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知識欲の悪魔

「…それは…紙…か?」


時雨が鎌鼬に見せたのはメモ用紙のように小さめの紙だった。


「そう、ただの紙だよ。でも、一番重要なのはこれに書いてあるものなんだよね」


時雨は血で何が書いてあったかわからない紙をポケットにしまい、逆のポケットからもう一枚、同じような紙を取り出す。鎌鼬はその間に右手を左手で押さえながら浮かび上がる。


「さっきの紙にもこれが書いてあったんだ」


時雨が鎌鼬にメモ用紙の内容を見せると、そこには謎の記号や星の形の図形など意味不明なことが書かれていた。それを見せられて鎌鼬は首を傾げる。


「これは…なんだ?」

「あぁ…。そう言えばこの世界には無かったんだったね」


時雨は見せたメモ用紙を見直すと忘れていたことを思い出した。時雨はどうしたものかと思案すると鎌鼬に聞いた。


「鎌鼬…ねぇ、呼びづらいから名前教えてよ」

「…野鎌のがまだ」

「案外簡単に教えてくれるんだね」

「ふん、早く話の続きを話せ」


時雨は笑いながら野鎌に聞くが、野鎌はそっぽを向いてこれ以上は話さないと言った具合だ。時雨は肩をすくめると話を続ける。


「野鎌さんはどうやって妖力を使っているんだい?」

「…あまり意識をしたことはないな、大体はイメージするとこで現象を発生させることが出来るからな」

「まぁ、大体は同じかなぁ…。僕はね、その妖力とは少し違う力…野鎌さんが言うところの違う匂いの力を使って鎌を防いだだけだよ」


時雨はこんなふうにねと、取り出した紙から小さな火球を出現させる。丁度、メモ用紙に書かれている図形の中心からてできた。野鎌は驚きに目を見開きその現象に見入った。


「何もないところから火だと?」

「野鎌さんだって何も起こってないところで風を起こしたりするじゃん」

「確かにそうだが、人の子が使えるはずが…いや、その違った匂いが関係するのか」

「あったり〜」


時雨は拍手を野鎌に送り、野鎌は嬉しくなさそうに顔を歪める。時雨は火球を出したメモ用紙を破り火球を消す。


「僕たちは魔法って呼んでいる現象さ」

「魔法だと?そんな馬鹿げた物を…」

「まぁ、信じるか信じないかは自由にしていいよ。…話を続けるけど、このメモ用紙…これに書かれている魔法陣を媒介にして魔法を行使したのさ」


魔法陣とは魔法の行使を簡略化するものだ。つまりは、詠唱なしで魔法が使えることになる。一見すれば利点しかないが、魔法陣を使うと発現場所を固定され、魔法の種類も固定される。しかも、大規模な魔法を魔法陣を用いて使うとなると、かなりの大きさの魔法陣が必要になる。それにケイウス王国では魔法陣を使わないでの無詠唱の魔法などを使える人がほとんどだった。そうなると、魔法陣などは戦闘中には不向きなものだった。だが、地球では詠唱が不可欠だ、どれだけ小さな魔法にも詠唱が必要になる。そうなれば、魔法陣の使用も少しは利点が増える。


「…正直、よくは分からんが。つまりは、その魔法陣とやらを使えなければ魔法は使えないということなのだな?」

「そうだね」


平然と嘘を吐く時雨だった。そこで、野鎌はあることに気がついた。


「そう言えば…背中の傷はどうした?」

「あぁ、これかい?」


野鎌が言っているのは傷が付いていることではなくいつの間にか時雨の背中から滴り落ちていた血が止まっているのだ。威力が落ちたにせよ、肉が削がれるほどの傷はできていたはずだ。普通なら針で縫わなければならない傷だった。


「魔法っていうのは壊すだけじゃないんだよ…つまりは」


ポケットから別の魔法陣を取り出して、落ちている野鎌の右の鎌を広い、折れたところに貼り付ける。時雨は鎌を野鎌に投げる。


「なんの真似だ?」


野鎌は怪訝そうに返ってきた鎌に貼られている紙を見ている。


「まぁ、騙されたと思ってそれをくっつけてみなよ」


時雨は鎌をくっつけるようにジェスチャーをすると、野鎌はさらに信じられないような顔をしている…ように見える。時雨は仕方なさそうに肩をすくめる。


「確かに、信じられないのはわかるよ。でも、一応言っておくと僕からは攻撃してないし、僕は争う気もないよ」

「背中を切られてまでか?」

「そうだね…まぁ、確かに痛かったけどもう塞がったし、あれくらいは大したことないし…」


未だに信じていなさそうな顔をしているが、野鎌は鎌を風で浮かして、中程から折れた自分の右手を合わせる。すると、鎌に貼ってあった魔法陣が薄緑に光り出す。光は鎌にまで広がり傷口を合わせていた部分が少しずつ繋がっていく。


「これは…」

「魔法は壊すためだけに存在するんじゃないんだよ。どんな傷でも治すことができる…場合によっては死人を生き返らせることもね」

「…恐ろしいな」


身を持ってその効果を実感した野鎌は魔法の有用性に唸る。


「僕もそれで傷を直したんだけど、防御魔法を使うために少し治すのが遅かったからかな、血を流しすぎたよ」


気だるそうに肩を落として時雨が言う。野鎌はそこで、なぜ自分の体を直したのかを疑問に思った。


「それで?なぜ我の体を直した…まさか、万全の態勢で戦いたいというものではあるまい?」

「まさか、そんなわけないでしょう。僕が直した理由なんて単純明快で自分本位な考えだよ」

「…それは?」


時雨は綺麗な笑顔で言う。


「研究材料は新鮮なほどいいからね」


そう時雨が言った瞬間、野鎌は弾けるように後ろ方向へ逃げていった。野鎌はまるで野生の動物のように直感で動いていた。野鎌の直感が時雨を危険なものだと判断させたのだ。野鎌は一心不乱に裏通りを右へ左へと駆け抜けていく。しかも、妖術を使っての加速だ、野鎌はもはや一陣の風となっていた。だが…


「ここらで最高速なのかな…野鎌さん」


すぐ横から声が聞こえる。しかし、野鎌は横を見る暇などなく今度は建物を登っていく。全く足場のない壁を音もなく駆け上がる。


何十階ぐらい登っただろうか、すっかり下に見える街が小さくなってきたところで野鎌は屋上へと躍り出た。しかし、そこでさらに野鎌は驚くことになった。


「いやぁ、確かに速いね。流石に風を操るだけのことはあるよ」


屋上には既に時雨が立っていたのだ。


「お前はほんとに人間なのか…。いや、妖怪だったとしてもありえんぞ」

「僕はれっきとした人間だよ君たちのような爪も無いからね」

「お前みたいな人間が居てたまるか!…手詰まりか…」

「だからさぁ…別に悪いようにはしないって」

「…具体的にはどんなことをするつもりだ?」

「えっ…と、好きな食べ物とかを聞いたり、どんな生活をしているのか…とか、苦手な物とかを聞いたりして、後は…解剖をして内側のものをかんさ…」

「もういい…分かった、もう…分かった」


野鎌は両手の鎌で頭を押さえていた。時雨の想像以上に常軌を一脱した発言に頭痛が起こったのだ。流石にこんなことを聞いて分かったと、ついて行けるわけが無いだろう。野鎌は心を決めて、鎌を構え直して臨戦態勢を作る。時雨は残念そうに最後に念を押す。


「一応、傷跡とか後遺症とか残らないように治すけど…それでも駄目?」


両手を合わせて上目遣いで聞いてくる時雨の姿は、まるで、欲しい物をねだる子供のように純粋なものだったが。野鎌はこめかみをピクピクとさせて吠える。


「いいわけがあるかぁ!」


疾風のように駆け出し時雨との彼我の距離を詰める。


「そうだよねぇ…」


時雨は心底残念そうに呟いて、迫り来る野鎌を見据える。野鎌は右の鎌を振るい時雨の体を斜めに両断しようとする。野鎌の速度は先ほど時雨を襲った時よりも遥かに速く、そして鋭い。だが、なんと時雨は魔法を使うことなく冷静に鎌をよける。まぐれではなくちゃんと視認してからよけている。野鎌はその後に何度が時雨を切りつける斜めから、縦から、横から、フェイントを加えての攻撃も全てかわされてしまう。野鎌はこのままでは無理だと判断して、一旦距離を取る。


「降参かい?」

「馬鹿を言う」


野鎌は深く息を吐くと、急に野鎌の周囲に妖力が満ちていく。いや、野鎌が妖力を吸っているのだ。野鎌が妖力を吸うごとに野鎌の体が一回り、二回りと大きくなっていく。


「ほう、これはこれは…」


野鎌が大きくなるにつれて腕や足、胴体などが太くなっていき、いまでは、発達した両足で立っている。1m程しかなかった野鎌の体は時雨と変わらないほどに大きくなり腕は細かったが鎌が肘のあたりに移動して手が出来上がっている。例えるのならば人狼のような風貌で理性のタガが外れたかのように真っ赤な瞳と獰猛な牙が時雨の方を向いていた。

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