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夜の八時を過ぎる頃に自宅近くのスーパーに立ち寄り、あと二パックしかないタイムサービスの手羽元を見下ろしながら、これで何を作れるのか、自分の力量と相談しながら考えてはいたものの、今夜は鶏肉という気がしてはいなかった。
セール品でやりくりしようと思ってはみても、冷蔵庫にある食材が思い出せず、肉がなくてもせめて野菜があればなんとかなると昨日までの記憶を辿るけれど、一昨日で全てを使い切ったような気がしてきて、タマネギを手にとった際、一玉だけ使わずにいたやつがシンク下にあったような曖昧な記憶がわたしの決断を鈍らせ野菜類を買い渋っていた。
一旦部屋まで戻ろうかと考えもしたけど、一度靴を脱いでしまったらもう一度外出する気力は湧いてこないようにも思われ、店内を二周してもうすぐ三周目に入ろうとしていた。再び青果コーナーに立ち戻って来た時、わたしと同じくらいの身長の若い男性が、日配コーナーの方からこちらに向かってくるのが視界に入り、思いがけず男性と目が合い、好みの顔をしていた為、正直すぎるほど視線をそこに留め、男性の方もこちらを不思議そうに知り合いかなにか確かめるよう慎重に見つめ返してきたので、わたしは動揺の隠せない挙動で俯きながらタマネギを選ぶふりをした。
ノーネクタイのワイシャツ姿から会社帰りのサラリーマンだと連想して、何となくカゴの中身を遠目から覗き込んでみた。左手に持たれたカゴの中にはペットボトルのお茶とにんにく、その間に挟まれて、おそらく唐辛子だろうか、それとペンネ――。
あ、とわたしは食材を見てレシピを推理できるくらいには、レパートリーもここ一年で少しずつ増えてはいたのだな、という僅かばかりの手ごたえを感じた。
思い返すと、料理を全くしたことがないまま始まった一人暮らしの当初はひたすらパスタを茹でていた。安いパスタソースを数種類日替わりで使い、食事はむしろ面倒な作業だとばかりに早食いして済ませるのが日課みたいになっていた。
それが二カ月も経った頃から無性にちゃんとした自炊をしたくなった。丁度脳内で“女のくせに”という声が聴こえてくるようになった時期と並行してわたしは調理道具を揃えるための資金が必要になり、それが今のアルバイトを始めたきっかけにもなった。
男性の料理好きは珍しくもないのに何故かわたしは恥ずかしさが込み上げ、また脳内で“女のくせに”という煩わしい声が聴こえてきた。そうなるとわたしも無性に彼と同じものが作りたくなってきて、同じ食材を揃えに店内をもう一周する。まるでその男性と何かを競うようにわたしは必要な材料を探し始め、店内の棚を一から物色し始める。
途中、もしかして奥さんか彼女にでも買い物を頼まれたのかもしれない、と同じものを作るのは止めようかとも考え渋ったけど、脳内ではまだ例の声がわたしを叱咤するようにヒステリックに喚いている。
ようやくレジに並んだわたしのカゴの中身を一つずつ店員が取り出し、食材の漏れがないか確かめるように、わたしはレジのおばあちゃんのかさついた手の甲と共にその作業を眺めていた。
持参していたレジ袋に食材を詰めながらペンネを茹でることさえも億劫に思えてきている自分自身に嫌気が差し、こんなことして何になるのだろう、と虚しさを感じ始める頃には例の声は消えていて、まるでわたしにこの空虚感を与える為だけに感情を誘導されていたみたいで、わたしの中には罠に嵌められた時の口惜しさだけが残っているだけだった。




