自称〔女神〕、女神らしい事をする
枯れ草の様な、薄茶色の草原。
そこは。
岩場の上に建つエルフの宿泊所から、ファルに襲撃を受けた2本目の大木を通り。
その先に有った地域。
9日間の旅の内5日目、道のりで言うと丁度真ん中。
つまり、空中島の中心付近に当たる。
草原の中に建つ、掘っ立て小屋は。
或る意味、目印の様な物。
その傍に現れる、あの人物。
入り口のドアをガシッと蹴り飛ばし、ズカズカと中へ入る。
そして、一言。
「まーた、ここに来ちゃったか。分かってた事とは言え、何だかなあ。」
辟易した口調で呟くと。
ヒィ達が補強の為に貼った〔黒シール〕が、どの場所に有るかをチェックして行く。
ふむふむ、ちゃんと【指定した所】に貼ってあるわね。
良い仕事してるじゃないの。
感心しながら、右ポケットを探り。
マッチ棒の様な物を取り出すと、右手のひらに乗せ。
『ほいっ!』と宙へ投げ上げる。
それは顔位の高さで、ポンッと変化し。
透き通った水色の、〔カヌー用オール〕みたいな姿になる。
すかさず中央部分を、『ガシッ』と左手で掴むと。
そのまま天に高々と掲げ、叫ぶ。
「【サファイア】の名に於いて命ずる!展開せよ!聖なる環よ!」
すると。
あちこちに貼ってあった黒シールから、虹色に輝く真円が出現し。
『シュルルル』と、直径を広げて行く。
真円全てに、魔方陣を描く際に記入する文言が。
円の内側に接する正五角形と、その中に浮かぶ☆との隙間に。
びっしりと並ぶ。
幾つも重なり合っているので、小屋の中は虹色の光で溢れている。
単に隙間を埋める為、小屋の壁や床へ。
サフィは出鱈目に黒シールを張らせた訳では無く、正にこの為だったのだ。
展開が終わると、サフィは左ポケットを探り。
ネプテスから投げ渡された際、サフィの顔面に炸裂した物を。
ガバッと取り出す。
それは、手のひらサイズの大きな【種】。
クルミの様に表面が固く、多少のしわが付いている。
サフィが痛がる訳だ。
そんな昔の事は、もう忘れた。
そう言わんばかりに、無表情で。
小屋の真ん中に当たる場所へ、ゴトッとそれを置くと。
両手を使って、オールの様な形の自称〔神器〕を頭上で回す。
クルクルと、バトンの様に。
そして『カツン』と、種の上へ片端を当てる。
再び、サフィは叫ぶ。
今度は、吠える様に。
「目覚めよ!」
声に呼応して、固い種の表面がピシッと割れ。
中からニョキッと、芽の様な緑色の物体が顔を出す。
その横から、根っこの様な細く白い物が。
何本か伸びる。
サフィの絶叫は続く。
「結べっ!」
2枚の小さい若葉が『カッ』と、青白い光を放つ。
それと同時に、白い根っこが。
『バシュッ』と、小屋の床を貫いて。
地下へとドンドン伸びる。
その間に、若葉がグングン大きくなり。
小屋の中で、パンパンに膨らむ。
サッと小屋の入り口から、サフィが飛び出すと。
種から生じた芽は、更に成長を加速させ。
小屋の屋根をぶち破り、上へと成長して行く。
一方根っこは太く長く、地中を駆け巡った後。
下の世界に面する側へ、ビシュッと出っ張る。
はみ出た根っこは、真っ直ぐに〔或る方向〕を目指す。
ズアアアアァァァァッ!
地中で何百本にも分かれていた、根っこの先は。
空中で勢い良く伸び、とある地面へと突き刺さる。
突き刺さった後も、地中へ伸び続け。
何十メートルもの深さまで達した後、漸く伸びが止まる。
そのタイミングは。
宝物の力が完全に切れ、ふんわりと島が落下し始めた矢先だった。
地上へ根差した根っこが、島を手繰り寄せる様に。
今度は、ゆっくりと縮んで行く。
スピードとしては、馬が駆ける速度位か。
縮み始めの急加速の為、初めは島を傾かせたが。
直ぐに体勢を立て直し、島の上部を水平に保つ。
この時の衝撃で、ヒィ達と対峙していた白巨人が転倒したのだ。
これも、サフィの計算の内。
上へと伸びた芽も、直径1メートル程の幹となった後。
成長を鈍化させる。
小屋は最早バラバラとなり、辺りに破片が散らばっている。
黒シールから現れた魔方陣も、役目を終えたのか。
ヒュッと消えた。
島が宙を進み始め、その速度が一定になった事を確認すると。
満足な顔で、サフィが幹に寄り添う。
その肌を撫でながら、『後は宜しくねっ』と優しく声を掛けた後。
シュンッ!
ユミンの町へと、サフィは戻って行った。
「テルドさん!テルドさん!宝物は回収しましたよ!」
大声で叫びながら、テルドの屋敷に入って来るユキマリ。
かなり興奮しているらしい、ユキマリらしからぬ気遣いの無さで。
ドタドタと、廊下を走って行く。
ユキマリが、テルドの待つ部屋へ飛び込むと。
椅子に座って目を瞑り、戦況を祈っている長の姿が目に入った。
その目の前に回り込むと、『えーい、面倒臭いっ!』と。
荷物袋を逆さまにし、中身をドサドサと床に落として行く。
まずは衣服、次にアイマスク等。
女性の下着が混ざっていたので、テルドは慌て。
『お、落ち着いて!』と、両手のひらをユキマリの方へ突き出し。
顔を背け、赤らめる。
それでもユキマリは、構わず続ける。
堆く積まれた、衣服の山。
その頂点に、ポスッと落っこちる物が。
明るい緑色の光を放って、存在を主張しているそれは。
確かに、テルドには見覚えが有った。
顔を背けてはいたが、視界にそれが入ると。
思わず手を伸ばしてしまう。
その時、彼の口から漏れ出た言葉は。
「ち、父上……!」
掴みたいが、届かない。
椅子から立ち上がれない。
気が付くと、足がガタガタ震えていた。
消え逝く様を思い出したのだろう、テルドは再び椅子へ腰掛け。
『ふう』と深呼吸して、気を落ち着かせる。
ユキマリが宝物を掴むと、テルドの方まで抱えて行き。
『はいっ!』と手渡しする。
受け取ったテルドは、目を潤ませながら。
その膝の上で、しっかりと感触を確かめるのだった。
〔クシュピ〕を務めていたエスペルは、テルドの父だった。
父は命を賭して、宝物を守り。
結果、息子の目の前で消滅した。
こんな事態になった責任を、息子として痛感したテルドは。
『島に暮らすエルフ達を、しっかりと守らねば』と使命感に燃え。
この時まで長を務めて来た。
順風満帆だったとは言えない、これまで期間を。
今は、愛おしく思う。
そして、父の形見でも有るこの宝物を。
今度は守り通したい、そう新たに誓う。
『宝物が取り戻された』と聞いて、他のエルフ達が続々と屋敷を訪問。
代わる代わるに、宝物を眺めては。
目をウルッとさせる者有り、ホッとする者有り。
暫くすると、島がゆっくり動き出す感覚を。
この土地で生活する、全てのエルフと全てのホグミスが感じ取る。
何と無く皆が空を見上げた時には、静かに夜が明けようとしていた。
そこでやっと、『再び地上で暮らせる』と言う実感が湧いて来て。
何処からともなく、歓声が沸き上がるのだった。