不思議道具、不思議袋
ファルはエルフの中でも若い方で、見かけの年はヒィに近い。
それでも数十年は生きている。
ただ小さい頃から、老エルフの恨み節ばかり聞かされていたので。
〔人間=悪〕と言う構図が、頭の中で出来上がっていた。
だから、ヒィ達に襲い掛かったのだが。
それでは何故、スニーとクロレはヒィを受け入れたのか?
土地が分離する前から生きていた事も有る。
銀の切り株が発見されてから、視察の為地上に降りる事が多かったのも作用しているだろう。
しかしやはり、決定打となったのは。
背中に負っている〔不殺の剣〕と、そこから感じ取れる聖なる力。
【あれ】に近しい物と考えたのだ。
その所有者が、私達に仇なすとは思えない。
何せそれは自分の意思で、使い手を選ぶから。
彼の剣とあれを引き合わせば、事態を打開出来るかも知れない。
そんな淡い期待も有った。
エルフ達の選考理由を、ヒィは知らない。
知る必要は無い。
彼は選ばれし者だから。
少なくとも、サフィにとっては。
これまでは、薄暗い場所が在ったので。
十分な睡眠を取る事が出来た。
今回の休息は、大木の根元とは言え。
前回の物より葉っぱは生い茂っていない為、木陰が小さい。
浮遊しているこの土地は、ずっと明るく照らされている。
日が傾く事は無く、夜の様な暗闇も訪れない。
それが如何に厄介か、ヒィとユキマリは思い知る。
中々寝付けない。
反対にエルフ達は、この環境下で暮らして来たので。
寝つきが良い。
疲労感が有る、サフィとリディは。
気を失った様に、何時の間にか眠っている。
どうしようかと考えていた時、ヒィは思い出す。
そして荷物袋を探り、或る物を取り出すと。
目隠しする様に装着する。
ユキマリもそれを見て、自分の袋を探ると。
同様の物を発見。
ヒィの真似をして、顔に装着する。
これで目の前は真っ暗、漸く眠る事が出来る。
横になると、睡眠を取る2人。
袋に入っていたのは、アイマスクの一種。
まるでこんな事態を想定していたかの様に、ご丁寧に詰められていた。
袋には他にも、『何故こんな物が……』と思わせる幾つかが入っていたが。
これから必要となるのだろう、そう自分に納得させて。
ヒィとユキマリはそれ以上、気にしない事にした。
空中島に来てから、5日目。
ファルが加わり、団体旅行と化して来た一行。
大木を離れてからは、再び草原の中を。
こちらは、青々としていた通過済みの草原と違って。
やや枯れかかっているらしい。
茎や葉が薄茶色っぽい。
そしてこちらも、花を付けている物は見当たらない。
『流石におかしい』、そう思ったヒィは。
駄目元で、クロレに尋ねてみる。
「どうしてここに生えている草は、花を咲かせないのですか?」
「それは……。」
少し間を取った後、クロレは言う。
「【副作用】です。」
「えーっ、何それ。意味が分かんないんだけど。」
ユキマリは納得が行かない。
具体的に言ってよ、遠回しに言われても理解出来無いよー。
そう主張している。
ファルは『口の利き方に気を付けろ』と、ユキマリに抗議するが。
スニーがユキマリに答える。
「申し訳無い。しかし今私達が話せるのは、そこまでなのです。」
「察してくれ、って事だよ。」
「ヒィまで、そんな事言うの?酷ーいっ。」
ムスッとするユキマリ。
どうせもう直ぐ着くんだから、話してくれたって良いじゃない。
疑問を感じたら、はっきりさせたい性格のユキマリは。
プクーッと頬を膨らませて、黙ってしまう。
対してヒィは、クロレの言葉でおおよそを把握した。
それには。
『ここで話すと、聞かれたく無いモノにも聞かれてしまう』と言う、エルフ側の裏事情も含まれていた。
薄茶色の風景の中を、歩いて行くと。
掘っ建て小屋の様な建物に辿り着いた。
簡素な造り、最近誰かが住んでいた気配も無い雰囲気。
ここもエルフが移動する際は、ただの通過点。
誰が何の為に建てたのかも、知らないらしい。
しかしこれだけは分かる、エルフによる建築物では無い。
何方かと言えば、人間のコミュで見られる物に近い。
一時的に風雨を凌げれば上等、そんな考えだったのだろう。
ギギギイッと扉を開けると、中はボロボロ。
床が抜けている所在り、壁に穴が開いている箇所も在り。
これでは、眠るのに使えないな……。
ファルはそう考え、小屋から出ようとする。
すると、ヒィとユキマリがまた袋の中を漁る。
紙の様な物を取り出すと、穴と言う穴に千切っては貼って行く。
糊も使わず、くっ付くそれは。
エルフにしてみれば、不思議なアイテム。
しかも、上に乗っても破れる事が無く。
丈夫な事この上なし。
私達が地上から離れている間に、どれだけ文明が発達したのか。
見当も付かない。
そう考え、マジマジと近くで観察し。
真似が出来ないか、考えるスニー。
クロレも加わって、解析に躍起になるが。
結局、分からずじまい。
モヤモヤを抱えたまま、エルフ達は就寝。
ヒィ達も、無駄な穴が塞がった事を確認して就寝。
全ては埋めない、換気用に。
カラカラとした空気の為、必要な措置。
この紙の様な物、実は真っ黒で大きな〔シールのマット〕。
エルフ達に解析出来ないのは当然、これはサフィが持たせた物だから。
製法や製作場所は秘密、ヒィとユキマリはサフィの指示で作業したまで。
ヒィ達も、これが何か分かっていなかった。
『気にしない』と決めたので、ここでは追求しないだけ。
この旅が終わったら、纏めて聞いてやろう。
ユキマリには、そう考えている節が有るが。
翌朝?。
ボロい小屋を後にする、ヒィ達。
貼り付けたシールは、そのままにしておく。
また誰かが使える様に。
心なしか軽くなる荷物、元々そんなに重く無かったが。
綺麗好きのサフィは、スニーが洗浄してくれるとは言え。
何着もの衣服を、袋に詰めていた。
キラキラに輝く外見、赤と緑で構成されたチェック柄。
リュックサック型のサフィの袋は、セージとの旅に持参した物と同じ。
旅では目立つのに、愛用品なのか。
それとも、何か特殊な機能を備えているのか。
ヒィとユキマリの荷物袋も、いつものとは感触が違う。
見掛けは普段使用している物と同じ、でも詰められる量が物凄い。
それでいて、担いでも余り重量感を感じない。
大きさは背中を覆う程度なのに、だ。
不思議な袋だ、そう思わざるを得ない。
この便利袋、何か名前を付けたいなあ。
何と無くそう思ったユキマリは、前を歩くサフィに尋ねる。
「この袋ってさあ、元々私の所有物よね?」
「そうよ。今回の旅に合わせて、改良してあるけど。」
「じゃあ。自由に呼んでも、私の勝手よね?」
「好きにすれば?」
意味の有る行動とは思えないけど。
サフィはそう思いながら、背中のリディを気遣ってそれ以上は言わない。
ウキウキのユキマリは、『何て名前にしようかなー、どうしよっかなー』と嬉しそう。
隣りでその様子を見ているヒィは、何処と無く呆れ顔。
よーし、決めたっ!
担いでいる袋を前に持って来ると、ユキマリが命名する。
「不思議な袋よ、あなたは今日から〔マリル〕と呼ぶわ!良いわね!」
すると、袋の中から。
「否。我、【ネプテス】なり。」
「しゃ、喋ったーーー!」
驚いて、袋を落としそうになるユキマリ。
ヒィの背中に担がれている袋も、声を上げる。
「我、ネプテス。然るお方より、この中を預かりし者。」
「ネプテスはねー、空間を司る魔物の一種なの。ギブ&テイクで、その中に住んで貰ってるのよ。」
仕方無く、サフィが補足説明する。
『然り、然り』と、袋達は同調する。
サフィが、もう一言付け加える。
「安心して。物体そのものに興味は無いから。下着なんかも弄らないわよ。」
「余計な情報、どうも!」
少し怒っているユキマリ。
改良って、これ?
ちょっと、酷くない?
相談も無しに、この仕打ちは……。
プンスカ感情を表に出しているユキマリへ向け、サフィの背中から。
リディがボソッと呟く。
「お姉ちゃんは『オッケー』って言ってたよ。むにゃむにゃ……。」
ドキッとするユキマリ。
リディが呟いた事もそうだけど、まさかサフィに同意するなんて。
疑問が疑問を呼び、頭がごちゃごちゃになる。
その一方で、サフィもドキッとしていた。
まだよ、まだ!
ネタ晴らしは、もっと後!
そう、心の中で叫んでいた。
その焦りの色に、うっすらとヒィは気付いていたが。
サフィの事を思って、敢えて見逃すのだった。