沢松金融会社
路地裏に入り、入り組んだ道を時雨は進んでいった。今日初めてこの道を通るというのに時雨は迷うことなく右へ左へと曲がっていく。目的地に着くまでに時雨はメモ帳を取り出して数ページ破ったあとに何かを書き込んでいく。やがて、時雨はある建物の前で足を止める。そこには(沢松金融)と書かれた看板がある建物が立っていた。そう、忽那がお金を借りている金融会社だ。
-案外遠かったなぁ…。さてと、どうやって訪問しようかな相手にとっては初めて見る相手だろうし…まぁ、正面から行って駄目だったら無理矢理行くかな。
時雨は建物の中に入っていく。ここに店を構えているといっても建物全体ではなく三階の部分しか使っていないようだった。他に借りる人がいなかったのか、あの金融会社のせいなのかは知らないが時雨にとってはあまり人目がなくて好都合だった。
時雨は三階まで登り、沢松金融と横に書かれている扉の前に立ち呼び鈴を鳴らす。
ピーンポーン
鳴らした後にしばらく待っていると扉の奥からドタドタと走ってくる音が聞こえた後にドアノブが捻られて扉が開いた。
「はいはい、沢松金融にようこ…そ」
営業スマイル全開で出迎えてきた三白眼の男は時雨を見るなり顔を歪ませて定型文のようなセリフを言い切る。時雨はそんな男に満面の笑みで挨拶をする。
「初めましてちょっと借金のお話でやって来たのですが」
「お前みたいなガキがか?」
「はい」
「けっ!初めてのお使いにしては早いんじゃないかなぁ?お嬢ちゃん」
「まぁ、そうですね。少なくとも僕はこんな所が必要になることは一生ないでしょうしね。それと、僕は男なのでそこのところはお間違えないように」
時雨の皮肉のこもった言い方に頬を引きつらせ、今にも殴りかかってきそうな剣幕で時雨を見ていた。
「さてさて、もうお昼ですし早めに要件を済ませたいのですが…忽那孤児院の担当の人はいますか?」
「忽那孤児院だぁ?お前となんの関係があんだよ」
「あなたがさっき言ってたじゃないですか…お使いに来たんですよ」
「あぁん?」
男は時雨を値踏みするかのように観察していると部屋の奥から声が飛んできた。
「おい松田!何してんだ!客なら早く通せ!」
「ですけど沢松さん。こいつ沢名倉さんに用があるって…」
「俺にだ?…とにかく通せ、話はこっちで聞く」
「…分かりました。ほら入れ」
男は時雨に入室を促すと自分も部屋の奥に行ってしまった。
「お邪魔します」
男について行くように奥へ行くと部屋にいた三人の人が一斉に時雨のことを睨んでくる。サングラスをかけた男に白髪の男、それに孤児院を訪れていた男がいた。きっとこの人が名倉と言う人なのだろう。どうやら今ここにいるのはこの四人だけのようだ。時雨は立ったまま礼をして自己紹介を改めてした。
「初めまして刻遡 時雨と言います。今日は忽那孤児院の借金の話についてお話があってきました」
懇切丁寧に自己紹介を終えると周りの目はさらに怪訝なものに変わった。それもそうだろう、忽那孤児院の借金は1000万だったはずだ。こんな子供が払いに来るわけが無いし、あの銀杏のことだ子供を使いに出すはずもない。男たちはさらに困惑しただろう。
「ふ〜ん…と、言うとなんだいお前さんあの孤児院となんか関係があるのかい」
名倉が聞いてくる。
「そうですね、関係者というか当事者というか」
「当事者だぁ?て〜とお前さんあの孤児院に住んでんのか?」
「そうです。正確には昨日から住まわせてもらっていますけど」
「昨日…そうか、あの会話を聞いていたのか…盗み聞きとはいい趣味をしてんなぁ」
「あはは、よく言われます」
ケラケラと笑い名倉の皮肉を軽く受け流す。名倉は面白くなさそうに腕を組み時雨を凝視する。
「まぁ、とりあえず立ち話はここまでにしてそこに座りなよ」
名倉は椅子から立ち上がり部屋の隅にある二つのソファに座るように促す。名倉もそちらに座るようだ。
「失礼します」
必要はないだろうが一言断ってからソファに座ろうとする…が。
「待ってください名倉さん!こんなガキの話を聞くって言うんですか!?」
「…何が言いたいんだ?松田」
松田は時雨の前に立ってソファに座らないように邪魔した。名倉は松田を睨みつけ問う。
「何って…こんな怪しげな野郎と話すことはないでしょう!?」
「それは俺が決めることだ、お前は黙って仕事に戻れ」
「でも、こんなのはビジネスじゃない。ただのガキの戯言ですよ!」
「なんでそう言い切れる」
「あの孤児院の銀杏がガキを使いによこすわけもないでしょう?あの善人を地で行く野郎ですよ!」
どうやら、銀杏の善人具合はそこら中に知れ渡っているらしい。興奮気味に松田が名倉に指摘する。そこで時雨が松田のほうを向き二人の会話に口を挟む。
「言っておきますが僕は銀杏の支持でやってきたわけではないですよ」
「あぁん?銀杏に教えてもらってないんだったらどうやってここまで来たんだよ?」
「あぁ、それなら…」
時雨は名倉の方を向き右手を伸ばす。
「てめぇ、何してんだ?」
「これに案内してもらったんですよ」
そう言うと、時雨のパーカーの袖から一匹の青い蝶が飛び出てきた。いや、蝶というには平たすぎ、まるで水彩画で書いた蝶がそのまま飛び出してきたかのような姿をしていた。
「んだ、この蝶は?」
「この蝶はこっちの言葉では案内蝶言ってね。これと、もう一匹使って互の居場所を教え合うんですよ」
そして今度は名倉の襟元から紅い蝶が飛び出し時雨の手の甲に二匹とも留まった。時雨は右手を翻すと蝶は消え去り時雨の手には何も残っていなかった。時雨以外の人達は呆然とその光景を見ていて自分の襟から蝶が出てきた名倉も今見たものが信じられないと言った具合だ。すると、松田が時雨を指さして聞いてくる。
「な…なんだそれは?」
「なんだ…と、言われましても」
「なんなんだ今の蝶はあんな蝶見たこともないぞ。それにどこに消えたんだ…」
「だから言ったでしょう?あの蝶は案内蝶…ここまで案内してきてくれた蝶々で、消えたのは僕が消したからですよ…こうやってね」
時雨はまた右手を翻し、今度は逆に2匹の蝶を出し松田の頭に留まらせる。松田は呆然として固まってしまった。
「するってぇとなんだ?お前さんは魔法使いか手品師なのかな?」
「まぁ、そこらへんはあなた方のご想像にお任せしますよ…。言っておきますけど僕は嘘はついてせんよ…って、言っても信じないでしょうけどね」
名倉はソファの上で腕を組み目を瞑ってさっき見たことを整理しているようだ。サングラスと白髪の男はヒソヒソと話し合い、松田は未だに固まっていた。しばらくすると名倉が咳払いをして時雨に言う。
「そうだな、お前がここに来た方法はこの際どうでもいい。その変な蝶に連れてきてもらったにせよ…な。今、重要なのは孤児院の話だ…お前は結局、借金をどうしたいんだ?」
「そんなの決まってますよ…」
時雨はそう言うと名倉に向かって優しく微笑む。見ようによっては詐欺師のようにも見えたであろう完璧な笑みで言う。
「借金を返済しに来たのですよ」
そう言うと、この部屋から音が消えた。