゃないわよ、全く。」
「〔それ〕と〔俺を殴る〕のは別なんじゃないか?っつっ、いててて……。」
起き上がったのは良いが、みぞおちの辺りに痛みが走り。
身体を前に折り曲げるヒィ。
『その攻撃で起きないなんて、案外鈍感なのね』と呆れるサフィ。
ユキマリは。
抑えようとしたサフィが、ヒィの抵抗で突き飛ばされるのに巻き込まれ。
一緒に吹っ飛んだ。
『疲れたー』と言いながら、横たわったまま。
いっその事、このまま暫く居ようかしら。
ユキマリはそう思いながら、そっと目を閉じると。
顔の目の前でリディが座り込み、ユキマリの頭を撫で撫でして来る。
小さき子なりの気遣い。
そんな事をされたら、おちおち目も瞑れない。
『大丈夫よ』と言いながら、ユキマリはゆっくり起き上がる。
ホッとしたリディは、エルフの子供達の中へ混ざりに行った。
ヒィとサフィ、ユキマリは。
それぞれ、徐に立ち上がった。
ヒィとサフィが、変な小芝居を繰り広げている間。
団体でやって来た、エルフ達とホグミス達は。
聳え立つ、神聖な香りのする大木に対し。
或る者は枝へとよじ登って、葉っぱを毟り。
或る者は、幹の皮を剥ごうとしている。
『薬になる』とでも思っているのだろうか。
思う様には行かないらしく。
取れた葉っぱは僅かで、幹の皮も殆ど剥がせなかったようだが。
大木と戯れる集団の中に、テルドの姿も有った。
お付き2人を伴って、ヒィの傍まで来ると。
ヒィの手をガシッと取り、縦にブンブンと振って。
顔をズイッと近付け、興奮気味に話し掛ける。
「あの空飛ぶ術は!一体!何ですかっ!」
「え?いや、そのー……。」
「凄い!凄過ぎますぞ!」
「おお、落ち着いて……。」
「何卒!ご教授を!」
「こ、困ったな……。」
テルドは舞い上がっているのか、ヒィの話を聞いてくれない。
そこへサフィが、テルドの右肩を後ろからグイッと掴み。
面倒臭そうに、口を挟む。
「そんなのは、後で良いでしょ?今は【あれ】よ。」
「そ、そうでしたな。面目無い。」
年甲斐も無くはしゃいでしまった、そこに気付いた様だ。
テルドはヒィへ、頭を下げる。
また何か企んでるな、こいつは。
思わせ振りな発言をする時は、いつもそうだ。
そう考えてヒィは、サフィへ問う。
「俺に何をさせようってんだ?」
「決まってるじゃない。あんたにしか出来ない事よ。」
そう言ってサフィは、少し間を置いた後。
ヒィの耳元で、ひそひそ囁く。
『周りに聞かれては、都合が悪い』と言わんばかりに。
『【封印】よ。宝物のね。』