鍵でまず、宝物(ほうもつ)をこじ開けよう
ユミンの町のあちこちに掲げられる、松明。
日が照って明るいのに、どうしてこんな物を焚かせるのか?
疑問に思いつつも、エルフ達は長の命に従う。
町の外で結界を張っているホグミスも、伝達された通りに動き始める。
町の傍だけでは無く、向こうに見える森さえも。
霧に包もうとしていた。
周りの雰囲気が急激に変わって行く事へ、小屋群で陣取っているモンスーコも戸惑う。
そこへ、森の中で狩りの途中だったエルフ達がなだれ込む。
何だ何だ?
と同時に、ユミンから派遣されたエルフ達も合流。
こちらはスニーが指揮している。
長の命をスニーが伝えると、エルフ達は大盛り上がり。
そして、自分達の近くに潜んでいるであろう脅威に。
対抗すべく、準備をし始めるのだった。
ヒィは自分の荷物袋から部品を掴み出し、編成されたエルフの作業部隊へと渡して行く。
サフィの指示でそれは組み立てられ、ユミンの中心部に在る広場へと設置される。
何故こんな巨大な物が、小さい袋に入っていたか。
エルフ達は驚きながらも、黙々と作業する。
設置には、数時間掛けられた。
そこへ。
モンスーコが持っていた、場違いな位に大きい矢が運び込まれる。
それを組み込んで、完成。
出現したのは、【巨大なクロスボウ】。
モンスーコの矢が無ければ、どうしていたのだろう?
それとも、事前にその存在を知っていたと言うのか?
エルフ達は皆、不思議がる。
供出する様要請された、モンスーコ本人さえも。
クロスボウの大きさは、〔弓幅10メートル程×本体の長さ15メートル程〕。
それが、回転する巨大な発射台に乗せられている。
台は射角を変更出来、宙に在る物へ確実に狙いを定められる優れ物。
台座部分も。
ヒィの荷物袋から部品を取り出され、テキパキと組み立てられた。
最早マジックアイテムと化している、ヒィの荷物袋。
不思議で堪らない、好奇心旺盛のエルフ達が。
ヒィに強請って中を覗かせて貰うも、何の変哲も無かった。
余計に頭がこんがらがるエルフ達。
ネプテスが嫌がって、姿を隠していただけなのだが。
ここまで来ると、ヒィもネプテスの凄さを認めざるを得ない。
よくこんな魔物に、協力を仰げたな。
サフィのヘンテコな魅惑に当てられて、判断力が鈍ったのかも知れない。
そう考える程ヒィには、サフィへの評価が揺らいでいた。
『アホの子には違いないんだけどなあ』、その思いだけはずっと同じだったが。
こいつはどうも、変な所で知恵が回る。
クロスボウもそうだ。
どうして、構造を理解している?
どうして、組み立ての指揮が出来る?
これも『ファンタジーだから』で済ませるのだろうか。
それとも『女神だから』と言い張るのだろうか。
まあ良い、上手く事が運べば。
状況を丸く収める為に、全力を尽くすのみだ。
そう決意し。
サフィに対する邪念を追い払う、ヒィなのだった。
各自、配置に付いた。
ヒィは、ユミンから外へ出た。
サフィとユキマリは、クロスボウの近くで待機。
町のあちこちには、赤々と松明が灯っている。
ホグミス達が展開した霧は、森を完全に飲み込んだ。
空へ向け、クロスボウの発射角度を調整する。
それが終わると、リディが『よいしょ』と矢の上に登る。
そして『ポンッ』と言う音と共に薄煙が立ち、ヒナの姿になると。
トコトコと矢を登って行く。
矢じりまで達すると、その場に座り込み。
脚でガッチリ、矢じりへと掴まる。
リディは準備完了。
クロスボウに関してエルフの指揮を執るのは、クロレ。
『発射準備!』と号令を掛けると。
大勢でクロスボウの弦を引っ張り、レバーへと掛ける。
カチッと音がしたのを確認し、作業部隊はクロスボウから距離を取る。
皆が緊張する中、クロレが命ずる。
「発射!」
「「「せーのっ!」」」
3人のエルフが力を込め、クロスボウのトリガーを引く。
すると。
ビュンッ!
勢い良く矢が、空へと放たれた。
その目標は、遥か空中。
ここで1つ、解説を。
どうしてこの空中島は、夜も無くずっと明るかったのか?
答えは明白。
宝物に因る物だから。
そう、宝物は【空中に浮かんでいた】のだ。
土地全体を包む様に、輝きを放ちながら。
まるで自身の効力が及ぶ範囲を、光で示す様に。
それは、〔空を行き来する光球〕に似た明るさを保ち。
昼の状態だけを作り出していた。
この世界は、光球の動きによって昼夜が形作られている。
土地の上空から動かない宝物は、その上部だけを煌々と照らし。
その真下は遥か彼方だったので、宝物の光の影響を受けなかった。
だから地上の者達は、空中島に気付かなかったのだ。
外敵から身を守る為、宝物は発動している訳だから。
悟られないのは当然だが。
それを今、解除しようとしている。
その鍵が、リディ。
彼女は、宝物の影響を受けない。
寧ろ、〔打ち消す事の出来る、数少ない存在〕と言える。
サフィの背中で眠りこけていたのは、伊達では無い。
影響を打ち消し、サフィに元気を取り戻させていたのだ。
しかしそれは、サフィの能力の制限にも繋がるので。
瞬間移動とかは、使いたくても使えなかった。
サフィの能力は人間程度に成り下がったが、旅を続ける余力は残ったと言う訳だ。
宝物は無意識、リディは意識的。
その両者が直接ぶつかれば、どうなるか。
これから、それが明らかと成る。
ビューーーーーッ!
真っ直ぐに飛んで行く、大きな矢。
必死に矢じりへしがみ付く、リディ。
絶対に、役に立つんだ。
そしてお兄ちゃんに、一杯褒めて貰うんだ。
だって、【見た】もん。
そうなっている、うちを。
だから……!
ピーーーーーッ!
大声で鳴くと、直ぐ傍まで近寄っていた宝物目がけ。
失速し落下し掛けている、矢じりから飛び立ち。
小さい羽をパタパタさせて、突進する。
《やあああぁぁぁぁぁっ!》
リディはそう叫んでいるつもりだった。
しかし、周りには。
《ピピピピピイイイイィィィィィッ!》
甲高いヒナの鳴き声として、辺りに響き渡る。
そして。
ドスンッ!
ヒナと宝物がぶつかると。
パシュッ!
何かが弾ける音がする。
それは、エルフ達にも聞こえる程の大きさで。
同時にバッと、周りが暗くなる。
ヒュルルルルーーーッ!
宝物と共に、ヒナが落ちて来る。
そこへ、エルフ達が思い切り投げ上げたユキマリが。
自分の荷物袋を携え、或る程度の高度まで達すると。
袋の口を開いて、叫ぶ。
「今よ!吸い込んでーっ!」
「承知。」
ユキマリの袋の中に居た、ネプテスは。
彼女が合図を送ったら対象を吸い込む様、サフィに言われていた。
その通りに、ネプテスは実行する。
ギュルルルルルーーーーッ!
袋口から、竜巻の様な物が発生し。
上空へ長く伸びたかと思うと、ヒナと宝物を飲み込んで。
再び、袋の中へと帰って行く。
そして完全に取り込んだ後、キュッと袋の口を閉め。
ユキマリは叫びながら、落下する。
あああああぁぁぁあぁぁああぁぁぁぁっ!
『自分の位置はここだ』と、教えながら。
下で待機していた、投げ上げ係のエルフ達は。
ヒィの荷物袋から出してあった、〔着地用マット〕を大きく広げる。
その中央にボスッと、見事ユキマリは収まった。
駆け寄るエルフ達も、袋から勢い良く飛び出したヒナを見て。
ユキマリと宝物の無事を確認し、安堵する。
直ぐに立ち上がり、ユキマリは。
屋敷の中でジッと待つ、テルドの下へと向かう。
それを黙って見送った後、町の外へと向き直るエルフ達。
下の世界では夜の時間帯だったのか、辺りは闇に覆われている。
その中にポツポツと灯る松明が、エルフ達の心配そうな顔を。
チラチラと照らしていた。
空中島の上空が真っ暗になった事は、宝物の効力が掻き消えた事を意味する。
それは同時に、他が動き出す合図でも有った。
それは。
〔森に潜む何か〕と。
〔それを撃退せんとする者達〕と。
後、〔1人〕は……。