サフィ、珍しく足取り重し
スニーの話によると。
銀の切り株が地中から発見されたのは、ほんの数か月前の事らしい。
それは皮肉にも、〔ヒィがフロウズから離れた時期〕と重なる。
これは果たして、偶然だろうか?
草原の中の小道を歩く一行。
さわさわと、爽やかな風に揺れる草々。
眩しいとまでは言わないが、辺りは明るく。
遠くまで見渡せる程。
さっきまで濃い霧に覆われていたとは思えない。
道中、或る程度日数が有るので。
この土地に付いて、エルフ達に幾つか質問するヒィ。
疑問に対して、エルフ達は丁寧に答えてくれた。
その内容は、以下に。
1.生態系は?
土地が分離する前後で、変わっていない。
暮らす動植物も、ずっと同じ。
その中で、やはり同種間の混血が進み。
多様性はやや減っているとか。
2.水は?
エルフは水属性。
厳密に言うと、【雲や霧に近い水】属性だ。
空気中に含まれる水分を集め、雨として降らせ。
それによって補給しているらしい。
彼女達が加護を受けている精霊は【ホグミス】と言い、水の精霊のランクでは真ん中だとか。
つまり、火の精霊で言う〔ウルカ〕と同じ地位にある。
中々の力を持っているので、行使出来る範囲も広い。
そうやって、飲み水等を確保しているそうだ。
3.大気は?
この土地を中心にして、球状に包み込む分に関しては。
その中で循環しているらしい。
しかし必ずしも、その中で完結している訳では無く。
時折、外部の空気と混ざり合っている。
だから大気中の水分が無くならず、気温も大きな変化は無い。
穏やかな気候が形成されているそうだ。
4.この土地は崩れないのか?
何故か、不思議な力で守られているらしい。
漂っていた頃も、土地が欠ける事は無かったそうだ。
ひょっとすると、銀の切り株が関係しているかも知れない。
エルフの中には、そう考えている者も居るとの事。
5.そもそも何故、土地は分離した?
この質問だけは、エルフ達も答えてくれなかった。
ただ一言だけ、『長のお許しが無いと話せません』と。
そこに、少しだけ。
エルフの闇を感じる、ヒィだった。
ヒィはかなり急いで、歩いているつもりだった。
周りが自分にペースを合わせてくれている、なら自分が頑張らないと。
健気なヒィを応援する様に、髪の中に潜り込んだリディが『ピーッ、ピーッ』と鳴いている。
ユキマリはウサギ族、ジャンプ力はかなりの物。
エルフ達にペースを合わせる事は簡単、でも敢えてヒィの隣を歩いている。
それが、望んでいた形だから。
案内役のスニーとクロレは、『長の下へ早く届けたい』との思いから。
ヒィに合わせながらも、若干早足になる。
それぞれ理由は異なるが、急ぎたいのは一緒。
しかし、それを妨げる者が。
それは、当然……。
「急いでも変わらないって。ゆっくり行こ?ねっ?」
脚の動きが鈍い、サフィ。
周りをきょろきょろ見渡しながら、休める所を探している。
今回は、体力の消耗が早い様だ。
何故そうなのか、サフィは一切話さないが。
周りに迷惑を掛けている様に見えたので、思わずヒィが呟く。
「だったら瞬間移動とやらで、目的地まで飛ばしてくれよ……。」
「出来るんなら、とっくにやってるわよ。あたしにも事情が有るっての。」
「どんな事情だ?」
「それは……。」
チラッと、エルフ達の方を見る。
黙って首を横に振る、彼女達。
どうやら、この土地の性質に関係しているらしい。
先程の質問に答えられなかった部分にも、関係しているのだろう。
だからヒィは、サフィへ言う。
「分かったよ。これ以上は聞かない。けど、お前ももう少し頑張れよ。」
「りょーかいっ!」
敬礼の様に、右手を曲げ指先をおでこに付けるサフィ。
しかしその頬をツツーッと伝う、冷や汗に近い物を。
ヒィとユキマリは見逃していた。
「もう、駄目ーっ。」
前のめりに、ドサッと倒れ込むサフィ。
周りを包む草の香りを、一杯吸い込み。
深呼吸をする感じで、『ハアーッ、ハアーッ』と。
ここまで弱っているサフィは、見た事が無い。
仕方無い、助けてやるか。
早く町に着きたいしな。
そう考え、ヒィは背中から剣を抜き。
剣先をサフィの方へ構え、緑色の炎を出そうとする。
しかし、炎は出ない。
何度出そうとしても、気配すら無い。
どうして?
ヒィはサラへ話し掛けるが、沈黙を保ったまま。
訳が分からない事態に、ヒィは困惑。
ユキマリはサフィに同情し、左隣に座り込んで背中を擦っている。
どうしたら……?
考えるヒィ。
そこへ突然、ヒィの頭から。
肩へ、そして地面へ。
ピョンと飛び降り、『ポンッ』と言う音と共に薄煙が。
その中から姿を現す、リディ。
右手に剣を持ったまま考え込んでいるヒィへ向かって、リディが話し掛ける。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「あ、ああ。ごめんな。」
左手でリディの頭を優しく撫でる、ヒィ。
さわさわと揺れる赤い髪の毛、その下に在る表情は悲しそう。
それを見てヒィは、リディの心中を和らげようとしたのだ。
『えへへ』と笑うリディ、剣を背中に仕舞うヒィ。
リディは決めた様だ、ヒィに或る事を提案する。
「うちが、お姉ちゃんの背中に乗るよ。」
「えっ?」
驚くヒィ。
ジーノやアーシェとは仲良くなったみたいだが、サフィと話している所は見た事が無い。
お互い、敢えて避けているのか?
そう思う時も有った。
今は、そこに拘っている場合では無い。
幼心に、そう思ったのだろう。
うつ伏せになりながら、サフィが言葉を漏らす。
「悪いわね、世話を掛けて。」
「良いよ、お兄ちゃんの為だもん。」
「〔ヒィの為〕、かあ。そう言う事にしといて。その方が、あたしも気が楽だから。」
「うん。」
珍しく優しい口調で、リディと話すサフィ。
やはり、接触を遠慮していた様だ。
『うんしょ』と、サフィの背中に跨ると。
しっかとしがみ付くリディ。
そしてリディの身体は、パアアッと明るい光を放ち。
眩しさが落ち着いた頃には、微弱な光でキラキラしている髪。
そのままリディは、『スヤァ』と眠っている。
逆にサフィは元気を取り戻し、ゆっくりと起き上がる。
そしてヒィ達に言う。
「心配を掛けたわね。ねえ、宿泊予定地までどの位?」
「ええと、あの辺ですが……。」
サフィの質問に、遠くに見える1本の大木を指差すクロレ。
遠近感を狂わせる程かなり大きいらしく、ここからはまだ2時間程掛かるらしい。
『急いで行きましょ、この子の為に』と、背中のリディをチラッと見ながら。
しっかりとした足取りで歩き出すサフィ。
サフィの荷物は、代わりにクロレが担ぐ。
ぐっすりと眠るリディを見ながら、ヒィはサフィに言う。
真剣な眼差しと強い口調を、サフィに向けながら。
「後で事情を説明しろよ?でないと納得出来んからな。」
「分かってるわよ。この子の好意を、無駄にする訳には行かないもの。」
サフィも、キリッとした顔になっている。
前を歩いている2人と、負ぶられている1人を見て。
何とも言えない気持ちに成る、ユキマリだった。