1
「我が目は千里を見通す物なり」
町の様子が俯瞰していると思える程、頭に入ってくる。
いや、そんな大雑把な見え方じゃない。何処に誰がいて何をしているかが容易に見える。
――この狩りも今夜で最後だ。
ずっと目を付けていたターゲットには馬鹿でかい魔力の持ち主が付き添っていたが今日に限って別に行動している。それを逃す手はない。
ポケットから携帯を取り出し開けてみると、時刻は十九時と表示していた。それを確認し再び携帯をポケットにしまう。
こんなボロ屋に隠れるのも今夜で最後だ。事の顛末を教会に報告し、報酬の大金で海外に逃げれば全てが闇の中に消える。
考えれば考える程、馬鹿みたいに笑いが止まらない。
教会は定期的に魔女狩りを執行している。方法は教会の人間が魔法使いを雇い、秘密裏に魔女を狩っていくというものだ。
俺は金欲しさに自分を教会に売った。
しかし、魔女はかなり強い。補助系の魔法しか使えない俺には魔女どころか普通の魔法使いにすら手が余る。
そんな俺を教会が買った理由はただ一つしか思い浮かばない。おそらく効率が良いと考えたからだろう。
補助系の魔法といっても、取り分け俺は探知の魔法が得意だ。というより、それに特化しすぎて他の補助魔法は有って無い様なものだ。
ここからならば、この町内の全てが見通せる。人の顔は疎か、魔力が流れているのかそうでないのかという事も苦労なく見れる。
この町に魔女が何人かいるのは分かっているが、当然俺は手を出さない。普通の魔法使いにすら勝てないというのなら、弱い魔法使いを叩けば良い。
簡単な話だ。後は教会に魔女を殺したという報告と加工したそいつの写真でも渡せば良い。当然、教会は殺した奴の身元を洗うだろう。しかし、魔法使いと魔女の違いなんて生きているうちにしか見分けがつかないのだ。奴等は殺害された人物は魔法使いという事までしか把握できない。――何故なら警察が身柄を回収するからだ。
もう俺は四人の魔法使いを殺し、報道もされているが足は着かない。
当然、隠蔽工作をしているからだ。魔法の知識も無い愚図共に取ったら不可解な死にしか見えないだろう。
「いっ!」
ターゲットに集中していると、急な脇腹の痛みで意識を反らしてしまう。
コートごと服をめくり確認すると、血が流れていた……夥しい量の。
前日の奴から受けた傷がまだ癒えきってなかったのか、血が止まる気配はない。
「クソ! 最後の最後でこんな。
――我が傷に癒やしを」
意識を集中し、再びターゲットに目を向けるのと平行し、手にも意識を集中させ傷口に手を当てる。
治癒魔法だ。少しずつだが傷が癒えていくのが分かる。探知しながらだと当然魔力の消費が激しいが言っていられない。
ムカツクが、最善を尽くすならターゲットと接触するのにはもう数時間ほど間をおく必要がありそうだ。
――血を流しながらの戦闘なんてのは愚の骨頂だからな。
私と稀跡ちゃんはいつも通り、屋上で弁当を食べていた。
曇りがかって陰があり、夏の暑さが苦手な私にとっては晴天よりも過ごしやすいので嬉しい。
「まだ謎の死が止まらないらしいよ。怖いね」
なんて稀跡ちゃんに声をかけたら箸を止め顔を顰めてしまう。
確かに、ご飯時にする話じゃなかったかも。話のネタとしては最悪のものを選んじゃったのかもしれない。
「ごめんごめん。ご飯時にする話じゃないよね」
稀跡ちゃんの手は動かない。
かける言葉も見つからず、とりあえず稀跡ちゃんを眺めてみた。
この子は雷城稀跡なんて変な名前をしている。
いや、人の名前をおかしいと思うのはダメな事だって分かっちゃいるんだけど……。
稀跡ちゃんは私と同じ十八にしちゃ、ちょっと地味なきがする。校則の制限があるにしても、もうちょい色気を出しても良いと思う。
髪の毛なんか、全体的に短めに揃えられており、パーマなんかも全然かかってない。
これだけ優等生じみた格好しているんだから成績も良さそうに思えるんだけどそうもいかず、最悪も最悪、めちゃくちゃ悪かったりする。
それでも、運動神経だけは飛び抜けて良い。そこは羨ましかったりする。
さっきは色気が無いなんて考えてたけど、顔はかなり綺麗。特に笑った顔がそれを引き立てているんだと思う。
「あー、ごめん。ちょっと考え事してた。それで謎の死がなんだって?」
これだ。この笑顔。
私はこの皆を受け入れる様な笑顔が好き。
ていうか、根暗の私にとって気さくに相手してくれる稀跡ちゃんの存在は本当に掛け替えのない物で、成績云々なんてモノはまったく気にならない。
「あの、原因不明の死のやつだよ。血痕はあるのに死体に傷は無いっていうアレ」
「あー、なんかニュースでやってたね」
稀跡ちゃんの手が動き出す。
まぁ、稀跡ちゃんはそんなナイーブな性格じゃないよね。
「それって、吐血じゃないの? 体に傷が無いんじゃあ、もうそれしかないよ」
「いや、新聞見た限りじゃ外傷どころか内臓にも傷が無いって書いてあったんだけど……どうなんだろうね?」
「あー、それじゃあ……謎だね」
「でも、服には刃物で切った様な傷があるらしいよ。原因は分からないけど」
「警察が分からないような事を私達が考えても分かる訳がないよ。それより、聞いて欲しい事があるんだけど」
稀跡ちゃんの顔が急に引き締まった。
物騒な話をしてた事もあって、稀跡ちゃんを見てると自然と私の身も引き締まる。
しばらく間を置くと、稀跡ちゃんは重い口を開けた。
「私、魔法使いなんだ」
「え?」
こんな張り詰めた空気だからてっきり私は告白でもしてくるのかと期待したけどまったく別の事を告白されてしまった。
思わず溜息が漏れたけど、とりあえず続きを聞くことにする。
「意味が分からないかもしれないけど、でも本当の事なんだよ……信じて」
稀跡ちゃんの表情は必死に見えた。
でも稀跡ちゃんの言うとおり、意味が分からない。信じろというのが無理な話だと思う。
私は、言葉が詰まって首を傾げる事しかできなかった。
「優の反応は当然だよ。だからこれをちょっと見てほしいんだ。
――我が髪に偽りならざる姿を」
稀跡ちゃんが意味の分からない言葉と指パッチンをしたのはほとんど同時だった。
意味なんて聞くまでもなく、その行動の意味は分かる。
私はただ息を呑み、ソレを見つめることしかできない。
「分かった? 私は魔法使いなんだ」
何故なら、いきなり稀跡ちゃんの髪が金髪に変わったから。
いや、色だけでなく長さもショートからロングに変わりサイドに軽いパーマがかかっている。まるっきり別人だけど、私はこっちのが似合ってると思う。
――まぁ、校則違反なんだけど。
「凄い似合ってるよ!」
「いや、そうじゃなくて」
「分かってるよ。種明かしはできないんでしょ?」
「え? 種明かし?」
唯々、驚くばかりだった――稀跡ちゃんのマジックには。
全てが前振りだったんだ。
あの空気も、あの告白も、全てはこの瞬間の為の前座。
まったく稀跡ちゃんは演出家だよ。
さっきとは別の意味で溜息が漏れる。
「いつのまにこんな事覚えたの?」
「いや、前からできたんだけど」
「成る程、温めてたんだね。その気持ち私には分かるよ!」
「いや、そうじゃなくて……もういいや」
稀跡ちゃんが嘆息しながら肩を落とした。
心なしか疲れてるように見える。
確かに、マジックは結構神経を使うと思うし疲れるのは当然だと思う。しかも指パッチンした瞬間に髪の色と量が変わるなんて、綿密な計画と準備がいるのは目に見えてるし。
そんな事を考えてると、稀跡ちゃんは自分の鞄から小さな箱を取り出し私に差し出してきた。
「お土産。新しいピアス欲しがってたでしょ」
「いいの?」
「いいよ。優に買ってきたんだし」
何のお土産か分からなかったけど素直に受け取る。ピアスは好きなのですごい嬉しかった。
「開けて良い?」
「いいよ」
稀跡ちゃんから許可を貰ったので、焦る気持ちを抑え、箱を開ける。
中身は棒状に垂れるピアスだ。稀跡ちゃんは私の好みを分かっていてくれたらしい。
直ぐに左耳の透明のピアスを外し、貰ったピアスを嵌める。
――なるべく校則は破らない様にしてたんだけど、二人して破るという誘惑に勝てなかった。
「このまま授業でよっか?」
「あー、私は大丈夫だけど」
そっぽ向いてる所を見ると、よっぽど恥ずかしいんだと思う。プレゼントなんて慣れない事するから。
私は午後の授業が楽しみで仕方ない。