暴れん坊、ヒナに屈する
シュタッと地面に着地し、こちらをジロッと睨み付ける者。
右手には、スニーへ向け叩き付けた武器を握り締めている。
それは、通常より太くて長い〔矢〕。
エルフは俊敏で、身体能力が人間より高い。
かと言ってその腕力は、多種族と比べても怪力とは言えない。
普通のエルフが扱えない物を、自由に操る様を見せつけて。
己の凄さを誇示しているらしい。
それだけで十分なのだろう、その矢に見合った弓を持ち合わせては居ない。
これじゃあ、ただの〔槍〕じゃないの。
ユキマリはそう思い、不謹慎にも『ふふっ』と笑ってしまった。
その態度に激高し、声高に叫ぶ。
「お前!この俺を〔エルフの頂点に立つ者〕と知っての狼藉か!無礼な!」
「あらあら。そっちの方が、遥かに無礼だと思うけど?」
ポツリと呟くサフィ。
それも聞こえたのだろう、サフィに向かっても怒鳴り返す。
「こっちにも不届き者か!許さん!この【モンスーコ】の名に於いて、成敗してくれる!」
〔モンスーコ〕と名乗った、その男エルフは。
持っていた矢を、サフィ目がけて投げつける。
それをスッと躱すサフィ、その刹那に背後へと回り込むモンスーコ。
投げた矢をパシッと掴むと、背中に向け突き刺そうとする。
「危ないっ!」
攻撃を防ごうと、慌てて手を伸ばすヒィ。
タイミング的に、ヒィは間に合わない。
虚を突かれた格好だったので、他のエルフも反応が遅れる。
不味いっ!
スニーもクロレも、サフィとリディの負傷を覚悟した。
しかし、背中からポンッと。
リディの姿が消える。
次の瞬間、サフィの頭に赤いヒナが現れたかと思うと。
耳を劈く様な鳴き声を、モンスーコに向け発した。
グウウゥゥエエェェアアアアァァァァッ!
真直でその声を聞いた、モンスーコは。
身体を硬直させた後、口から泡を吹きながらバタリと後ろへ倒れ込む。
ヒナはモンスーコを敵と認識したのか、奴のダメージは凄そうだ。
あっさりと、持っていた矢も手放してしまった。
ヒィは、サフィの背中とはやや斜めにズレていたので。
鳴き声の直撃は回避。
それでも、耳の奥がジンジンしている。
同じく斜めにズレていたユキマリ、サフィから離れていたエルフ3人は。
獣人及びエルフの、耳の良さが災いし。
リディから敵と見做されていないにも係わらず、ダメージを負った。
頭がクラクラして立っていられず、その場にペタリと座り込む。
唯一、こんな事になるのを予見していたらしいサフィは。
ちゃっかりと、耳を両手で塞いでいた。
サフィの身体の前へと発せられた事も有って、頭蓋骨を通して響く振動も無し。
ケロッとした顔で、突っ立っている。
ただ、リディの姿がヒナに成った事も有って。
さっさと解決しないと、こっちが消耗しちゃう。
躊躇無く、サフィは。
ヒナを頭に乗っけたまま、仰向けに倒れているモンスーコの胸ぐらを左手で掴み。
右手でパシパシと、モンスーコの顔を往復ビンタ。
『ううっ……』と目を覚ましそうになると、更にビンタのスピードを加速させる。
「ほらっ!さっさと起きないと、ほっぺがプクーッて腫れちゃうわよ!」
「な、何だ……いてっ!いてててて!」
「起きろーっ!寝るなーっ!死ぬぞーっ!」
パシパシパシ。
最後はノリノリのサフィ。
すっかり目を覚ますと、『わわわ、分かった!分かったから!』と抵抗するモンスーコ。
すると急に冷めたのか、ポイッと左手を離すサフィ。
モンスーコは、必死の抵抗の反動で。
バタッと再び、仰向けに倒れ込み。
『ガンッ』と鈍い音をさせて、頭を地面に打ち付ける。
「ぐぎゃあああっ!」
もんどりうって、両手で頭を抱えゴロゴロ左右に転がるモンスーコ。
その滑稽さに、笑い転げるサフィ。
「どっちが不届き者か、これで分かったかしら!ざまあ無いわね!あれだけ勢い良く、啖呵を切っといて!」
ハハハハハ!
ハハハ!
……はあっ。
笑い疲れたのか、リディの効力が無くなったのか。
サフィもペタリと、地面に座り込む。
頭からひょいっと飛び降り、ポンッと女の子の姿になるリディ。
サフィの左隣へ座り、疲労感満載の彼女の手をギュッと握る。
それで少し回復したらしい、『ありがと』とリディに礼を言う。
コクンと頷くリディ、その愛らしさを見て。
あたしもちょっと、図に乗り過ぎたわね。
可憐な乙女のイメージが、台無しになる所だったわ。
反省……するか。
そう考えたサフィは。
ニコッと、リディに微笑みかける。
リディもニコリ。
2人でニコニコ、微笑み合っている。
その光景が、不気味に感じたモンスーコ。
これは下手に逆らうと、もっと酷い目に会わされる。
とっとと、この場からトンズラした方が良さそうだ。
そこまで考えると、左手で後頭部を押さえながらソーッと立ち上がる。
そして一気に後ろへ跳び、ここから逃げ出そうとする。
しかし。
「おいっ!」
「ひやああぁぁぁぁっ!」
情けない声を上げるモンスーコ。
背後には、ヒィに助け起こされたクロレが。
スニーも、こちらへ近寄って来る。
慌てるモンスーコは、『な、何もしない!しないから!』と。
クロレ達の方へ向き直り、両手を前に突き出して。
降参した様に、プルプルと手を振る。
クロレとスニーの後ろでは、ヒィにゆっくり起こされるファルが。
一連の出来事を見て、ファルの背中には悪寒が走る。
これ程の者達を相手に、俺は粋がっていたのか。
相手を見る目を、もっと養おう。
クロレ達に対し狼狽えるモンスーコを、反面教師の様に感じながら。
ファルは、日頃の行いを反省するのだった。
「それでだな。お主の小屋を借りたいのだ。頼む、1泊させて欲しい。」
「よ、喜んで!」
クロレに対しそう答える、小屋の主であるモンスーコの顔は。
心なしか、ピクピクと引き攣っていた。
彼女達の交渉の様子を、やや遠くから見守っているヒィ達。
宿泊の件は、何とかなりそうだ。
それにしても……。
エルフ4人を見比べながら、ヒィは考える。
クロレとスニーも良く似ているけど、ファルとあのモンスーコ?も似ているなあ。
前者2人は目じりが下がっていて、やや柔らかな面持ち。
対して後者2人は、目じりが上がっていて眉も太い。
キリッとして男らしいと言えばらしいけど、それ以外は皆ほぼ同じに見える。
これが例の、〔混血の結果〕なのだろうか。
複雑な心境のヒィ。
それが事実なら、親戚同士の筈。
なのにお互い、何処か余所余所しい。
エルフと人間との、認識の差なのだろうか?
それとも、別の理由が?
何時の間にか、難しい顔付きになっていたらしい。
唐突に『どうしたの?』と、心配顔で覗き込んで来るユキマリに。
びっくりするヒィ。
『ご、ごめん』と、何故か謝ってしまう。
「何か思う所が有るなら、ちゃんと言ってね?」
「気遣ってくれて、ありがとう。」
「うんっ!」
ユキマリは嬉しそうに、そう返答すると。
話し合いが付いたらしいクロレ達の方へ、トコトコ走って行く。
じっとユキマリの背中を見つめるヒィ、その後ろから服を引っ張る者が。
ヒィの顔を黙って見上げる、リディだった。
まるで褒めて欲しい子供の様な、キラキラした瞳。
ヒィは『ありがとな』と言いながら、優しく頭を撫でてやる。
ニコニコした表情で、ヒィの心遣いを受け入れるリディ。
傍から見ると、仲の良い兄妹と間違えるだろうか?
それとも面倒見の良い親と、素直な優しい子供に見えるのだろうか?
こうして、モンスーコの小屋に泊めて貰える事となった一行。
しかし、何か重要な事を忘れていないだろうか?
そう、モンスーコの小屋は【木の枝の上に建っている】のだ。
ユキマリはともかく、ヒィとサフィは。
どうやって、そこまで上がるのか?
そもそも、こんな大人数が泊まれる程。
小屋は大きいのだろうか?