結局、〔奴〕の正体は?
ユミンの町の入り口に無事、ワープ完了。
大手を振って、町中へ凱旋するサフィ。
それにヒィ、足元をふら付かせるエルフ達と続く。
瞬間移動初心者特有の、あの〔酔い〕に。
余計なダメージを食らったらしい。
それを〔戦闘に因る疲れ〕と勘違いした住人達が、わさぁっと集まる。
『眩暈がするだけだ』と、周りを落ち着かせるスニー。
そこへ、クロスボウを解体し終わったクロレ達も駆け付ける。
テルドの屋敷から、『宝物が無事戻って来た』との知らせを受けていたクロレは。
スニーにそれを伝え、共に喜ぶ。
クロレはスニーに尋ねる。
「それで?奴はどうなった?」
「それが……。」
困った顔をして、サフィの方を見る。
当の本人は、『フンフンフーン』と鼻歌を歌いながら。
ヒィの荷物袋を、クロレの配下から受け取っている。
そこへ、宝物を届け終わったユキマリもやって来る。
「これで、全部終わったの?」
そう、サフィへ声を掛けるも。
ニコッと笑って、ユキマリの方へ右手を差し出しながら。
サフィは言う。
「渡して。」
「えっ?」
「あんたの荷物袋よ。早くぅ。」
「え、ええ。良いけど。」
サフィが〔変に甘えた、背筋が痒くなる様な声〕で要求して来るので。
戸惑いながらユキマリは、サフィへ自分の荷物袋を差し出す。
それをバシッと奪い取ると。
ヒィの袋と2つ、地面へ並べ。
口に左手を当て、呼び掛ける様に言う。
「ご苦労様ー。これ、【約束のブツ】よー。」
「「お見事。」」
袋の中から声がし。
真っ黒な右手がニュッと、それぞれ飛び出す。
『ほいっ』と、サフィが。
右手に持っていたあの糸球を、宙に軽く投げ上げると。
バシッ!
両側から、2つの右手が。
手のひらを合わせる様に、それを挟み込む。
その間から、『ガリガリッ!』と言う物騒な音が漏れ出る。
余りの五月蠅さに、エルフの中から耳を塞ぐ者が続出する程。
ガリガリガリガリッ!
ガリガリガリガリッ!
ガリッ!
ブフッ。
ゲップの様な音を発した後、黒い右手達はまた袋の中へ引っ込む。
そして袋から、声がする。
「「美味。満足。堪能。」」
シーンと静まり返る、袋の周り。
見ていたエルフ達、ヒィとユキマリも。
呆気に取られ、何が何だか。
その中から逸早く正気に戻ったヒィが、サフィに詰め寄る。
「今のは!どう言う事なんだ!」
「契約だったのよ。『力を貸して貰う代わりに、珍しい物を食べさせてあげる』ってね。」
「契約って、ネプテスへの事か!」
「他に何が該当するってのよ。ホンット、呆れるわぁ。」
やれやれ、あんたもまだまだね。
そう言いた気な、サフィの表情。
それを見て、急に気持ちが冷めるヒィ。
こいつと真面にやり合ったら駄目だったな、そういや。
思い直し、落ち着きを取り戻して。
ヒィはサフィに尋ねる。
「で?〔森に潜んでいた怪しい奴〕の正体は、一体何だったんだ?」
「ああ、それね。ネプテスの性質と、関係有るんだけど……。」
そう前置きした後、サフィは答える。
それは、答えを望んだスニーやクロレも。
予想だにしないモノだった。
「あれは【悪意】よ。あくどい感情。」
「感情?それが独り歩きしたってのか?」
ヒィが気の抜けた声で、サフィに投げ掛ける。
サフィが答える。
「ネプテスはねぇ。物に染み付いている、感情や思いを食べるのよ。喜怒哀楽関係無く、濃ければ濃い程美味いんだってさ。」
『どう?分かった?』と、サフィは主張するが。
彼女の発言に、合点が行かないのか。
スニーもクロレも、他のエルフ達も。
納得の行く説明を、サフィに求める。
それに対し、サフィはあっさりとした感じで言う。
「感情は感情よ。或る意味、執念深さが強く残ったんでしょ。誰かさんの。」
「誰かさんとは、誰の事でしょうか!」
「ぼかした表現をされても、理解し難いのですが!」
「もっと分かり易く!説明して下さい!」
鬼気迫る様な、エルフ達の懇願。
それに段々イライラして来たのか、サフィの眉間にしわが浮かんで来る。
エルフ達も興奮しているらしい、サフィの周りへと詰め寄って。
辺りがぎゅうぎゅう詰めになって行く。
不味いっ!
あいつの怒りが爆発する!
ヒィは割って入り、サフィとエルフ達の押し問答を止めようとする。
ユキマリも、ヒィの手助けをしようと。
群集の中へ飛び込もうとする。
しかし、その時。
「うわぁーーーーん!」
群集の中から突然、大きな泣き声がする。
遠巻きにやり取りを見ていたが、何時の間にか群衆の中へ巻き込まれたエルフの子供が。
周りからの圧迫感に耐えられず、心の叫びを上げたのだ。
それを受け、サフィが周りに言い放つ。
「これがそうよ!あんた達、子供に対して何やってんの!」
自分の欲求を満たそうとして、周りが見えなくなり。
誰彼構わず攻撃して。
結果的に、関係の無い者まで傷付ける。
【無意識の悪意】。
皆が持つであろう、普段は意識しない感情。
その強烈なバージョンが、あの侵入者だ。
サフィは切々と、周りに語る。
その間に。
子供はヒィによって、外へ無事連れ出され。
ユキマリに慰められている。
身体的に痛かったのもそうだが。
血走った目でサフィへと詰め寄る大人達に、底知れぬ恐怖感を覚えたらしい。
子供の身体がまだブルブル震えているので、ユキマリは優しく抱き寄せる。
それで漸く落ち着いたらしい、『ひっく、ひっく』と小声で泣いている。
外側から順に、エルフの取り巻きが解けて行く。
各々が、感情のコントロールを失った事に。
反省しきり。
ヒィには、エルフ達の行動も理解出来た。
自分達の暮らしを脅かしていた者が、そんなモノだなんて。
俄かには信じられない。
それと同時に。
こんな空中へ、無下にも追い遣られ。
宝物を奪おうと侵略して来た奴等と、それを招いた人間達に。
恨みを募らせていた。
自分達が生み出して来た、負の感情が。
もしかして、奴を引き寄せたのかも知れない。
その可能性を考えると、自分達にも非がある。
断じて認められない、認めたくない。
そんな気持ちも有った。
心中は結構、複雑に違いない。
ヒィは、エルフ達が哀れに思えた。
サフィはそんな事、お構い無しだが。
改めて、サフィは言う。
エルフ達を諭す様に。
「これを機に、猛省なさい。あんた達の恨み節が、気付かない内に実体化して。無関係な者達へ、襲い掛かっていたかも知れないんだから。」