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テレビのチャンネルを回していると、殺人事件のニュースが流れた。
途端に五年前の記憶が頭を過ぎる。
あの連続殺人事件が迷宮入りしてから五年の月日が流れた。
解決しているといえばしているのだけど、そのことは当事者である私と優、教会の人間ぐらいしか知らない。
いつまで引き摺ってるんだろ、私……。
私はリモコンでテレビの電源を切り、カーペットに放ってからソファの上に寝転んだ。
――もう今日は寝ようかな。
まだ昼間で真夏の日差しが気になったがする事も無いし、観たい番組も無いので寝ることにする。
眠りにつこうと、目を閉じると唐突に呼び鈴が鳴り響く。当然、無視するわけにもいかないので気怠い体を起こしインターホンを取りに行く。
私に寝るなということだろうか?
「はい」
「すみません。教会の者ですが」
インターホンを取ると液晶には俄に信じられない人物が映っていた。
自分で教会の人間だと言っているが、それ以前にそのいかにもな格好を見てすぐ分かった。
ベールを被り、シスターワンピースを着ている。おまけにその厳格な顔つき。見れば誰でも教会の人間だと分かる。
無意識の内に舌打ちをしていた。
「で、そのシスター様が一体何の用?」
「貴女に魔女狩りをして頂きたいのです」
「また魔女狩りか……私は関わりたくない」
教会が魔法使いの家を訪ねる理由の大半はこれだ。
私もやむなく何度かした事があるけど、慣れない。よほどの例外を除いて私と同類のモノを殺すのは躊躇いがある。
こいつらの頼み事をわざわざ聞く事もないし、当然断ることにする。
私がやらなかった所で別の人間がするだけなのは分かっている。けど、こればっかりはできない。
「で、魔女狩りの方はして頂けるのでしょうか?」
「嫌だ。魔女狩りなんていくら貰ったってしない」
「大橋優さんはして頂けるそうです。それでも答えは変わりませんか?」
「え?」
目眩がした。一瞬こいつが何言ってるのか分からなかったし、分かりたくもなかった。
「五年前の事は覚えてますか? 貴女が解決してくれなければ教会は多大な被害を受ける事となっていたでしょう。感謝しています。
私達としましても、五年前の様な事は起こしたくないのです。ですから実績のある貴女にお願いしたいのです」
「……分かった。するよ」
手が震える。
こいつをこの場で殺せたらどんなに楽か、そう思わずにはいられなかった。
教会がここまでしてくるとは思わなかった。そこまでして私を引っ張る理由が分からないけど今回はやるしかない。
「そうですか。ありがとうございます。ではこれから最寄りの教会に向かいますので準備して下さい」
受話器を本体に叩きつける様に戻す。
始終無表情なあいつの顔を見てると、殺意が止みそうになかったから。
教会に着いた途端、稀跡の周りに漂う空気が和らいだ。
これから魔女狩りをしなくてはいけないと分かってはいても、優とかつての旧友に会えたことが嬉しくてたまらないのだろう。
「稀跡っ! 久しぶり、何年ぶりかな?」
「久しぶり、相変わらず寒そうな格好してるんだね」
いきなり稀跡の腕に冷泉風禰が抱きついたが無下に追い払おうとはしない。
「稀跡ちゃん変わらないね。あっ、ていうかそのピアスまだ付けてたんだね。何か照れくさいよ」
「優もそのピアスまだ付けててくれたんだね。ありがとう、嬉しいよ。優」
稀跡と大橋優が顔を合わせた途端、両者は頬を染めた。風禰の存在を憚ることもなく。
風禰が優を冷たい目で見つめていたが、稀跡も優もその視線には気づかない。もはや二人の世界が出来上がっているのだろう。
「あんた稀跡の友達? 仲良くしてね」
それを良しとしないのか風禰は優に話しかけ、半ば強引に間に入る。
「は、初めまして。大橋優です」
「私は冷泉風禰。で、友達なの?」
縮こまっている優に風禰の声は一層低くなり、優は更に萎縮する。
「はい、友達……ですね」
「そう、分かった」
「皆さん、そろそろよろしいですか?」
空気が静まった瞬間、無理矢理シスターが割って入った。それと同時に名残惜しそうに風禰が稀跡から離れる。
「その子で稀跡を釣ったんだ。性格悪いねあんた」
風禰は優を指で差すが、言ってる意味が分からないのか差されている当人は困惑した表情を浮かべていた。それに対し稀跡はあらん限りの憎悪を込めてシスターを見据えている。
確かにそれは真実なのだから仕方ないのかもしれない。
「いえ、彼女も立派な戦力です」
「けどまぁ、稀跡に会わせてくれた事には感謝するよ」
稀跡と風禰は訝しんだ表情をしている。とてもシスターの言葉を信じられないのだろう。無論シスターとて本心ではない。
「魔女狩りが初めての方もいるので、今回の標的の説明とともに魔女の説明も軽くします」
話題を変えるとシスターは口を動かしながらここにいる全員に目を向けた。
雷城稀跡――真夏だというのに、コートとジーパン、革靴を着用している。サイドにウェーブのかかったロングの金髪、ピアスも特徴的だ。
彼女は、雷の魔法、変身に結界と多岐に渡った魔法が使用できるらしい。オールラウンダーか。
大橋優――薄いTシャツに短いスカートを穿いている。ショートの茶髪に軽く全体にパーマがかかっている。彼女も長いピアスが特徴的だ。
大橋優は数年前まで魔法は使えなかったようだが、今では治癒の魔法のみだが使えるようになったらしい。あまり期待はできない。
冷泉風禰――Tシャツにデニムショートパンンツという軽装。色が抜けすぎた白に近い金髪。一番目を惹くのは腰の背面位置に巻いているガンホルスターだろう。
稀跡にしてもそうだが彼女はそこそこの魔女狩りの実績がある。この二人が今回の戦力の要。
彼女は風を操る。それで幾度となく魔女を駆逐し、葬ってきたのだろう。
「悪魔と契約した者のことを女性も男性も引っくるめて魔女といいます。
契約した者には体のどこかに痣ができ、契約を切るか死ぬしかそれを消す方法はありません。その痣を私たちは〝天魔女の刻印〟と呼んでいます。
そして魔女はその契約した悪魔に新たな力を授けられます。例えば、火の属性しか使えない者でも火と水が使える様になったりと多種多様です。
魔力も供給され良いことずくめの様に見えますが、それらと引き替えに悪魔に身体を汚され生殺与奪の権を握られる事になります。
私達はこれらを殲滅し、人々の平和を守らねばなりません」
「シスターさん、私達は魔女を保護すれば良いんですよね?」
優が心配そうな顔で、シスターに訊くとシスターは優を安心させる様に柔らかい笑みを優に返した。
「はい。貴女には事前に説明しましたが、保護していただくだけでも構いません。その後は私が責任をもってその方を悪魔の呪いから解放しましょう。
貴女は無駄な殺生をしない優しい心の持ち主なんですね」
「良く言うよ」
稀跡がぽつりと漏らした言葉に、風禰は口に手を当てて笑いを禁じ得なかった。それに対してシスターは二人を睨みつけ、再び優の方に顔を向ける。
「これは全員に言える事ですが、特に大橋さん、貴女はなるべく怪我をしないようにしてください。
ご存じだとは思いますが、血中には大量の魔力が含まれます。それを流すということは魔法が使用できなくなるということです。ここでは治癒の魔法は貴女しか使えませんから気をつけて下さい」
「はい」
神妙な顔つきで優は頷く。
その話を聴いて、表情にこそ出さないが稀跡は胸の内で驚嘆せざるを得なかった。
優に魔力が流れてるのは五年前に分かった事だが、もう魔法を使えるなど微塵も思わなかったからだ。
魔女狩りに参加させられてる時点で察するべきだったのかもしれないと少し自責の念に駆られる。
「最後に今回の標的についてです。前回は名指しせず、本人に任せましたが今回は違います。
悲目哀という魔女。かなりの危険人物です。魔女狩りに遣った教会の執行者が何人も殺されています」
教会の人間が嫌いな稀跡にとってそれは朗報以外の何でもなかった。
横に目をやると、風禰もにやついていた。彼女も教会は嫌いなのだ。しかしにやける二人とは対照的に優は哀愁に満ちた表情を浮かべる。
心の優しい優にとってニュース等でならまだしも、こんなに近くで人の死を知るのは耐えられないのだろう。
稀跡は目を伏せ、視界から優を消す。
そんな優の表情を見ていると汚い自分に嫌気が差すからだ。
「悲目哀の詳細ですが、彼女は魔女になった際に火属性の魔法を扱うようになったそうです」
シスターから悲目哀の住所を書き記してある地図と顔写真を稀跡は受け取る。
「一般人の前で魔法を使うことは〝禁忌〟に当たります。注意して下さい」
教会から悲目哀の家に徒歩で向かっていたがなかなかたどり着かない。
もう時間も夕方に差し掛かり辺りが暗くなりつつあったけど、地図を見る限りもう少し時間が掛かるものと見といた方が良いのかもしれない。
私は思わず溜息を吐いてしまう。
「なかなか着かないね。ていうかアレの話が長すぎたんだよ」
「いや、でも私はけっこう参考になったよ。知らないことばっかだったし」
確かに優には参考になったかもしれない。
そう、とだけ返事をし、私は風禰の方へ顔を向ける。
「今回の魔女狩り、お前はどうするの?」
「どうするって、殺すしかないんじゃないの?」
「えっ? 保護するんでしょ?」
やっぱり……。
経験の無い優と、手慣れた風禰じゃ意見は食い違うのは当然だ。
それに私だって、どうするか考えてある。
魔女を殺すのは私だって嫌だし、保護したって助かる道なんて殆どない。死んでしまうのがオチだ。
「私は逃がそうと思うんだけど」
「「え?」」
二人は分からないといった顔をしている。その困惑も当然だと思う。
優にしてはあくまでも〝救う〟のが目的だろうし、風禰は〝金〟のためと昔から割り切っている。
私の〝逃がす〟という方法ではどちらの目的も為し得ないからだ。
「稀跡、逃がしても褒賞は出ないんだよ?」
「稀跡ちゃん、逃がしても一緒だよ? 別の人に殺されるくらいなら私達が保護してあげるのが一番だよ」
「金が欲しいならわざわざ魔女狩りじゃなくても良いんじゃないのか?
優にしてもそうだよ。保護しても助かるとは限らないんだよ? だからこそ逃がすのが一番良いんだよ」
理由を説明しても二人は静まろうとはしなかった。それ所か二人とも少し熱が入ってるのか語気がきつくなっていってる気がする。
「それは貰える金額を知って稀跡は言ってるの?」
「逃がしてもその人が助かる訳じゃ無いよ。さっきシスターさんが言ってたよね。悪魔が生かすのも殺すのも自由だって」
このままじゃ埒が明かない。水掛け論も良い所だ。
「とりあえず本人から話を聞こう。それからでもどうするか決めても遅くないよ」
とりあえず妥協案を口にする。
延命処置である事は分かっているけど、このまま話し合っても誰も譲りそうになかったので仕方ない。
途端、風禰は首を傾げた。
「どうやって? アレは相当教会の人間を殺ってるって話じゃない。
私達が話を聞きたいって言っても警戒されるのは目に見えてるよ?」
「それは大丈夫。考えがあるから」
ふーんと返してきた後、風禰は納得したのか押し黙った。
ただ、今考えてる方法が上手く行くかどうかは分からない。
かなりあからさまな上に失敗すれば相手の神経を逆撫でするかもしれない、そんなろくでもない賭け。
方法を説明した所で風禰は一蹴するのは目に見えてるので今は黙っておく。
「優も、それで良いよね」
「うん……分かったよ」
明らかに不満そうな顔をしていたけど、今は我慢して貰うしかない。
優の事を考えると尚更戦闘は避けるべきだし、私達にしても相手にしても優が誰かの死に際を見て耐えられる訳が無いんだ。
話し合いも終わり、辺りが真っ暗になった頃にようやく私達は目的地にたどり着いた。
ものすごい豪邸だけど、ただ分からない事がある。
教会から目を付けられてるというのに、こんな大きな家に住んでいるという事はよっぽど捕まらない自信があるのかもしれない。
「すごい大きな家だね。私も一回こういう所に住んでみたいな」
「魔女狩りを何回もやってたらいずれ優ちゃんも住めるようになるよ」
二人は放っておいて私は軽く意識を集中させる。
「我が手に偽りの印を」
詠唱と同時に指を鳴らす。右手の甲を見下ろすとちゃんと痣が浮かび上がっている。
「それまだやってんの?」
「放っといてよ。私の勝手だ」
誰が何と言おうと指を鳴らすのは止められない。
こう直接言われると、やっぱり気恥ずかしい。自分でも顔が熱くなっていくのが分かる。
「で、どうやって接触するの?」
「まぁ、見てなって」
風禰に訊かれるまでもない。もう完成している。
インターホンを鳴らしてしばらく待っていると、そこから声が聞こえてきた。
『どちら様でしょうか?』
「悲目哀さん……貴女と少しお話がしたくて伺わせていただきました」
インターホンのカメラに映るように私は、軽く右手で口元を掻く。
これが私の作戦だ。魔女を装い、相手を信頼させる。欠点はあまりにも白々しすぎるという所か。
『分かりました。少々お待ち下さい』
インターホンが切られて少し時間が経つと、中から女性が出てきた。
黒い髪のネグリジェ姿の女性だ。垂れ目でとても淑やか女性に見える。
「私が悲目哀です。どうぞ中にお入り下さい」
上手くいくか心配だったけど、なんとか上手くいったらしい。
気取られない様に溜息を漏らすと、耳元に風禰がそろりと近寄って来た。
「そういう事ね。流石稀跡だね」
風禰の耳打ちを聞き流し、耳がくすぐったかったので私は首を振る。
鉄門を開けると、私達はそのまま悲目に付いていった。