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借金返済

「借金を返済しに来たんですよ」

「はぁ?」


 時雨の爆弾発言のあとに声を発したのは誰だったのか、それすらも分からなくなるほどに時雨の発言はおかしいものだった。1000万だ…一介の学生に払える金額ではない、例えその発言が嘘だとしてもこの状況でそんなことを言えるのはかなり神経が太い人間なのだろう。真っ先に戻ったのはやはりここのまとめ役らしい名倉だった。


「…借金を返す?嘘を吐くにしても状況を考えていった方が身の為だぜ?ガキンチョ」

「ご心配ありがとうございます。でも、僕は嘘を吐いていませんので」

「…んだと?」

「はぁ…。まぁ、言っても信じないでしょうし実際に見せますよ」


 時雨はそう言い、未だに固まっている松田の隣を抜けてソファに座る。対面の名倉を見据えて、そして、指を合わせて


 パチン!


 と、指を鳴らす。すると、いつもの時雨の分身体ではなくソファの前の机の上に札束の山が現れる。


「!?」


 机の上には元からなにもなく、もちろん下には何も仕込んではいない。急に机の上に現れたのだ。名倉は蝶の時よりも明確に分かり易い、常軌を逸した光景に今度こそ声を上げて硬直する。時雨はこの顔が見たかったと、言わんばかりに満足してニンマリと笑う。時雨は数秒間反応を楽しんだあとに話を繋ぐ。


「これで信じてくれます?」

「ぁ…あぁ、いや!まずは金を確認してからだ。おい松田!いつまで固まってやがんだ!てめぇらも手伝いやがれ!」

「「「へ…へい!」」」


 流石はまとめ役だろうこんな超常現象を目の当たりにしたというのに数分間でまともな思考をするまでに戻った。ほかの三人はまだ、ショックから立ち直れていないのか金を数える手は震えていた。対してこの状態を巻き起こした張本人はというとご満悦した表情で悦に浸っていた。


 しばらくの間はパタパタとお札を捲る音だけが流れ続け、そして、パタンと鳴り止んだ。


「どうだった?」

「250万…偽札はありませんでした」

「…同じく」

「…こっちも」

「…そうか」


 名倉は両手で顔を覆い拭うように手を動かすと。時雨を見つめる。


「締めて1000万丁度、偽札はなし…確かに借金分だな。…だが、こんな大金どこで手に入れたんだ?」

「入手元を聞きますか」

「俺達だって危ない金には手をつけたくはないしな…それに正直お前みたいなガキが正規の方法で金を手に入れたとは考えにくい」

「金の出し方もおかしいですけどね」

「松田、お前は黙ってろ」


 松田がぼそっと呟く。名倉は苦笑いをしながらも松田を黙らせ、松田は不服そうな表情をするが意見はしないようだ。時雨は顎に指を当てて思案する。別にこのことは正直に言っても良いのだが問題は名倉たちが信じるかどうかだが。


 -まぁ、ここまで魔法を見せたんだし今更ってところもあるよな…。一応口止めをしておかないといけないし、記憶を消したら元も子もないしね。


 時雨は顔を上げて言う。


「このお金は信じられないでしょうが僕が働いて稼いだお金なんですよ。まぁ、正確に言うと僕は働いてないんですが…」

「働く?しかも自分は働いてないだぁ?」

「そうです。つまりこういうことですよ」


 時雨は右手を挙げて周りの人に見えるように指を合わせる。それに気づいた松田と名倉は心底嫌そうな顔をしていたが止めるわけには行かなかったのだろう。


 パチン!


 時雨はまた指を鳴らし名倉たちは何が起こるのか周囲を確認したが、名倉たちは特に何も変わったことがわからなかった。


「そこじゃないですよ。そっちです…そっち」


 時雨はこの部屋で仕事をするときに名倉が座っていたところを指さす。名倉たちがそちらを見ると名倉の椅子のところには何故か時雨が座っていた。視線を元に戻すと前には時雨が…。そして、状況を理解した名倉は顔から血の気が失せていき顔が真っ青になる。松田達も名倉と同じようになっていく。


「…二人…いる?」

「え!?…ぁ…ぅぁ…なん」

「「…」」


 サングラスと白髪は完全に思考停止してしまったようだ。松田は許容量を超えて意味不明なことを呟いている。それもそうだろう、蝶が消えたり、何もないところからお金を出したり、挙句の果てには時雨が増えたのだ…混乱しない方が異常だろう。


「ちょっと待ってくれ…少しだけ整理する時間をくれ」

「どうぞどうぞ、お好きなだけ」

「ぁ…かぁ」


 松田はまだ、自分で見たものを信じ切れていないようだ。名倉はどうにか情報を咀嚼し細かくして消化しようとしているのだがなかなかに飲み込めずに吐き出している…そんな感じだ。名倉の椅子に座っていた時雨の分身体は名倉たちがあたふたとしている間に時雨の隣の席に座っていた。時雨と分身体を比べてみると時雨は行儀よくソファに座り、分身体の方は腕と足を組んでキョロキョロと落ち着きがない様子だ。名倉は対称的であって同じ二人を見比べて、結局は整理がつかなく二人を別人として思うことにした。


「OK…。分かんないが分かった。つまり、これはお前ってことだな?」


 名倉は分身体の方を指さして問う。分身体は何故か指をさされたにもかかわらず手を腰にやって胸を反らして威張っている。意味がわからない。


「こんなのと一緒にしないで欲しいですね」

「こんなのって…お前と同じ外見じゃねぇか」

「そうだぜ兄貴!」


 名倉は要領を得ない解答に頭をひねり、さらに分身体も会話に混ざってきたものだから更に頭を悩めるはめになった。


「そうですね…名倉さん、人の性格とか人格を定めるのは何が要因だと思います?」

「そりゃあ…記憶…というか、経験だろうな」

「そう…そして、この分身体には適当な記憶を作って埋め込んであります。つまりは、僕とこいつは別人と言っても過言ではないんですよ」

「そういうこった」


 またも分身体が威張って言う。まるで、子供のように自由な性格のようだ。時雨と用紙が同じなだけにかなりシュールだ。流石に分身体の行動が琴線に触れたのか時雨は分身体の鼻先に裏拳をかまし、分身体が霧散する。


「こんな具合に錬金術は使ってないのでかなり脆くはあるのですが最低限のことはできるので数が必要な時には重宝しているんですよ」

「れんき…いや、これ以上は聞かないでおこう…で?頭数は沢山いるようだが結局はどんな仕事で稼いでいるんだ?」

「色々ですよ。会社の経営やら大統領の補佐の手伝いやらね」

「待て待て待て待て待て待て!おかしいのしか上がってないぞ!どっちも学生がやるような仕事じゃないだろうが!」

「いや〜、人生どう転ぶか分かったもんじゃないですね。まぁ、どっちも顔を出さなくてもいい仕事なんでやっているんですよ。割もいいですし。そのほかにも数件はやってますけどね。あ、ちなみに会社名はミークルと言うんでよければ御贔屓に」


 名倉は聞いてねぇよと、顔を伏せて頭を抱える。もはや時雨の規格外さにツッコミも追いつかないようだ。すっかり覇気のなくなった顔を上げて最後の確認をする。


「これで最後の質問にしようか…俺の体力が持たん」

「疲れることなんてしてないんですけどね」

「うっせえ、お前のせいでこちとら三人も再起不能になってんだ…。で、なんで借金を返そうと思ったんだ?お前、銀杏の仕事について知ってねぇのか?」

「銀杏さんの仕事?…いいえ、聞いても教えてくれそうになかったので」


 時雨は朝の会話を思い出し銀杏の反応を考える。銀杏は変なところで頑固だそういった事はなかなかに教えないだろう。


「まぁ、そりゃそうだろうな…で?なんで返済しようと思ったんだ?」

「何でって…。これから住むのにいきなり引き払われたら元も子もないじゃないですか」

「そうか、人間らしい解答でよかったよ」


 名倉はそう言うとソファから立ち上がり未だにポカーンとしている三人を殴ってから自分のデスクへと移動する。デスクの引き出しを開けて中に入っていた書類を数枚引き出して机の上に置く。


「さてと、これが借金の明細書で…こっちが契約書だ」

「…あと、銀杏さんのサインがある契約書も持ってきてもらえませんか?」

「あぁ?まぁいいが…何に使うんだ?」

「いえ、ただ見るだけですよ…」


 また、デスクへと戻っていった名倉を尻目に時雨は借金の明細書に目を通していく。そこには元金100万、利子9900万と書いてある。明らかに暴利だ。


「これはこれは…」

「文句があるんだったら馬鹿な契約書にサインをした誰かさんに言いな…ほら、これが銀杏がサインした契約書だ。シュレッダーに掛けてなくてよかったな」

「さようで」


 時雨は呆れてもう言葉も出ないようだった。さっさとサインしてしまおうと銀杏のサインを凝視して契約書にサインしていく。契約者名には忽那 銀杏と筆跡を完全に真似て…。


「…どういうつもりだ?」

「僕はまだ未成年ですからね。代わりに銀杏さんの名前を借りただけですよ。なにか問題でも?」

「…いや、いいだろう。これで契約成立だ」


 時雨から契約書を取り上げて明細書などと纏めてデスクの引き出しに戻す。時雨は伸びをして深く息を吐く。


「それでは、僕はお暇しますね」

「あぁ、早く帰れ」

「酷い扱いですね…。まぁいいや、では皆さんさようなら」


 時雨は最後に深くお辞儀をして部屋を出る口元を歪ませながら。

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