序章 第二話 ムラクモと八咫鏡(ヤタノカガミ)
初詣に来たのは何年ぶりだろうか。
「今年はスタッフ全員で初詣だな!」
朝令暮改が日常茶飯事の社長は仕事納めの後、唐突に言い放った。
これぞブラック。恐るべし。
予定が入っている社員も多かろうに…数名が悲痛な表情で、数名が最高の作り笑いを浮かべ、残りは唖然とするか、無表情で受け入れるかのどちらかだった。
初詣に参加しなかったら解雇すらありえる。
それが原因で解雇にはならないだろうが、執拗な社長のイビリが始まるのは目に見えていた。
実際、三年前の社員旅行に参加しなかったスタッフは誰も残っていない…
早朝から会社に集合し、皆で伊勢神宮へと向かった。
地元で飲食店を数件経営しているウチの会社は、年末は30日まできっちり営業し、年始は2日から始まる。
31日は大掃除だっただけに、ある意味、休みはゼロだ。
社長の取り巻きの役員数名が世間話に花を咲かせていた。
腰巾着め…
他のスタッフは言葉少なく参拝に向かう。
早朝だけに三十分も待たずに参拝できそうだ。
何を願おう…今年で28歳になる。彼女はいない。できたとしても、この仕事じゃ別れるのは目に見えている。もっといい仕事が見つかるように?仕事を変えようと思う気力すら日々の忙しさに埋もれてしまう。どこか…どこか遠くに行きたい…
俺は、ただただ、逃げたかった…
そして、この海岸である。
穏やかな海。青い空。どこなんだここは。
疲れてるのか?過労で倒れたか?
もしかして、ここって天国?
「違いますよ」
背後から声がした。
ありえないレベルの美女が背後に立っていた。
「私は天照大神。貴方は戦人となって戦う運命です」
はい?意味がわからん。
「いきなりで驚いたでしょうが、これは神々の決定なのです」
またしても背後から声がした。
おおう。アマテラスさんほどではないが、こちらも美しい。
「私は豊受大神。さぁ、アマテラス様の仰せの通りにするのです」
俺にどうしろと…
「まずは、声を出して話なさい」
あ。言われてみれば確かに。ん?考えてることが読まれてる?
「その通りです」
「あ…ええと…すいませんでした…」
「謝らなくて結構です」
「あの…これって神々に呼び出されて転生とかするんでしょうか? それとも、このままの姿で勇者となって、どこかの世界で魔王とかドラゴンを倒すのでしょうか?」
アマテラスとかいう、最初の美人が答えた。
「そのどちらでもありません。貴方には神々の武器を使う資格があるのです。その武器を使い、同じ境遇の者達と戦い、勝利しなさい。見事勝ち残れば願いを叶えてあげましょう」
どうせ夢だろうと思い、適当に返事をした。
よくわからん、小さな鏡を渡され、変な世界に飛ばされた。
相手はまだ来ていないようだった。
鏡に意識を集中してみるとレーザーのようなものが出た。
適当にレーザーを出す練習をしていると、前方の空にドアと同じくらいのサイズの金色の光が現れて、中から白い鎧を着た若い男が出てきた。
一瞬躊躇ったが、どうせ夢だ。
俺は容赦なく銀髪の男にレーザーをブチ込んだ。
~慧~
空間を斬るって、どうしたら斬れるの?
「簡単さ。斬りたい場所を想像すりゃいい。そして目の前の空間を斬るんだ。あとは勝手に空間と空間が連結されて、ケイが望んだ空間に斬撃が発生する」
この空間に来るなり撃たれまくってるから、斬りたい場所を想像するにも、頭にビジョンが浮かんでこないよ?
「じゃあ、相手を強く思い浮かべてから目の前の空間を斬るんだ。相手が高速で動き続けていれば当らないが、止まっているなら直撃するぞ」
相手…確認する前に顔面吹っ飛ばされたんだけど…
「策はある。オモイカネに貰った鎧は数発じゃ貫通できん。右目を守りながら隣の壁まで全力で走れ。攻撃が頭部以外に来たら相手を見るんだ」
わかった。やってみる
ムラクモを鞘に納めてから深呼吸をして、地面を強く蹴った。
それだけで50m以上横っ飛びができた。
両腕で顔を守りながら飛ぶ。
10発以上、顔に向けてレーザーが来たがオモイカネの籠手は護りきった。両腕が激しく痛む。痛むが千切れてはいない。
腹部にレーザーが来た瞬間、俺は相手を見た。
田川真二(人間)
特性 高天原の民
適正 戦人
武器 八咫鏡 攻撃力900 神防400
防具 なし
HP 240
MP 120
攻撃 1150(+900)
防御 104
神攻 0
神防 450
回避 150
命中 250
残 0
スキル 暁を破る光(B-)
見えたっ!
そう思った直後、顔面にレーザーが直撃した。
まずい!壁が見えない!
「ケイ! ここで止まれ!」
ムラクモが叫ぶ。即座に体勢をひねり、壁に腕が引っ掛かる様に伸ばす。
丁度、掌に壁の端があたり、力任せに体をストップさせる。
急激に止まることで肩が抜け、壁に背中を叩きつけられた。
まずは立ち上がり、背中に壁をつけ息を整える。
レーザーを受けた両腕と顔面はきっとひどいことになっているだろう。
十秒程度だろうか。頭がおかしくなるレベルの痛みに耐えると視力が戻り、傷はなくなっていた。そして、鎧も自動修復されていた。
「ケイ! 良くやった! あとは相手を強く思い浮かべて叩っ斬れ!」
相手の顔を思い浮かべた。
疲れた表情をしたおっさんだった。
この国にありがちな顔。
どこにでもいる顏。
うまく言えないけど、終わらせなきゃと思った。
力いっぱい、ムラクモを振り下ろすと背後の壁の向こうから叫び声が聞こえた。
覗いてみると、相手の姿はもう消えていた。
立っていたであろう場所には、5cm程度の光る珠が浮いている。
「ケイ、あの球に触れろ。それでお前の勝ちだ」
言われた通りにしてみると、体に新しい力が流れ込んだような感覚があった。
そして、草原に戻っていた。
アマテラス様がにっこりと微笑んで迎えてくれた。
「ケイ。お疲れ様でしたね。見事な勝利でした」
「ムラクモのおかげですよ」
「あら。もうムラクモと話せるようになったの?」
「はい」
「ならば、次の戦いまでに八咫鏡とも話せるようにならなければ」
アマテラス様の隣にいるオモイカネ様が口を開いた。
「これでワシが稽古をつけてやれるのう」
次の戦いまでオモイカネ様が鍛えてくれるらしい。
とりあえず疲れたな。
俺はその場で倒れるように眠ってしまった。
「思兼神。予想通りでしたね。いえ、予想以上かも知れません。適正より魂の美しさで選んで正解でしたね」
「ケイは魂に穢れがないですのう。いきなりムラクモと会話できる人間なんぞ、清盛くらいかと思ってましたが」
「田川も適正だけならばケイを凌駕していましたが、魂が擦り減っていました。それでは適正も半減します。何より、穢れた魂の人間が戦人となっては困ります」
「それでも勝ってしまう時がありますからな。悲惨な歴史が刻まれるのはもうこりごりですじゃ。なぁ、豊受大神よ」
「あら。私が来たことに気づいていたのね」
「ワシを誰だと思ってるのじゃ」
「二人ともおやめなさい。次の相手は恐ろしいわよ。」
「素戔男尊と八尺瓊勾玉ですな。」
豊受大神が口を開く。
「私もケイを後押ししましょう。彼に神代の衣を授けます」
ケイが目を覚ますと真っ白な空間にいた。
~慧のステータス~
緋山 慧(人を超えつつある者)
特性 高天原民
適正 戦人
武器 天叢雲剣 攻撃力1500 防御力400
八咫鏡 神攻600 神防400
防具 神代の鎧 防御力600 回避200
神代の衣 防御力100 神防200
HP 414
MP 100
攻撃 1712(+1500)
防御 1304(+1100)
神攻 700(+600)
神防 650(+600)
回避 403(+200)
命中 480
残 0
スキル 神眼(B-)
時空斬(S-)
暁を破る光(B-)
※慧は八咫鏡の本来の力を発揮できる為、田川使用時とは異なった数値です。
~田川~
ん?
一瞬、意識が飛んでいた気がする。
どこか遠くへ行きたい…どこか…
どこか…
どこか何てどこにもないっ!
俺は何を弱気になっているんだ。
どうせ変わらないと諦めて、情熱も何もかも失っているじゃないか!
今年は変えよう。できることから始めよう。
いつもより軽い足取りで帰宅し、明日に備えて寝ることにした。
憂欝さは不思議と消えていた。
今年は何か変われそうな気がしていた。
~高天原~
思兼神は下界の田川の様子を見ていた。
「ふむ。田川は田川で穢れを減らしたようじゃの。たった一戦とは言え、無駄にならなかったようじゃな。しかしのう…」
「ケイの振る刀は穢れを断ち切るか…面白くなってきたのう…」
オモイカネの特訓がスタート!