宙に浮かぶ島での旅、その始まり
「ここは……。」
ボーッとしか見えない、視線の先。
ヒィが跳んだ先は、濃い霧の中。
宙を落ちる感覚、咄嗟にしゃがみの構えで難を逃れる。
左膝を地面に付けた格好で、ヒィはエルフの暮らす土地へと降り立った。
右側に視線を向けると、エルフ達の言っていた通り。
銀色に輝く木の切り株が鎮座している。
それがキラッと光ったので、直ぐ様その場を離れる。
正解だった様だ、宙にユキマリが現れた。
微ウサギ系とは言え、やはりウサギ族。
身体能力はかなりの物で、瞬時に体勢を立て直し。
難無く着地。
その後少しして、エルフ達2人も現れる。
何度も行き来して慣れているのか、体勢を崩す事はしなかった。
ユキマリは早速、文句を垂れる。
「何にも見えないよー。これじゃあ、何にも分かんないじゃない。」
地理的関係性を、はっきりさせたいらしい。
浮かんでいる土地はどの位の大きさで、ここはその中の何処に当たるのか。
そして〔長の居ると言う場所〕までは、どの位距離が有るのか。
それによって、旅の長さが変わるからだ。
その辺の意思表示は、明確にしている。
旅に出る以上、何かを得たい。
短過ぎると何も得られないし、逆に長過ぎると得たモノを失う可能性が有る。
辺りをきょろきょろ見渡し、頭の天辺から突き出たウサギの耳をピコピコ動かして。
周りの状況を探ろうとする。
その間エルフ達は、じっとしている。
まるで『霧がもうすぐ晴れる』と、確信しているかの様に。
エルフ達の様子を見て、ヒィは落ち着く。
彼女達の暮らす場所なのだ、狼狽えていないなら安全だろう。
ヒィの考えた通り、霧がスーッと晴れて来た。
その中で、ユキマリは聞いた。
『ぎゃあああぁぁぁっ!』と言う悲鳴を。
大声を上げた、主は……。
霧が完全に晴れると、辺りの景色の荘厳さに感心するヒィ。
すり鉢状に抉られた地面、その中央に銀の切り株が有る。
掘り起こしたのは良いが、掘り出すまでは出来なかったらしい。
場所を移せないので、地下に埋設したままの深さ。
『ならば』と逆に、切り株周りの整備を行ったらしい。
切り株を中心にして、半径20メートルを平らに削り。
そこに石畳を綺麗に敷き詰め、緩やかに上方へ湾曲している地面は階段状に。
白レンガを並べ、鮮やかさを演出している。
5段位は有るだろうか。その真ん中辺りに。
ユキマリが聞いた悲鳴の主が、倒れ込んでいた。
『いたたたた……』と言いながら、身体中を擦って。
異常が無い事を確認した後、大声で更に叫ぶ。
「責任者!出て来ーーーいっ!」
ムキーッ!
両手を高く突き上げ、『怒ってるんだぞー』と主張する。
その残念な振る舞いを見かねて、ヒィが駆け寄り。
宥めようとする。
「どうせ、何かやらかしたんじゃないのか?俺達は、普通に跳んで来れたぞ?」
「何にもしてないわよ!なーんにも!」
プンスカ怒っている、サフィ。
怒りが収まらない様だ。
エルフ達を呼び付け、『どうなってんのよ!』と息巻くが。
『ガシッと全身で抱き付いたからでは……』と言われ、言葉に詰まる。
エルフ達は続ける。
「触れるだけで良いのですよ。」
「接触面が多過ぎて、異常を来したのでは?」
「何よ!あたしが悪いっての!許せなーいっ!」
助言したエルフ達を、ポカスカ叩こうとするので。
ヒィは堪らず、サフィの脳天を。
ゴツーン!
「痛あ……。」
ウルッと涙目になるサフィ。
ヒィから『お前が悪い』と、強い口調で責められるので。
シュンとなる。
『まあまあ』と言いながら、ユキマリが割り込む。
そして、ヒィに声を掛ける。
「取り敢えず、落ち着きましょ。ねっ。」
「そ、そうだな。いつものノリで、つい……。」
いつもこうなのか、この人は。
サフィを見ながらそう思ってしまう、エルフ達。
と同時に、ヒィの気苦労を察する。
ならば私達は、なるべく負担を掛けない様にしよう。
ボソボソと話し合い、エルフ達は告げる。
扇を描く様に両手を広げ、歓迎の意思を表しながら。
「「ようこそ!私達のコミュ、【アチェリン】へ!」」
エルフ達の説明の間、ずっとサフィは拗ねていた。
彼女達が言うには、ここは分離した土地の端っこで。
長の居る町【ユミン】は、浮遊島の真反対に位置するらしい。
距離はそれ程離れていない、辿り着くまで3日掛かるとの事。
しかしエルフは跳躍力が高いので、ピョンピョン跳ねて行く。
その脚で3日と言う事は、人間換算だとどれ程か……。
『大体3倍よ』と、サフィがボソリ。
聞いたヒィの困惑顔が、見たくなったのだろう。
自分だけ酷い目に会うなんて、割に合わない。
あんたも巻き込んであげるわ。
傍迷惑な、サフィの意地悪思考。
でもヒィは、動じない。
3×3=9日なら、これまでに比べたら対した事は無い。
フキに定住してからの旅が、快適過ぎたのだ。
サフィはその時忘れていた、ヒィは流浪の民出身だった事を。
大勢で移動はしていたが、大変な目に度々遭って来たのだ。
忍耐強さは、並大抵では無い。
サフィに対して軽々しく怒ったり出来るのは、平穏な生活を手に入れたから。
辛抱強さを失ったからでは無い、寧ろ喜ばしい事なのだ。
その辺りの事情をどれ位、当人が自覚しているかは。
他人には知る由も無いが。
とにかく、移動はヒィの脚に合わせる事となった一行。
ここからは、エルフ達2人が案内人を務める。
地上で長々と、転移装置に付いて語ってくれたのは。
頭に深緑のチロリアンハットを被っている、【スニー】。
もう1人、焦げ茶色のベレー帽を被っているのが【クロレ】。
例えるなら。
スニーは〔アルプス山脈の民族衣装〕、クロレは〔すまし顔の画家〕を。
それぞれ装った〔狩人〕、と言った所か。
顔が良く似ているので、帽子で区別した方が分かり易い。
もう1つ、違いが有るとすれば。
スニーは耳が上方へ尖り、クロレは下方へ尖っている事か。
声質も背格好も良く似ているのは。
ここに暮らすエルフ達が、〔同じ血族〕だかららしい。
土地が分離し、漂い始めてから。
再び別のエルフコミュと、交流出来る様になるまで。
長い年月を要した。
その間、互いに親戚同士となってしまい。
ユミンは半ば、単一家族の町と化してしまった。
この辺の事情も、『元に戻りたい』と言う動機に繋がっているのかも知れない。
因みに町は、ユミンしか無い。
後は、単独行動を好み。
町から離れ、一軒家で暮らしている変わり者。
その家が、ポツポツと建っている位。
そこに寄るのも良し、スルーして真っ直ぐユミンを目指すのも良し。
これから掛かるであろう9日間の、旅の事情にも依るだろう。
銀の切り株が在る、石畳の広場。
そこから、白レンガで出来た〔幅50センチ程×高さ20センチ程〕の階段を昇る。
上がった先に見えた景色は、フサフサとした草原。
遠くに森らしき物が見える、その方に向かって。
案内人役のスニーとクロレは歩き出す。
エルフ達に続く、ヒィ達3人。
ドキドキワクワクしながら、一行は進み出すのだった。