飛ぶ、そして、開く
ヒィとサフィ、そしてナンベエが向かった先は。
〔ソイレン〕の町へと、ヒィが足を踏み出した場所から。
中央を挟んで、真反対だった。
スッスッと、先頭のナンベエが道を曲がる。
それに続き、2人も移動の向きを変える。
町中は、網目の様に細い道が行き交っていた。
しかし幸いにも、全て直角に交わっていたので。
人間でも通りにくくは無かった。
ただやはり、住民の関心の高さか。
目的地へと近付くにつれ、見物のドワーフ達が増えて行く。
その人混みの中を通過する事になるので、必然と足が鈍る。
『退いた退いた!』と。
ナンベエが両手で掻き分けながら、2人を案内するが。
窮屈極まりない。
どさくさに紛れて、サフィの胸や尻を触ろうとする輩も居た事だろう。
それに構っている余裕が無い位、前へ進むのが困難となって来る。
どうする?
ヒィは考える。
脅すか?
頼み込むか?
どちらにせよ、ドワーフ達も身動きが取れないだろう。
無理な話だ。
地面を掘って、地中を進むか?
それも無茶だ。
万策尽きるヒィは、空しく肩を落とす。
『むふーっ!』と言った顔で興奮しているサフィへ、仕方無く。
こう働きかける。
「これだけ込み合ってるんじゃあ、辿り着きようが無いぞ。日を改めて、また来よう……。」
それを言い終わるかどうかのタイミングで。
何故か、ゴミゴミしているドワーフ達の頭頂部が。
段々と低くなって行く。
ドワーフ達の身長が縮んでいるのでは無く、自分の身体が浮き上がっている事に気付いたのは。
サフィの甲高い一声からだった。
「もう!切りが無いわ!飛んでくわよ!」
「と、飛ぶ!?」
驚きの声を上げるナンベエ。
彼の身体もまた、宙に浮いていた。
同じく浮き上がっているサフィが、ヒィとナンベエの首根っこを掴み。
ひゅるるるーーーっ!
弧を描く様に、宙を滑空して行く。
ナンベエの声に、天を見上げるドワーフ達。
金色の輝きを放ちながら、絶壁の方へと消えて行く3人を見て。
一斉に騒めき立った。
そしてここから先へと進めない事に、大層残念がった。
モンジェとお付き2人が、板の着地点へと辿り着いた頃。
空から3人が降って来た。
『ぎゃああああっ!』と、悲鳴を上げるナンベエ。
『うわあーーっ!』と叫びたいのを、必死に抑えるヒィ。
そして。
この行為が当然であるかの様に、『ふふん』と好い気になっているサフィ。
それぞれ対照的な態度の3人が、無事到着。
モンジェの目の前で、フワッと舞い降りる。
静かに着地した後、ペタリと座り込むナンベエ。
彼にとって〔宙を舞う〕とは、想像を絶した事だろう。
もう一歩も動けない。
それ位、脱力している。
彼の役目も、ここまで。
ブルブル震えているナンベエに対し、労いの言葉を掛けるモンジェ。
慰めになって無いかも知れないが、何もしないよりはましだろう。
そして、ヒィとサフィの方を向き直るモンジェ。
何とも不可思議な人間達よ。
彼等だから、【これを修繕出来た】のか……。
そう考え、言葉を投げ掛ける。
「儂等は、余りこれを歓迎せんのじゃが。」
「でしょうね。」
サフィが答える。
その間に、気持ちを落ち着けたヒィ。
改めて、土の絶壁を見る。
そこには、綺麗に埋まった先程の板。
斜めでは無く、ちゃんと地面と垂直になっている。
黒く鈍い光を放っているのは相変わらず。
ただ若干、模様の彫りの深さが鮮やかとなってる様に思える。
初めて見た時より、新しくなっている感じ。
気のせいだろうか?
違う。
確実に、板自身の時が巻き戻っている。
核心を問わねば。
ヒィの目線は、熱くサフィへと注がれる。
それを『自分の美貌がそうさせたのだ』と、前向きに勘違いするサフィ。
『仕方無いわねー』と呟いた後、サフィは話し始める。
「板の真ん中に触れて見なさい。軽くで良いわよ。」
「そうすると、どうなるんだ?」
「開くだけよ。」
「どんな風にだ?」
「それは触れてからのお楽しみ。ふふっ。」
不吉な笑い方。
気になりながらも、モンジェ達の前とあって。
渋々了承。
一辺が3メートル程の、正方形の板の前に立つヒィ。
手前に『バカッ!』と開くかも知れない、そう思って。
モンジェを初めとする見物客は皆、後ずさりする。
板から10メートル離れるのがやっと、それ以上は後ろがつかえている。
押すな押すなの賑わい。
変な期待は止しとくれよ……。
苦い顔をしながらも、何が起きても動じない覚悟を秘め。
ヒィはそっと左手で、板の中央に触れる。
すると。
ギラッ!
ピッカピカーーーーッ!
触れた先から、縦線に沿う様に。
再び虹色の光が漏れ出す。
そして真ん中から、2つに板が割れ。
スウッと左右に開いて行き、虹色に輝く面積が増えて行く。
横幅は変わらず、つまり左右の端で金属板が何処かへ消えている。
全開になった後、光が漸く収まって行く。
そこから見えた景色は。
「あれは……何処だ……?」
あちこちを旅して来たヒィでさえ。
見た事も無い景色が、中に広がっている。
『バッ!』とサフィの方を振り返るヒィ。
ニヤリとするサフィ。
恐る恐る、板の有った傍まで近付くモンジェ。
チラチラと覗き込み、うんうん頷くと。
サフィの方を見て、ゆっくりとした口調で尋ねる。
「あれが、【神々の住まう世界】なのかい?」
「ざっんねーん。そこへ行くには、あそこからもう1ステップ必要よ。」
右手を上に向け、人差し指を立ててクルクル回しながら。
軽い口調でサフィが答える。
ドワーフの長が発した単語。
〔神々〕。
そして自称〔女神〕の、偉そうな物言い。
そこから導き出される答えは……?
わなわな震えながら、ヒィがサフィに問う。
「行き来するのは、もしかして【神】なのか?」
「そうよ。何で?」
「何でって、そりゃあ……。」
あっけらかんと答えるサフィに、困惑するヒィ。
この世界の神と言えば。
【天上】とも【上の世界】とも称される、空高い区域に住まうと語られている。
彼等は、地上の種族を良い方向へ導く存在。
そう認識されている、自分達とは全く別次元のモノ。
直接姿を現す事は、殆ど無い。
仮に見せたとしても、それは『奇跡』として語られるのみ。
地上への移動手段が伝えられる事は無い。
それを、こうもあっさりと……。
ヒィは尚も、サフィへ尋ねる。
「お前も女神なんだろう?そんな事バラしても良いのか?」
「良いのよ。こんな風になるまでほったらかしにしている【あいつ等】が悪いんだもの。」
「お前も、同じ様な手段で来たって言うのか?」
「それは内緒。ふっふーん。」
『どう?信じる気になった?』と言わんばかりのドヤ顔。
サフィの得意気な態度とは対照的に、悩み続けているモンジェ。
「本物なのじゃな……困ったのう……。」
噂を聞き付けた、神々を良く思わない連中が。
大挙して押し寄せて来るかも知れない。
そう危惧しているのだ。
しかしサフィは、『心配要らない』と言う。
「〔あたしが認めた者〕以外は、ここを通れないから。」
「何故そう言い切れるんじゃ?」
まだ悩み顔を崩さないモンジェに、サフィは。
ヒィを指差しながら、ウィンクする。
「【開放】したのが〔こいつ〕だからよ。理由は、まあ……『ファンタジーな世界だから』って事にしておいて。取り敢えず、ねっ!」