俺は、招かれざる者なのか……?
島に来てから、はや6日。
その日も黙々と歩く、ヒィ達。
ファルはこの旅路を、かったるく感じ始めている。
それもそうだ、普段ならとっくに町へ着いて居る頃。
人間とは、面倒な生き物なんだな。
そう思うファルだが、一方では。
文句1つ言わず歩き続けるヒィへ、畏怖の念も覚えていた。
遠くに見えていた森林が、かなり大きくなって来ている。
これで〔ユミン〕までの道のりの3分の2を、走破した事になる。
森林の手前には、エルフの休憩所が有る。
この辺りで良く狩りをしているのだろう、設備は万端。
あのボロっちい小屋とは大違い、しっかりとした施設。
風呂有りベッド有り、しかも3階建て。
木造でこの高さは、大した物。
感心するヒィ、『ふーん』と軽く流すユキマリ。
地上の建物の方が、もっとしっかりしてるわ。
ユキマリはそう考えていたが、大切な事を忘れていた。
そう、ここは空飛ぶ土地。
物資が限られているのだ。
〔銀の切り株〕の周りに敷かれていた、石畳や白レンガは。
地上とここを行き来出来る様になって漸く、地上から運び込まれた物。
ここに元から在った物を活用したのでは無い。
その事実を失念していた。
如何に、限られた木材で高層建築を成し遂げるか。
その難しさを、ヒィは分かっていた。
だから素直に『凄い』と思ったのだ。
休憩所に入る前、ヒィからその点を指摘され。
やっと実感するユキマリ。
そして、自分の知識内で物事を図っていた事を。
つくづく、反省するのだった。
「な、何だっ!」
「に、人間!」
「どうしてここへ……!」
エルフの先客が居たらしい、皆ヒィを見て驚く。
初対面時のファルの様に、警戒心を露わにする。
そこを再び、スニーとクロレが割って入る。
エルフと出会う度に、これを繰り返すのか……。
もどかしい気持ちに成るヒィ。
それと同時に。
どれだけエルフ達の心に、深い傷を負わせているんだ!
エルフと人間の中を裂く様な真似をした連中に、心の底から腹を立てていた。
誤解が解けたらしい、警戒心を解いてくれるエルフ達。
しかし、全ては受け入れ難いのか。
一行がここに泊まっている間、ヒィの方へ近付こうとはしなかった。
休憩所には、食料も有る。
但し、ヒィだけは。
他のエルフから牽制されている為、独りぼっちで食事を取る。
『一緒に食べようか?』と、ユキマリは言ってくれたが。
人間に対し、馴れ馴れしい態度を取っているのを見られ。
『あいつも怪しい』と、ユキマリさえも敬遠されかねない。
ヒィはそう心配し、丁重に断った。
サフィと言えば、町に近付いて来たせいか。
疲労感が酷くなっている様だ。
リディと一緒に風呂に入ると、さっさと床に就いてしまった。
ヒィから遠ざかっているユキマリは、スニー達と話をしている。
『エルフとの繋がりを、今の内に作って置こう』と言う算段だろう。
武闘会の時に交流を深めた、エルフの精鋭部隊の中に。
ユミンの民は含まれていない。
事前に作ったコネクションは、ここでは役立たず。
折角付いて来たのに、無能扱いされては堪らない。
きっと後々、役に立つ筈。
ユキマリも獣人の端くれ、人間に後れを取りたく無い。
そんなプライドが、心の片隅に有ったのかも知れない。
エルフ達と話をしながら、ユキマリはふと思う。
見掛けはサフィも、人間と同じ。
なのに休憩所のエルフ達には、人間と認識されていない。
どうしてだろう?
ヒィとサフィに大した違いを感じていないユキマリには、そこが不思議だった。
精霊的な何かが関係してるのかな?
いいや、それなら。
ヒィの剣に宿っている火の精霊に対して、何かしら反応を示す筈。
うーん、分かんないなあ……。
考えれば考える程、複雑になって行く。
でもここでエルフ達に尋ねても、答えは返って来なさそう。
だから、心で思うだけ。
表情に出さず、明るく振る舞うユキマリ。
喋り疲れたのか、気を張り過ぎたのか。
ユキマリもいつの間にか、眠ってしまっていた。
その身を気遣い、寝室まで運び毛布を掛けてやるスニー。
エルフ達もまた、寝床へ入り。
その日は、こうして終わった。
何時間か寝た後。
起きて朝食を取る、ヒィ達。
先客として泊まっていたエルフ達は、既に居なかった。
狩りに出かけたか、町へ戻ったか。
とにかく、ヒィ達以外は誰も居ない。
昨日素っ気ない態度を取ってしまったお詫びなのか、彼等が作り置いてくれた食事の内。
ヒィの分は他の者と比べ、少しだけ量が多かった。
それを有り難く頂戴している、と言う訳だ。
彼等の複雑な心境を、ヒィも感じ取る。
人間によってこんな現状へ追い遣られたと言うのに、それを解決してくれるのもまた人間。
どう接していいか分からない、と言った所か。
早く何とかしたいと思いながらも、長の意向を汲まない訳にも行かない。
何が正解なのか、正直ヒィにも分からなかった。
ユミンの民が望む事、長が望む事。
ズレているかも知れないし、一致しているかも知れない。
ともかく、早く町へ辿り着いて。
話を聞かないと。
そう考えるヒィの、口に食事を運ぶ手は。
無意識に早くなるのだった。
食事も終わり、休憩所を出るヒィ達。
目の前に広がる、青々と茂った森林地帯に圧倒される。
中から、色々な種類の鳴き声が聞こえる。
鳥の様な、獣の様な。
そしてそれを追っているであろう、エルフ達の声も。
ヒィやユキマリの方へ向き直り、スニーが話す。
「ここからは、猛獣が襲って来る事も考えられます。ご注意を。」
「心得ました。」
ヒィがそう返事すると。
キリッとした顔付きになり、スニーは先頭を歩き出す。
その後ろにファル、リディを背負ったサフィ。
ヒィとユキマリが続き、殿はクロレ。
この森は、通り抜ける為に半日は掛かると言う。
それも、エルフ基準で。
と言う事は、下から歩いて行くと。
どうしても、森の中で1泊しなければならなくなる。
『その辺りは、心配ご無用』と、クロレに言われたものの。
ユキマリは気になって仕方が無い。
それでも一行は、森の中へ入って行く。
そこは意外にも。
前に通り抜けた森とは、ガラリと様相が変わっていた。
しっかりとした足取りで歩いて行く一行。
道を形成している地面にぬかるみは無く、固くて歩き易い。
相変わらずそれ自体は細いが、道として機能はしている様だ。
周りには、種類の豊富な木々。
様々な形の葉を、競う様に茂らせ重ね合わせてている。
なので木漏れ日も多く、風もそよぎ。
それで湿気も少ないのだろう。
木の根っこ辺りには、小さな草が見える。
草原に生えていた物とは、また別物らしい。
『不思議な組み合わせだな』と、ヒィは思う。
何より。
ここまで起伏に富んだ生態系を保持している大きさなのに、ずっと浮かび続ける土地の不思議さに。
〔脅威〕と認めざるを得ない。
【何が】そこまでさせるのか、ヒィは知りたくなった。
執念なのか、それとも信念なのか。
『キイーッ!』『ウケーッ!』と、奇声が飛び交う中。
時には大きく曲がり、時には遠くを見据えて直進しながら。
森の中を進むのだった。
キラキラと、漏れ入って来る光が葉っぱに反射し。
荘厳な雰囲気を作り出している森林。
進む事数時間、最早ヒィにはどの方向に進んでいるか把握出来無い。
エルフ達が頼り、その先頭を行くスニーの表情が変わる。
少し緩んだかと思うと、一層引き締まる。
そして、やや遠くの太い幹を指差して。
後続を歩くサフィに言う。
「あそこで宿を借りましょう。」
直径1メートル以上は有ろうかと思われる、太い幹に。
太い枝を上空に張り巡らせている、少し変わった木。
枝と枝の間に、何かが見える。
あれは……小屋?
ユキマリが気付く。
人間のヒィには、遠い事に加え。
手前の枝が邪魔をして、中々見つけられない。
エルフは目も良いので、直ぐに分かるのだが。
獣人のユキマリでもギリギリ。
耳と脚が自慢のウサギ族なので、目はそれ程良く無いのだ。
人間よりは優れている程度、これは微ウサギ系・本ウサギ系関係無しの事柄。
焔鳥のリディは、既に小屋に居る者を感じている様だ。
『むにゃむにゃ』と、寝言みたいに訴え掛けている。
それに同調する様に、ファルがスニーに言う。
「〔彼〕は、快く貸してくれるでしょうか……。」
「難しいかもしれないが、彼女達の為にも頼むしか無かろう。」
サフィとリディの方を見やり、スニーは言う。
2人の会話が気になり、ヒィがスニーへ尋ねる。
「何か、問題でも?」
「はい、実は。あの小屋の所有者は、少々偏屈者でして。」
「偏屈、ですか?」
「〔変わり者〕と言うか、〔へそ曲がり〕と言うか。とにかく、気難しいのです。」
「他に休める所は無いのですか?」
「何人かが度々、小屋を作ろうとしたのですが。悉く邪魔をされ、断念しました。どうやらこの辺りを縄張りにして、『自分が主だ』と誇示している様なのです。」
「ここの方々も、大変なのですね。」
スニーとのやり取りでヒィは、エルフに対して少し親近感を覚えた。
人間に近い部分も有るんだな。
きちんと話せば、分かり合えるかも。
そう、期待を持った傍から。
小屋の方からダッシュして来る者が。
勢い良くジャンプし、何かを振り下ろす。
それはスニーを狙った攻撃らしく、彼女は何とか回避。
『ガンッ!』と、地面を叩く大きな音がし。
『ちっ』と舌打ちしたかと思うと、顔を上げ一行をキッと睨んで来る。
そして、一言。
「ここは俺の支配下だ!俺の許可無しに入るなど、断じて許さん!とっとと出て行け!」