頼み事は達成したけど
ゲートの中に見える風景。
爽やかな風に、そよそよと芝生が揺れている。
だだっ広い草原。
その中で、昼間並みの明るさに照らされ。
他のエリアに繋がっていそうな感じを醸し出している、それ等は。
朽ち果てそうだったり、誰にも使われず手垢1つ無かったり。
姿形が様々な、ゲートと見られる構造物。
パッと見でも、かなりの数。
それだけこの世界のコミュが、バラエティに富んでいると言う事だろう。
その光景を、愛しそうに見つめるサフィ。
何だ、そんな顔も出来るじゃないか。
そう思うヒィの心境は、いささか複雑だった。
サフィに言われるまま、ヒィはゲートに向け右手のひらを翳し。
『閉じろ!』と命ずる。
すると、今度は両側から元の黒金属板がせり出して来て。
ゆっくりと動き、そっと閉じた。
漏れ出る光も無く、煌々と照らされていた辺りも少し薄暗くなる。
元々地下空間は、特殊な鉱石によって青白く照らされている状態なので。
昼夜が存在すると言っても、流石に光量は地上に劣る。
その状態へ戻っただけの事。
ヒィの左肩に右手を乗せ、うんうん頷くサフィ。
「初めてにしては上出来ね。まあ、これ位は軽く熟して貰わないと困るけど。」
「えー、まだ続くのかよ……。」
「当たり前でしょ?こんなの、序盤の序盤よ。」
困惑するヒィ、楽しそうなサフィ。
あーあ、平穏な生活が……。
残念がるヒィに、サフィが言う。
「それなりの見返りも有るから。期待してくれて良いわよ。」
「いや、そんなの要らないから。」
渋い顔で、ヒィはそう返すが。
サフィが続ける。
「断っても、無理やり押し付けちゃうもんねー。覚悟なさい!」
「だから、それより穏やかな生活をだな……。」
あ、これ以上言っても無駄だ。
サフィが嬉しさの余り、バレリーナの様にクルクル踊り出したのを見て。
ヒィは悟る。
でも、諦めてはいない。
絶対に、ゆったりとした暮らしを手に入れてやる。
その為には、こいつを何とかしないと……。
サフィをどうやって大人しくさせるか。
困難さを身に感じながらも、そう決意を新たにするヒィだった。
『先に帰ってるから』と、サフィはドワーフ達の雑踏の中へと消えた。
置き去りにされるヒィ。
サフィの話では、『ゲートの位置を変えるのは、神以外では無理』だそうだ。
ソイレンの町に固定され、このままらしい。
一体何故、今この時に突然現れたのか?
『時が来たから』としか、サフィはモンジェに話さなかった。
モンジェを初めとするドワーフ達は、新たな異物と共に生活する事となる。
幸いにも、頼み事はこれにて無事達成。
何せ、ドワーフ達の生活は。
変容など生まれず、これまで通りなのだから。
「世話になったのう。」
ガシッとヒィの両手を握るモンジェ。
『こちらこそ』と、自分の存在を快く受け入れてくれた事に感謝するヒィ。
ヒィは、ドワーフ達の正式な客人と相成った。
『何時でも歓迎するぞよ』と、すれ違う度に声を掛けられ。
情の有り難さに目を潤ませながら、ヒィはソイレンを離れ。
フキの町へと帰還して行った。
ナンベエは腰を抜かしたまま、暫く動けそうに無かったので。
帰りはモンジェのお付き2人が、穴を開けてくれた。
来る時と違ったのは。
広場では無く屋敷の敷地内へと通じる様に、穴の先が開けられた事。
折角閉じたのにまた開いてしまっては、町の人達が困惑するだろう。
そう考えての事。
『では』と、ヒィを送り届けると。
お付き2人は、さっさと帰って行った。
〔なるべく他所のコミュには関わらない〕と言う不文律が、彼等には有るのだろう。
しかし引き上げる2人の顔は、笑顔だった。
こちらも笑顔で手を振って見送り、穴が閉じるのを見届けると。
ヒィは辺りを見渡す。
そこは。
町長が保有する、あの空き屋敷の中庭。
15メートル四方と、広くも無く狭くも無く。
ただ、何も植えられていない。
借り手が何時現れても良い様に、綺麗に手入れがされている。
草1本生えていない。
何か、野菜の様な物でも栽培しようか。
そう考えながらヒィは、屋敷の中へと入る。
敷き詰められた木板の床が、ミシミシと音を立てそう。
少しばかり反り返っている。
そう言えば、中をじっくり見て回る暇が無かったな……。
正式にここを借りるとなると、事態の報告も兼ねて町長の所へも行かないと。
何よりも、叔父さんが心配してるだろうし。
穴に突き落とされた所を、間近で見ていた筈。
早く安心させてあげたい。
気もそぞろに、屋敷の中を歩くヒィ。
中庭に沿って廊下が有り、外側に部屋が幾つか有る。
風呂や台所、トイレも有るのを確認した。
しかし、『先に帰る』と言ったあの少女は。
何処にも見当たらない。
何だ、寄り道でもしているのか?
それともあれは、俺を困らせようと付いた嘘なのか?
まあ良い、気にしないでおこう。
そう考え、屋敷内を一周した後。
玄関へと辿り着く。
外へと開く、木製の扉を。
そっと開けた。
そこには。
「おっそーい!何回、同じ事を言わせんのよ!」
「お、お前……!」
初めて会った時とは逆に、玄関から門までの途中に。
椅子を置いて座っているサフィ。
脚を組んでふんぞり返っているのは、変わらず。
しかし1つだけ、決定的に違う事が。
サフィの後ろに、謎の影。
それは、ひょっこりと姿を現し。
「あ、兄貴ーーーーっ!」
ダッシュで突っ込んで来ると、ヒィの腰に抱き付く。
ナンベエを一回り小さくした様な、その姿。
赤緑チェック柄の長袖長ズボン、こげ茶色のチョッキ。
そして白いボンボンを先に付けた、緑色のとんがり帽子。
丸っこい靴は泥だらけ、でも服や帽子には目立った汚れが付いていない。
抱き付いても嫌がられない様、気遣っての事だろう。
すりすりと顔を擦り付けて来るので、何が何だか。
説明を求める様に、サフィを睨むヒィ。
『へいへい』と言った顔で、サフィが話す。
「この子、大したもんよ。いつの間にか、あたしの服に掴まっていたのよ。」
「だって、それしか考えられなかったんだ……。」
堪能したのか、漸く離れるそれは。
ヒィから一歩下がり、正座して。
自己紹介をしながら、深々と平伏す。
「オラは【ジーノ】。見ての通り、ドワーフさ。お願いだ!オラを傍に置いてくれぃ!」