『油断は出来ない』、ホグミスがそう言っている
「まだ危険?すっごい【結界】を張ってるのに?」
メドの言葉に、そう返すサラ。
『やっぱりか』と、ヒィは思う。
サフィの力が規制されているのも、ヒィの緑色の炎が使えないのも。
何か巨大な力が干渉しているから。
そのお陰で、この土地は浮かんでいられるのだ。
〔ユミン〕の町には、とてつもない物が有るのだろう。
それを長が使用して……。
想像が膨らんで行くヒィ、しかし想像は想像。
事実では無い。
ホグミスから、まだ話を聞けるだろうか。
チラッと目線を送るヒィ。
それを受けて、サラがメドに尋ねる。
「どうして危険なんだい?この土地は立派に守られてるじゃないか。」
「その前に、良いっすか?」
メドとワデ、そしてナモが。
むにゃむにゃと唱え出す。
すると、辺りに霧が立ち込め。
町を囲んでいた柵が、また遠ざかった。
メドが、ヒィ達に言う。
「ここでは話が出来ないんで、取り敢えず町の中に入って欲しいっす。」
そして、案内係をスニーとクロレに譲り。
ホグミス達は、町の入り口までトコトコ付いて行く。
進み続けていると、一瞬『ギュンッ!』とヒィ達の視界が歪む。
気付いた時には、霧は晴れ。
ヒィ達は何時の間にか、無事に町内へと辿り着いていた。
入り口の直ぐ外で、ホグミス達は立っている。
町の中に入ると、メド達の術が解けてしまうのだろう。
だからここで、話は再開。
先程のサラの問いに、メドが答える。
「そこなんっす。あんた等は、下から来たんでしょ?」
「そうだよ。」
「エルフ達も偶に、ここと下を往復するらしいんっすけど。『そのどさくさに、怪しい奴が入り込んだ』って言う奴が居るんっすよ。」
「ホントに?」
「長の話では、あの森の中に居るらしいんっすけど。」
そう言ってメドは、モンスーコが居付いている森を指差す。
それに、ユキマリが反応する。
「えっ?通り抜ける間、何か変な物が居る感じはしなかったけどなあ。」
「それが、上手い事気配を消してるらしくって。それでおいら達が、ここで見張ってるんっす。」
「それだけじゃ無いわよ。」
ここでサフィが口を挟む。
背中に居るリディを見て、サフィは言う。
「この子が威圧したのは、あのエルフだけじゃ無かった。そう言う事よ。」
確かに、あの後。
森の中は静まり返っていた。
あれが普段の姿だと、ヒィとユキマリは思っていたが。
或る時、〔異変〕が起きていたらしい。
その辺りの事情は、スニーが語る。
その内容は、以下に。
普段から、鳥や獣の鳴き声が飛び交う森の中が。
異様に騒がしい時が有ったのだ。
その原因をスニーは、『猛獣』と表現し。
森に入る前、ヒィ達に警告した。
スニー達も、『異物が混入している』感じを受けていたが。
巧妙に隠れているので、正体が分からない。
かと言って大げさに注意喚起し、他のエルフ達の行動を委縮させると。
ホグミスが長から依頼された役割を、エルフの自重加減を通して向こうにバレてしまう。
森で狩りをしているエルフ達は、敢えて泳がせているのだそうだ。
モンスーコを含めて。
では何故エルフ達は、潜伏しているそいつに襲われないのか?
それは、サフィを見れば分かる。
そう、そいつも力が制限されているのだ。
森の中に入って直ぐに、気配を消すまでは良かったが。
どうやらエルフ達より、身体能力が落ちてしまったらしいのだ。
攻撃的な圧力、それを持ち合わせていたので。
森に居る動物達が過剰反応し、木々が振動する程音量がデカくなった。
それを聞いたエルフ達が、怪しく思い。
森の中を慎重に調査したが、見つからず。
『こちらから仕掛けなければ、害を及ぼさないだろう』、そう判断された。
そして長がメド達に、町の周りを幻で包む様お願いした。
町の危機は、エルフの危機。
そしてそれは、ホグミスの危機に繋がるので。
メド達は了承し、精霊の力で結界めいた物を張った。
その後、膠着状態が続いていたが。
下の世界に降りたエルフが、偶々レッダロンと出会い。
『これは好機』とばかりに事情を話すと、例の話を聞かされた。
そこで、交代で〔エルフの戯れ〕に駐在し。
ヒィ達を招き入れた、と言う事だそうだ。
「なるほど。この道中で、俺達に詳しく話せなかったのは……。」
「察しの通り。そ奴に聞かれる訳には行かなかったのです。」
顎を右手で擦りながら頷くヒィに、スニーが答える。
サフィが言及した件も、これで辻褄が合う。
同じく、下からこの浮遊島にやって来たヒィ達を。
影からこっそり観察し、品定めをしようとした。
利用出来るか、最低でも自分の邪魔をしないかどうか。
そいつにリディが、警告を発したのだ。
『身の程を知れ』、と。
格の違いを見せつけ、ヒィ達を守る。
『お兄ちゃん達を傷付けさせない』、その思いから自然と出た行動。
結果的に、軽々しくユミンの町へ手出し出来ない様にした。
『ファインプレーよ』と、サフィは背中のリディに呟く。
その傍に寄り、そっとリディの頭を撫でてやるヒィ。
「ありがとう。」
ヒィもリディに、そう呟くと。
『えへへ』とリディが笑う。
3人の姿が微笑ましく、ユキマリも心が温まる。
対して、これ等の話に驚くファル。
『初耳だ!』と、大声を上げる。
その声で、町への訪問者に気付いたらしい。
入り口へ続々と、住人らしきエルフ達が集まって来る。
最初はヒィの姿にギョッとし。
次に、そのヒィと仲良くしているメド達を見てギョッとする。
どう見ても人間、なのにホグミス達は警戒していない。
何が起こっているか、見当も付かない。
不可思議な面持ちで、ヒィ達を取り巻いている。
そこへ、『道を開けよ!』と命ずる声が。
途端にササーッと、群衆が2つに割れる。
左右1人すつ、お付きのエルフを伴って。
現れた、老練のエルフ。
長い顎鬚を湛え、顔にくっきりとしわを刻んではいるが。
目の輝きは、衰えていない。
頭には場違いな、テンガロンハットに近い形の茶色い帽子を被り。
身に付けている狩人の様な服とは、とてもでは無いが『お似合い』とは言えない。
その前に進み出て、膝を付き。
畏まる、スニーとクロレ。
クロレが老エルフに告げる。
「レッダロン様が仰られし方々を、お連れ致しました。」
「ご苦労。下がって良いぞ。」
「ははっ。」
スニーとクロレが、後ろへと下がる。
ファルも何時の間にか、群衆の中へ紛れた様だ。
ヒィ達に一礼し、老エルフが告げる。
「ようこそ、お越し下さった。私はこのエルフコミュ〔アチェリン〕の長、【テルド】と申す。お見知り置きを。」