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「ここに掛けて下さい」
哀が促すと三人は横一列に並びソファーに
腰を掛けた。
稀跡を真ん中にして二人が挟んでいる状態だ。風禰に至っては稀跡の腕を自分の腕でくるむ様に抱えているが、稀跡はそれを除けようとはしなかった。
座ったきり、優はピクリとも動かない。
魔女を前にして不安と緊張、恐怖に押しつぶされそうになり体を動かす余裕がまったくないのだろうか。
大理石の床、大理石のテーブル、大理石の壁と一面大理石の広間に普段の優ならば心を奪われ、鑑賞していただろうに。
哀も稀跡達の対面に腰を掛ける。
「それでお話というのは?」
「貴女が魔女だという情報を教会の人間から聞き出しました。まず〝証拠〟を見せて頂けませんか? それからお話します」
淡々と稀跡は話す。
教会から狙われている哀としては一人でも多く信頼のできる仲間が欲しい筈なのだ。その隙を突くのが稀跡の目論見だ。
「分かりました」
そっと後ろ髪をずらし、哀は自らの首筋を露わにする。そこにはこれ以上にない程の証拠、魔女の印がくっきりと刻まれていた。
優はそれを見た途端いきなり小さい悲鳴を上げる。
(あ……危ない)
密かに稀跡は安心する。
哀は何の反応を示すことも無く、髪を揺すり戻している辺りおそらく気づいていないのだろう。
「あ……貴女は一体何人の人を殺しましたか?」
声を絞り出すよう問いかけた優に思わず稀跡は手を伸ばしそうになるが、寸前の所で思い止まった。
怯えた態度は相手に勘ぐられる隙を与えてしまうが、それを止めるのはそれこそバラしてしまうようなものだからだ。
「フフ、その口ぶりからすると貴女はまだ人を殺した事が無いのね? 私も〝人〟は殺した事がないの」
歌う様に語る哀を前に優はただ呆然としていた。そんな優を差し置いて稀跡と風禰は何の反応も示さなかった。
稀跡はバレなかった事に安堵するのと同時に哀が言わんとしている事も大体察しが付いていたからだ。
「ただ、教会の奴等なら数え切れないほど殺したわ。
奴等は人間じゃない。私から言わせればアレの方がよっぽど狩られるべき存在だわ」
さらりと告白されたその事実に優の顔から血の気が引いていき、身震をしだす。
さらに優は質問を続けようとしたのか口を開きかけたが、稀跡の質問によってそれは遮られた。
「貴女は何故魔女に? 私はただ力を欲して悪魔と契約しました」
優の存在が稀跡の胸の内を苛む。
そんな稀跡の心を知ってか知らずか風禰はただ稀跡にくっつき口を閉ざしている。
「成る程、ありきたりな理由ね。けれど私は違うわ。
私の友人も魔女だったの。当然、教会からも狙われていたわ。力になろうにも奴等の途方も無い力と数を前に私はどうしようもなかった……それで魔女になったの。
でも間に合わなかったわ……契約した時にはもう殺された後だった。そして次は私を狙っている様だけれど……もう何人も殺してやったわ」
哀の話を聴く稀跡の顔は無表情だが、胸が鎖で締め付けられる様に唯々、苦しかった。稀跡もそんな状況に陥れば当然同じ選択をするだろうし、そんな悲哀な人生を歩んできた人物を一時でも葬ろうとしていた教会にも自分たちにも嫌気が差したのだ。
優云々は抜きにしてもやはり逃がすべきなのだ。それ以外に哀を救う道は無い。
不意に今まで黙っていた風禰が重い口を開く。
「魔法使いも魔女も私は好きだよ。教会も嫌い。でもあんたはここで死ぬの……だって私達魔女狩りに来たんだから」
途端に空気が凍った。それこそ呼吸ひとつままならない程に。
稀跡は恨めしそうに、優は解せない、という目つきで風禰を見つめるが、風禰は二人に一瞥も向けなかった。
稀跡の右手にある刻印を困惑した表情で哀は見つめ続ける。おそらくそのギミックが分からないのだ。
しかし、風禰のせいで一度警戒された以上もう何も聞き出せはしないだろう。
あまりの悔しさに稀跡は喚いた。
「あぁっ! もう!」
「あー、そういう事」
明らかに先ほどとは違う、トーンの落ちた哀の声が稀跡の耳に届く。
おそらくバレたのだろう。
哀の稀跡達を見つめる目が鋭くなる。
「その印にすっかり騙されたわ……手の込んだことするのね」
いきなり稀跡に振り払われる風禰。睨んでくる稀跡にただ風禰は苦笑して誤魔化すしかなかった。
稀跡の冷たい目を見て何を言わんとしているのかは風禰にも容易に分かる。
でも、遅かれ早かれ戦うのは避けられないのだ。魔女の事情を聞いた所でただ自分の足を引っ張るだけだって稀跡も分かってることだろうに。
「辛気くさい話はもう良いよ! あんたも戦う気なんでしょ?」
睨んでくる哀に応える様に吼える風禰。哀に向ける風禰の表情には微かに狂気すら感じさせる。稀跡に向ける表情とは程遠いものがあった。
何も本当に辛気くさくて話を中断させた訳じゃない。
これ以上二人に自分の稀跡を引っかき回して欲しくなかったのだ。だからこそ、この二人には教えなければならない。
――稀跡は誰のモノか。
――私達は何をしに来たのか。
「そうね。もう話は終わり」
哀がそろりと腰を上げると三人も緊迫した空気の中立ち上がる。
稀跡は優を庇う様に手を前に差しだし、風禰は腰のホルダーに右手を回す。
「我が手に偽りならざる姿を」
稀跡が呟くように詠唱すると、瞬く間に偽の印が消える。
魔法は発動している間にも徐々に魔力を消費するのだ。だからこそ、もう意味の無い印は消しておくべきだと稀跡は判断した。
稀跡の右手を哀は一瞥すると、無表情のままのそろのそりと夢遊病者の様に広間の中央まで歩を進める。
稀跡達を見据え足を止めると、哀を中心にして急に足下の大理石に亀裂が走る。
「我が内に秘めたる憎しみは永久に消えぬ炎なり」
稀跡は教会から得た情報で哀の唱えた詠唱は火の魔法のだという事は察しが付いたが、相手が魔女だけに下手に動けないでいた。
ふと部屋の異変に稀跡は目眩がした。
暑い。――いや、熱いのだ。肌が焼け付くように熱い。それに酸素が減っているのか息苦しい。焦げ付く様な鼻に付く異臭。
哀に目をやると、足場だけを僅かに残してそこを中心にして周囲に溶岩が出来上がっていた。
まさか大理石を溶かしたとでもいうのだろうか?
汗が流れるなどと生易しいものじゃない。それこそ体中の水分が蒸発するかの様な錯覚に陥る。
横にいる風禰と優を流し見ると、稀跡と同じように汗だくだった。優に至ってはもう虫の息だ。
ふらつく体で呪文を唱えようとした途端あまりの環境の変化に稀跡は言葉を失う。
息苦しさと焼け付くような熱さがある程度解消されたからだ。
風を操る風禰の魔法の効果だ。溶岩を凝固させるまで温度を低下させる事は不可能だが、自分たちの周り程度なら、ある程度温度を低下させ酸素を集める事ができる。
「風禰……ありがとう」
「これ……冷泉さん、ですか? ありがとうございます」
稀跡の言葉に続き、風禰の魔法だと理解した優も息を絶やしながら頭を下げる。
その一部始終を哀は湯気越しに、呪うかのように黙って睨み付けていた。
「良いよ良いよ。それより稀跡、早く済ませよ」
風禰は稀跡だけを見つめ、気を良くしたのか照れくさそうに手を振る。一度も優を見ることもなく。
稀跡はそんな風禰を恨めしそうに見つめる。
「元はといえばお前が……まぁいいや、優はここで待ってて。優の魔法は戦闘向きじゃないんだから」
「うん……」
稀跡は精一杯の笑顔を優に向けた。これ以上優を不安にさせたくなかったし、余計な負担も掛けたくないのだ。
そんな稀跡の笑顔にただ不安そうに頷くことしか優にはできなかった。
「律儀にその茶番が終わるのを待ってあげたのだから、感謝ぐらいしてほしいものね」
哀の毒々しい言葉に反応するように、溶岩が触手の様に鞭状に伸び哀の周りを動き稀跡達を牽制する。
いつのまにか哀は顔は怒りに歪み鬼の様な形相をしていた。
「あぁ、感謝してるよ!」
優から離れるように風禰は真横に跳ぶのと同時にホルダーから拳銃を取り出し、轟音とともに哀に二発発砲する。しかしいずれの弾も哀に届く事はなかった。
弾が発砲される寸前に溶岩が哀の眼前に吹き出し、弾丸を呑み込んでしまったからだ。
「フフッ」
薄気味悪く嗤う哀を見据えながら、稀跡は風禰の側に駆け寄る。
稀跡に焦りの表情が浮かぶ。
「風禰、これって」
「流石に強いよ……稀跡も躊躇してないでちゃんと戦ってよね」
「……分かってるよ」
稀跡に軽い微笑みを風禰は向ける。
風禰のその憎まれ口は嫌みこそ感じられなかったが、稀跡の胸の内に突き刺さった。見抜いているのだ。風禰に踏ん切りがつききれていない自分を。
――戦わないといけない。本当に優と風禰の事を大切に思うのなら。
稀跡が呪文の詠唱をぼそりと呟き、右手に雷を纏わせる。相変わらず哀の表情から薄ら笑いが消えることはなかった。
「無駄よ……どう足掻いてもお前達は死ぬのよ」
哀の指が稀跡に向けられると、溶岩の鞭がまるで意思を持ってるかのように稀跡を貫かんと射出される。
稀跡は飛び退きなんなく避けると、それはまるで豆腐でも刺すかのように稀跡がさっきまでいた場所を貫く。その後は用を成したとばかりに持ち主の元にすみやかに戻った。
追撃が来ないという事はおそらくなめられているのだろう。彼女の嗜虐に満ちた表情から察するに稀跡達をなぶり殺しにするつもりなのかもしれない。
稀跡は歯噛みをする。
(私が戦わなかったら……優を殺すことになるかもしれないんだ!)
苛立ちを紛らわせるように、稀跡も雷の帯びた指で哀を差す。雷の弾丸を哀に向けて数発撃つが、結果は同じだった。
風禰の時のように哀の眼前に溶岩が立ち上り、雷の弾を遮断したのだ。
「何をしても同じ。魔女でもないお前らが私に勝てる訳がないのよ! 私がそうだったようにね!」
気が狂ったように高笑いをする哀の姿はどこか痛々しくもあった。
「稀跡、私が穴を開けるよ。そこを衝いて」
「分かった。でもどうやってやるの?」
「まぁ、任せてよ。でっかい風穴開けるから――我が愛銃に風の加護を」
風禰は哀の隙を縫うように詠唱を言い終えるとともに哀に再び銃口を向ける。それに合わせるように稀跡も哀を指さす。すると哀ははたと笑いを止める。
「まだ分からないの? それは私に届かないの。さっきその目で見たでしょう?」
今度は風禰を嘲笑する哀。
その笑い声を遮るように、風禰の拳銃から発砲音が響く。当然のように溶岩が弾丸を遮るのだが、哀は声にならない声を上げた。
溶岩が弾を飲み込んだ途端、爆発したかのように四散したのだ。そして哀の眼前には雷の弾が迫っていたのだが当然反応しきれる訳もなく直撃し、広間に絶叫を轟かせる。
ふらつくも哀はなんとか踏み止まった。しかし先程のような嘲笑や油断は一切無く、その稀跡達に向けられる双眸からは明確な殺意がありありと感じられた。
ぼそりと哀が何か呟く。おそらく何らかの魔法の詠唱だろう。
「稀跡! もう一回行くよ!」
「分かった。次で決めるよ。――えっ?」
哀の魔法に先んじて、風禰が拳銃を構えた途端異変は起きた。
稀跡は足を挫き、激痛に息を飲む。
稀跡の足下にいきなりクレーターが出来たのだ。そのせいで体勢を崩し、風禰とのタイミングがずれてしまった。
哀は火属性の魔法を扱う。という事はこれは自然に起きたということだろうか? しかしそれではあまりにも不自然ではないか。
「稀跡! 危ない!」
稀跡の虚を衝くように灼熱の鞭が稀跡に襲いかかる。
しかし、咄嗟に稀跡は動けなかった。足を挫いたせいで。苦痛と焦りで稀跡は顔を顰める。
貫かれる事を覚悟した途端、稀跡の体は横に弾き飛ばされていた。
風禰が押し退けたのだ。
起き上がった稀跡の目には血を流している風禰が映った。
「いっ……風禰、お前」
「う、ぐ……」
「何で私なんか庇った! お前が戦った方がずっと勝ち目があったのに……」
「稀跡が――傷つく、所なん、て、考え、たくもないよ……ごほっ」
風禰は腹を抑え膝を着いた。
稀跡を押し退けた代わりに、それは風禰の腹を貫いたのだ。今にも死にそうで、とても戦えそうな状態ではなかった。
今では何事も無かったように、鞭は主の側で佇んでいる。
「これでもうお前の攻撃は通らない。頼みの風使いが動けないんじゃあ、もうどうしようもないないわね……フフ」
膝を着いていた風禰が遂に倒れた。
その状態でゆるりと拳銃が天上に向けられた。いくら弾が風で強化されているとはいえ、この石造りの家に穴を開ける事は不可能だろう。稀跡には風禰が何をするのか皆目見当つかなかった。
「お前、何を」
「最後に……一発」
「また良からぬ事を考えているのね」
哀が手を前に掲げると一斉に無数の溶岩の鞭が風禰に襲いかかるが、発砲音が鳴り響いた途端哀の悲鳴と共にそれらはどろりと大理石の上に墜落した。
哀の肩口からは夥しい量の血が流れ落ちている。何が起きたのか稀跡には分からず、訊こうにも風禰はもう気を失っていた。
哀の言葉には怒りが帯びており、稀跡には一言一言が呪言のようにも思えた。
「……家の事を気遣っていたけどね……もういいわ。覚悟するのね」
風禰は気圧を強引に操り、弾の弾道を変えたのだ。当然命中率は有って無いようなものだが、不意打ちには使いやすい。その証拠に哀が防御を取ろうとすらしなかったのだから。
哀は傷口を押さえながら、稀跡と視線を交錯させる。哀の怒りに応えるように溶岩はさらに沸騰し、いくつもの鞭が再び彼女の周りを彷徨き始めた。
(一体どうしたら……)
足が疼き稀跡は顔を顰める。
足の痛みを意識せずにはいられなかった。
今の足では到底アレ等を捌ききるのは稀跡には不可能に思えたからだ。
風禰が気を失った事により空気が淀み、肌が焼け付くような熱さが再来する。それもまた稀跡を焦燥させる要因の一つだった。
気づいた時にはもう優の体は動いていた。
稀跡の忠告もあったが稀跡が足を怪我してるのは見て取れるし、何より風禰の傷を早く治さないと死にかねないからだ。
ろくに息もできず更には熱気に苛まれ、倒れそうなほど辛いが、じっとなどしていられなかった。
「稀跡ちゃん……足貸し、て」
「優! あれほど待っててって……」
優が稀跡の足首に手を翳した途端に稀跡は口を噤んだ。その理由は優には分からなかったし考える暇も無かった。
「ありがとう優。おかげで助かったよ」
「お前は治癒の魔法を使うのね」
哀の声がした瞬間、風禰の銃を拾い真横に走り出した。まるで優から距離を距離を置くように。
「必死ね。よほどお前はあの子に執着してるのね」
稀跡は答えない。ただひたすらに応戦するだけだ。
哀の攻撃が来るのではないかと、風禰の傷を治しながら優は警戒したが一向に来る気配はなかった。溶岩の鞭は全て稀跡を標的にしている。
それどころか、哀はそれっきり優を見ることはなかった。それだけ稀跡を危険視しているという事だろうか。
(酷い傷……この分だと今日はもう目を覚まさないかも)
とりあえず風禰の傷は一通り治したが、重傷なのでこのまま寝かしておくのが良いと優は判断した。
戦いは拮抗している。稀跡が指先から雷弾を飛ばしても当然のように哀は溶岩の壁で防ぎ、溶岩の鞭も稀跡は紙一重で躱していた。突如稀跡の足下を襲う床の陥没も警戒していたのか跳んで回避していた。
(稀跡ちゃん……)
魔女を保護しようと優は考えていたが、今はこの状況から三人で抜け出すのが一番だと身に染みて感じている。
ぐらりと優の体が揺らぐ。
優の体力に限界が来つつも稀跡と哀の戦いをずっと眺めてた。
今になって稀跡は理解したのだ。
哀が使う魔法は火だけではないのだと。ここまで頻繁に稀跡の所だけ地面が陥没させられれば疑わざるを得ないし、何より火属性の魔法はあくまで〝火〟を操る魔法。溶岩を作れても、操作するのは無理なのだ。
という事は液体を操る水属性かとも稀跡は考えたが、地面を変形させているあたり、哀はおそらく火と地の二つの属性を操るのだろう。溶岩にしてもあくまで、溶けた〝岩〟なのだから辻褄が合う。
「悲目さん。もう終わりにしましょう」
「そうね。私もお前の倒し方を概ね理解したわ」
稀跡は拳銃を構えた途端、哀は不敵に微笑み眼前に溶岩を展開させる。溶岩に呑まれるだけにも拘わらず稀跡は発砲し続けた。
「お前じゃこれは破れないわ!」
「天上の神よ」
「お前も私と同じ気持ちを味わわせてあげる」
溶岩の向こうから哀の響くヒステリックな声をまるで聞こえないかのように詠唱を始める稀跡。
「貴殿の力をどうか我が手に」
稀跡にはある確信があった。哀は攻撃に反応して溶岩を盾にしているのではなく、攻撃が来るかもしれないという想定で溶岩を展開しているのだ。
そうでなければ、風禰の変則的な攻撃にも溶岩が反応しないのはおかしい。
「今こそ愚かなる者に裁きを」
詠唱を完了させた稀跡の右手には夥しい量の雷が纏っている。当然この状況は今も拳銃を防ぐべく溶岩を展開している哀には分からない筈だ。
稀跡が右手を前に差し出すと、床に雷が零れ落ちるように流れる。それはそのまま地面を伝いながら哀の背後目指し、弧を描くように前進しだした。
「えっ」
稀跡は驚きに声を漏らす。溶岩の鞭が優の方向に全弾発射されたからだ。
それは優に放てば、稀跡がそこに飛び込むと判断してのことだろう。しかし稀跡は動かなかった。
今から走っても間に合わないだろうし、何より優の事を思うなら先にこちらの攻撃を当ててしまうべきだと稀跡は考えたのだ。
途端、けたたましい雷鳴とともに広間が閃光に照らされ点滅する。その反応と共に発砲を止め、稀跡は肩の力を抜く。
途端稀跡はやるせない気持ちになる。
稀跡の目論見通り、鞭は優に届く事なくその場に落ち、壁のように展開されていた溶岩も飛沫をまき散らしながら崩れ落ちると、そこには横たわっている哀の姿があった。
(ごめんなさい。でもこうしないと優が死んでしまうから)
哀は拳銃の防御に夢中になりすぎて、背後に迫る雷に気づかなかったのだ。熱さに耐性のある彼女も高圧の電流には耐えられない。少し気を回せば対策は取れただろうに。
その哀の痛々しい姿を稀跡は直視できなかったし、優はまるで友の死を嘆くように惜しみなく慟哭し、涙を流した。
あれから数日が経ち、もうこれで優は懲りたものと私は思っていたのだけど、何やら魔女を殺さないで済む方法を探すとのことだ。当然優がやるなら私もやるしかない。
それにしても優は立ち直りが早い。私はまだ尾を引いてるというのに。
その事を風禰に話したら、あいつもやる気になったらしい。風禰らしくないけど何か心境の変化でもあったのだろうか?
私はこれまで魔法使いとして活動してきたが、そんな虫の良い話聞いたことがない。
でも、〝魔女〟の死を悼める優ならできると私は信じてみたい。