ユミンの町の、少し手前にて
道中、通算3本目の大木の根元で。
眠りに就く一行。
ここまで来れば、あと少し。
ユキマリのテンションが、俄然上がる。
周りが明るかった為、ここでもアイマスクを着用。
それでもユキマリは、興奮が収まらないのか。
寝付くのが他の者より遅かった。
次に目を覚ました時、ユキマリはぐったりしている。
殆ど寝られなかった様だ。
しょうが無いわねえ。
サフィにそう言われ、言い返す言葉も無いユキマリ。
大木から〔ユミン〕の町まで、花畑が続くだけだから良いものを。
こんな状態では、万が一戦闘に巻き込まれた時。
完全にお荷物となってしまう。
『危険な事なんて、もう無いんでしょ?』と、冗談めかして。
ユキマリはエルフ達に話し掛けるも、答えは返って来ない。
それで少々不安となる、心の内。
ま、まさかねえ。
そう思いながら、ユキマリは。
ヒィ達と、道を歩き続けるのだが……。
花畑は、遠くの方まで。
花の色によって、縞模様を形成している。
それが目に入り、チカチカしている様に感じるのか。
ユキマリが段々、ふら付いて来る。
『大丈夫か』と、ヒィに肩を貸され。
漸く、自分の身体の状態がおかしい事に気付く。
前を向いて、遠くを見やると。
町を取り囲む様な柵が見えるのだが。
一向にに近付いて来ない。
あれ、目までおかしくなっちゃったかな?
『ふぅ』と大きく深呼吸し、再び前を見るも。
状態は好転しない。
とうとう座り込んでしまうユキマリ。
『ごめんね』とヒィに謝りながら、花畑の中に横たわる。
流石に『おかしい』と思い始めるヒィ。
そこに、サフィが。
「あんた、よっぽど嫌われてるみたいね。」
「俺のせいだってのか!」
たまげた様子のヒィ。
チラッとエルフ達を見るも、ヒィから悉く目を背ける。
自分達は手出し出来無い、自力で対処して欲しい。
暗にそう言っている。
そこでヒィは、考え込む。
エルフの幻術か?
いや、それなら。
エルフ達が目線を逸らせる理由にはならない。
この土地に、サフィに。
影響を及ぼしている〔モノ〕の仕業か?
それも違うだろう、サフィもリディも動けなくなる筈。
だとすると……。
ヒィは一計を案じ、背負っている荷物袋を目の前に降ろすと。
中を覗き込んで、周りに響き渡る様に大声で叫ぶ。
「おい!ネプテスよ!」
「何か用か?」
「お前の雇い主がお困りだぞ!このままだと、契約破棄に成るかもだぞ!」
「それは一大事。して、我に何を?」
「この辺り一帯に漂っている、《ホグミス》を吸い込む事は出来るか!」
「造作も無し。そ奴が危害を?」
「多分な。」
そうだろ!
天に向かって叫ぶヒィ。
エルフが介入出来ず、サフィに影響を行使出来る者は。
精霊しか居ない。
それがユキマリにも、負荷を掛けているのだろう。
彼女は無関係なのに。
俺の旅に付いて来ただけなのに。
こちらの事情も、言い分も。
何も聞かずに、一方的に敵意をむき出しにするのは。
納得が行かない。
だから、叫ぶ。
「こっちの話を、聞く気は無いのか!無いなら、仲間を救う為だ!止むを得ん、一時的に封印させて貰うぞ!」
そう言いながらヒィは、荷物袋の口を大きく開こうとする。
すると。
「タンマ、タンマ!」
「そんなつもりじゃ無いんだ!」
「閉めて!早く閉めて!」
ヒィの荷物袋の中に居るネプテスが、周りの空気を吸い込みかけていた。
それを見て、慌てたらしい。
止める様、子供の様な可愛らしい声が飛んで来る。
しかし、ヒィはまだ口を閉じない。
「話を聞いてくれるんだな!なら、姿を現したらどうだ!誠意が感じられないぞ!」
「く、くそう!」
「何て奴だ!」
「精霊に脅しを掛けるなんて!」
「脅しじゃない!交渉だ!聞く気が有るのか無いのか、どっちなんだ!」
「聞きゃあ良いんだろ、聞きゃあ!」
「ホントにもう。」
「面倒臭いなあ、人間って奴は……。」
呆れた声、怒鳴り声。
入り交じりながら、姿を現す。
それと共に、周りの景色が変わって行く。
フラリと一瞬、揺らめいたかと思うと。
目の前には、遠くに見えていた柵が。
その傍で、ユキマリは寝かされていたらしい。
「ほら、姿を出したぞ!早くそれを止めてくれ!」
ヒィの足元から、声がする。
そこには背丈が膝下位の、水色の髪をした小人が。
3人立っている。
その内の1人が発したのだろう、明らかに狼狽えている者が見える。
ヒィは、荷物袋の中へ話し掛ける。
「ありがとう。お前さんのお陰で、雇い主が助かったよ。後で褒美でも貰うと良い。」
「ほう、それは良き事。では。」
中に居たネプテスは、そう言ったきり黙る。
空気の吸い込みも止んだ。
ホッとした顔をする小人達。
リディを背負いながらタタタと、ヒィの下へ駆け寄って来るサフィ。
そして、いきなり突っ掛かる。
「ちょっと!何、変な事約束してんのよ!あたしは、巻き込まれた方なのにっ!」
「済まん済まん。でも本当だっただろ?危なかったのは。」
「そりゃあ、そうだけど。」
釈然としないながらも、『この分は、貸しだからね!』とヒィに言い放って。
ネプテスとの交渉の為、ヒィの荷物袋をひったくって下がるサフィ。
『さーて』と、ヒィはその場にしゃがむ。
『ひぃっ!』と小声を上げながらも、精霊としての威厳を保つ為虚勢を張る小人達。
ヒィから、話を切り出す。
これまでとは一変して、優しい口調で。
「俺達は、エルフの長に会いに来たんだ。『この土地を元に戻したいか』って、尋ねにね。」
「もど……す?」
「そんな事、ただの人間に出来る筈が……。」
「待てよ?そいつが後ろに背負っている剣は……?」
思い思いに言葉を発する精霊達。
ヒィの背後が気になって仕方無い。
『出番だよ』と、ヒィは剣を抜くと。
横に向け、精霊達の前に差し出す。
その刀身の上に、ゆらりとサラが現れる。
「折角、黙ってたのに。ボクだって、面倒事は御免なんだけどなあ。」
「「「サササ、サラマンダー!」」」
硬直する、精霊達。
『取って食いやしないよ』と、サラが言うも。
緊張しているらしい、プルプルと震えている。
「だから言ったんだよ、〔面倒事〕って。」
「いやあ。精霊同士なら、スムーズに話が進むかなあって。」
「ヒィ、君の言いたい事は分かるけど。〔相性〕って物を考えないと駄目だよ?」
ここで震えているのは、〔雲や霧に近い水〕属性のホグミス。
水は水だが、粒の小さい水の集まり。
火力の高いサラマンダー相手では、軽く消し飛んでしまう。
畏れるのも無理は無かった。
そんな状態で、話し合いになるのかい?
サラは、そう言いたいらしい。
それでも、ヒィは言う。
「俺の事を認めてくれたんだ、酷い事はしないだろう?」
「痛い所を突いて来るねえ。」
無意味な戦闘は望まない、そんな自分だから付き合ってくれている。
そうサラを信じているからこそ、こんな言葉が出て来るのだろう。
ここは、ヒィの思惑に乗ってあげるか……。
サラはそう思い、精霊達に話し掛ける。
「ボクは〔サラ〕。宜しくね。君達は?」
「「「あ、あの……その……。」」」
「ねえ?」
「「「はいーっ!」」」
〔気を付け〕の格好になり、背筋を『シャキンッ!』と伸ばして。
自己紹介する。
「おいら達は見ての通り、ホグミスっす。おいらの名前は、【メド】っす。」
「同じく、【ワデ】っす。」
「【ナモ】っす。宜しくっす。」
「で?何で、こんな事を?ボク達本当に、長に会う為はるばるやって来たんだよ。ねえ?」
サラが、後ろで控えているエルフ達に声を掛ける。
黙って、うんうん頷くエルフ達。
最高位の火の精霊を間近で見るのは初めてらしい、少々恐縮している様だ。
サラはホグミス達の方へ向き直り、言う。
「訳が有るんだろ?話してくれないかな?」
「「「うーん……。」」」
3人がぼそぼそと話し合う。
サラマンダーの言っている事は、どうやら本当みたいだ。
互いに頷き合った後、代表してメドが話す。
それは。
「実は、長に頼まれたんっす。『町を守ってくれ』って。この町はまだ、危険なんっす。」