序章 第五話 伊弉諾(イザナギ)と天沼矛(あめのぬぼこ)
俺、櫛名さん、アマテラス様、スサノオの四人?というか、二人と二神で伊弉諾様に会いに来た。二神って魚みたいだから四人でいいや。高天原では草原とか海岸しか見ていなかっただけに、巨大な神社の様な建造物があったのには驚いた。伊勢神宮の数倍の大きさだ。
無数に並んだ鳥居をくぐり、美しく石畳がひかれた参道を進む。灯篭には小さな朱雀が一匹ずつ飼われていて、小さいながらも朱色の炎をあげている。狛犬は頭の大きさだけで1mはある獅子のような逞しさ。石だと思ったらすれ違うときにギロリと睨まれた。
本殿の扉を開くと100m以上奥行があり、両サイドには神々が座っている。どの神々も無表情だが視線はこちらを見ていた。
そして、一番奥の中央に直視できないくらい輝く神様がいる。きっと伊弉諾様だろう。前まで進んでいいのか、待つべきか戸惑っていると、伊弉諾様から話しかけてきた。
「久しぶりだな。天照よ。物事を冷静に見れるようになったかね?」
「まだ…未熟でございます…」
「ふむ。そして放蕩息子か。お前は何がしたいのだ?」
「うるせぇ! 親父に迷惑をかけた覚えはねぇ!」
「愚かな…まだ分からんのか。天津神から国津神に自ら身を落とし、人間と共に生きるかと思えば好き放題に暴れるだけ。お前に神を名乗る資格はない。」
いきなり説教かよ。どこの世界も親はうるさいものなんだな。
「我に向ってうるさいとは勇敢な人の子よ。お主は我に何か用があってきたのだろう?」
思考を読まれないようにガードしても無駄か…
「俺は伊弉諾様に武器を貸してもらいに来ました!」
「ほう…お主、既に天叢雲剣と八咫鏡を持っているではないか。隣の娘も八尺瓊勾玉を持っているようだ。高天原にその三つを超える武器はないぞ?」
「え? そうなんですか?」
「ふむ。天照、素戔嗚、お主らの目的はなんだ?」
「親父の持つ、天沼矛を貸してもらいたい」
「素戔嗚、やはりお主は愚かだ。国産みと神産みの矛を人の子に貸せると思うたか」
「父上…これ以上、大和が負ける訳にはまいりませぬ」
「天照よ、どうあがいてもゼウスには勝てぬよ。この国の力ではな」
「この二人なら勝てるかも知れませぬ」
「何をもって勝てると言うのだ?」
「魂の美しさと生まれ持つ資質でございます」
「それだけでは天沼矛を貸す理由にはならぬな」
「ならば、私の日輪をかけてお願いいたします」
「俺も布都斯魂剣をかける」
「天照、素戔嗚、お主達の神器をかけて我に願うというのか? 失えばお主達の力も消えるのだぞ?」
「このまま大和が負ければ…穢れが大和に溢れ出てしまいます。そうすれば、この国の美しさは向こう千年は失われてしまいましょう。我らは負け続けました。我らが穢れに耐えれば、他の国に幸が舞い降りる。それで構わぬと自分に言い聞かせました。しかし、もう限界でございます。今回、一度も勝たずに負けるようなことがあれば、大和人という特性は消えてしまうでしょう。それでも父上は構わぬと申すのですか?」
アマテラス様は泣きながら訴えかけた。何のために戦うのか、やっと分かった。どうやら『穢れ』というものがあるらしい。勝てば禊ぎになるのだろう。負ければ…日本人の美しさが失われる?
この国をどうにかしたいなんて、考えたことはない。でも、どうにかなってしまうのを止める事ができるなら、俺はやらなければいけない。櫛名さんの手を握った。彼女は強く握り返してくれた。
「人の子よ。名を名乗れ」
「緋山慧です。」
「櫛名纏です。」
「命を懸ける勇気はあるか?」
軽い気持ちじゃない。思考が麻痺したわけでもない。英雄になりたいわけでもない。ただ、ここでNOと言ってしまえば、俺は一生後悔する。その後悔は何をもってしてもぬぐえない。だから答えは決まってる。
「懸けます」
「私も懸けます」
櫛名さんを巻き込んでいることに気が付いた。誰かが命を懸けるなら、それは俺一人でいい。
「櫛名さん、怒らないで聞いてほしい。タマを俺にくれないか? 俺、一人でやってみる。櫛名さんまで命を懸ける必要はないよ」
おもいっきりビンタされた…
そして、抱きつかれた。
「慧って呼んでいい?」
「うん」
「一緒に行こうよ…私のこと守るって言ったでしょ? 私も慧を守るって決めたの。私、強いんだから」
「よかろう。」
伊弉諾様はそう言うと、俺達の前に槍を差し出した。
でも、この槍、輝きがないどころか刃先が割れている…
「父上? これは…」
アマテラス様も唖然としている。どういうことだ?
「欠けた刃先は黄泉の国にある。伊弉冉が持っているはずだ…慧、纏、お主ら命を懸けると言ったな?」
「黄泉の国は精神体では行けぬ。生身でなければ黄泉比良坂を越えられぬ。当然、死ねばそこで終わりだ。それでも行くかね?」
俺と纏は頷いた。
「ならば天之尾羽張を貸してやろう。これは黄泉の国の民によく効く剣だ。剣が青く光っている内は前に前に進むのだ。赤く光ったならそこで止まれ。何かがいる。倒さねば先へは進めぬ」
「見事、伊弉冉に辿り着いたなら用件をすぐに言え。間違っても戦ってはならぬ。勝ち目はない」
もう引き返せない。時間が過ぎれば弱気になる。
俺達はすぐに黄泉の国へ向かった。