漸(ようや)く、新しい暮らしへ
サフィの背後から急に現れた、小さい影。
それは目をキラキラさせながら、ヒィの方を向き。
必死に頼み込む、〔ドワーフ族のジーノ〕。
その理由とは。
「オラ、見たんだ!ヒューーって飛んでって、シュワアアッて板が開いて……!」
「落ち着いて。ゆっくりと話してくれないか?」
慌ただしく、身振り手振りでその時の様子を語ろうとするジーノ。
しかしまだ、興奮が収まっていないらしい。
何を訴えたいのか分からない。
頭を振り回しながら話すせいか、やや長めな顎鬚がグルグルと回っている。
ヒィは静かに、ジーノへ気を静める様促す。
スーハー、スーハー。
何回か深呼吸した後、改めてジーノが話す。
「オラ、そんなに人間の事を知らないんだけんども。でも感じたんだ。『兄貴は特別だ』って。」
「その『兄貴』っての、止めてくれないか?」
「オラにとって、兄貴は兄貴さ。それでさ……。」
ああ、こいつも話を聞かないタイプだ。
期待外れでがっかりしたのか、肩を落とすヒィ。
その態度に気付かず、自分の有りっ丈の思いを聞かせるジーノ。
「オラ、もっと強くなりたいんだ。すっげー強く。兄貴に付いて行けば、そう成れるって思ったんだ。」
いきなり空を飛び。
誰も傷すら付けられなかった金属板を、いとも容易く両断した。
そう、ジーノの目には映ったらしい。
実際は、空を飛んだのはサフィのせいで有り。
板は両断したのでは無く、中央から勝手に開いただけ。
余りに衝撃的な光景だったので、ジーノの中でそんな事実として固定化されてしまった様だ。
とにかく、凄い。
ドワーフの中を探しても、こんな事が出来る奴なんて居ない。
人間なら出来るのか?
いや、違う。
あいつが特別なんだ。
弟子入りしよう、そうしよう。
一緒に生活すれば、凄い力の秘密が分かる筈。
そう決意して、付いて行く事に決めた。
でもどうやって……?
その時、混雑する道の合間を縫って動く影が。
あれは確か、傍に居た女。
あれにしがみ付けば、辿り着けるかも。
思い込みとは恐ろしい。
夢中で、サフィの服の裾にギュッと掴まり。
気付いた時には、屋敷の前へ。
どうやってここまで来たか、ジーノにも分からないらしい。
しかし当初の目論見通り、こうしてヒィの前に顔を出せた。
後は精一杯、思いを伝えるだけ。
駄目元で頼んでみよう。
それで今、土下座状態となっている訳だ。
『きちんとお願いすれば、きっと通じるわよ』と背中を押したのは。
他ならぬ、サフィ。
仲間は多い方が良い。
これからの暮らしが退屈しない様に。
そして、その方が面白そうだから。
サフィは案外、打算的思考の持ち主らしい。
だから平然と、ヒィを振り回す様な真似をするのだろう。
ジーノのお願いに、困った顔を露骨に取るヒィ。
自分は、それ程大層な人間では無い。
弟子を取る様な真似なんて、とてもとても……。
謙遜を通り越して、最早自虐。
2人のやり取りをジッと見ていたサフィが。
おもむろに椅子から立ち上がり。
トトトと、ヒィの前まで駆け寄ると。
彼の両肩を『バンッ!』と叩いて、下向きの気持ちを鼓舞する。
「『自分は情けない奴だ』と、そんっっっなに思ってんの?いい加減にしなさいよ!」
「で、でも……。」
横に目線を外すヒィ。
それでもサフィは続ける。
「『未熟さ』と『人としての魅力』は、必ずしも一致しないの!あんたは十分、他を惹き付ける力が有るのよ!」
「ど、何処にそんな……。」
弱々しく答えるヒィの、自信の無さにイライラして。
とうとう、彼の心臓の辺りを右手拳でど突くサフィ。
「心よ、心!どうして、ここまで無自覚なのかしらねえ……。」
呆れ顔で『言うだけ言ったわよ、後はあんたが決めなさい』と呟き。
サフィはヒィから離れる。
ジーノは目をウルウルさせながら、尚も懇願する。
『ああっ、もうーっ!』と、右手で頭を掻きながら。
色々と考えた挙句。
ヒィは決めた。
「俺の負けだよ。分かった、認めるよ。」
「ホ、ホントに?」
声が上ずるジーノ。
その目の前に左手のひらを突き出し、続けて言うヒィ。
「但し条件が有る。俺と〔対等な関係で接する〕事。それを守ってくれるなら……。」
上司と部下の様な、縦の関係では無く。
あくまで仲間として、友達として。
横の関係で、繋がりたかった。
ジーノは、快く承諾。
その後、『兄貴兄貴兄貴ーーーーーっ!』と。
ヒィの右足に掴まり、顔をスリスリして来る様子を見ると。
ヒィへの呼称だけは、直しそうに無いが。
それ位は、まあ許そう。
ヒィの心の中は、そこを落とし所とした。
玄関先でのやり取りは、こうして幕を下ろした。
しかしヒィにとっては、これからが正念場。
一連の出来事について、ヒィはサフィとジーノを伴い。
町長宅へと尋ねる。
そこでは町の有力者が集い、広場の様子や今後等を話し合っていた最中。
勿論、ロイエンスもそこに居た。
サフィに頭を下げさせ、ジーノに〔ソイレン〕で起きた一部始終を語らせる。
おっかなびっくりで話を聞いていた一同だが。
ジーノの話しぶりがヒートアップして行くのに圧倒され、信じざるを得ない状況に。
『この剣に、そんな力が有ったとは……』と、ロイエンスはヒィの背中をまじまじと見る。
一族に、その様な話は伝わっていない。
だから尚更、不思議だった。
しかしサフィの『ファンタジーだから!』連呼に、どうでも良くなった。
持ち主のヒィが正しく使えば、特に問題など起きない。
ロイエンスは、そう理解した。
町長は、事がはっきりしたので一安心。
ロイエンスからの申し出も有り、あの屋敷はヒィが住む事で決着した。
賃貸料は高いが、これまでこの町に貢献してくれたロイエンスに免じて。
破格の安さに。
ヒィがこの〔フキ〕で仕事を見つけ、収入源を確保するまで。
ロイエンスが代わりに払う事となった。
その後は、ドタバタと。
沢山の物が、屋敷へと運び込まれる。
衣服や道具、寝具など。
生活必需品を、町中から掻き集めた。
主に、ヒィが。
サフィは何も手伝わず、フラフラ出歩いては食料をゲットして来る。
ジーノは鍛冶の技能もそこそこ備えていて、純粋な腕力も人間以上と言う事も有って。
屋敷内の荷物運びやら改装やらで大わらわ。
落ち着いてた環境になるまで、何処からか手伝いの人手が。
皆口々に、『あなたの叔父さんには、いつもお世話になっているから』と。
ロイエンスのこの町での人望は、とても厚いらしい。
それを誇らしく思い、と同時に『自分もそう有りたい』と考えるヒィだった。
こうして住居も整い。
フキの町で新しい生活を始める、ヒィ達。
人間コミュの中で早く馴染もうと、ジーノは髭を剃ってさっぱりとした顔。
60センチ程と言う身長と、元々の童顔から。
ただの子供にしか見えないらしく、やたらと遊びの誘いが掛かる。
『良いんじゃないか』と、ヒィも歓迎。
ジーノは、子供達と戯れながら。
一方でその腕を買われ、鍛冶屋に就職。
ヒィは当分の間、町の自警団へ加わる事に。
サフィだけは、気まぐれな行動を取り。
ふと姿を消しては、ひょっこりと戻って来る。
そして絢爛豪華に飾られた部屋で、まったりと寛ぐ。
そうこうしている内に。
いつの間にか、20日程過ぎていた。