初めての体験
「さぁ〜て、と出発しますかぁ」
銀杏に髪を直してもらったあと、自室に着替えに戻っていた。銀杏はすぐに着替え終わり先に出かけたようだ。
時雨はリビングを出るときに銀杏の服を渡されて、それに着替えるように言われていた。時雨としては昨日着ていた服でも良かったのだが選択してしまったらしい。渡された服は紺のジーパンに白のシャツ、青いカーディガンと黒のパーカーだった。本当に銀杏の服なの疑問だったが、銀杏はもう出掛けてしまって聞けなかった。
服を着替えた後に玄関まで移動し、靴を履いて扉を開ける。
「さてさて、ここら辺の地理は覚えたし。目的地に行く前にいろいろと見て回るかな」
孤児院が立つ一帯は分身体の一人に頼んで調べてもらっていた。自分の分身なのに頼むとはこれ如何に。時雨はとりあえず都心の近くまで歩いていくことにした。孤児院は都心から少し離れていて近くの駅まで行くのにも数十分はかかる。幸いに幼稚園や小中学校は近いので子供達にはそこまで負担がないらしい。
-まぁ、のんびり行くのもいいかなぁ。ヤバくなったら全力疾走で行けばいいし。
時雨自身も分身体には劣るがかなり速く走れる。短距離走の選手が顔を真っ青にするレベルだ。時雨はのんびりと歩きながら町まで向かっていった。
…しばらく歩いて行くと住宅やコンビニなどの町並みが見え始めた。
-てか、孤児院って本当に森の中にあったんだなぁ。
後ろを振り向くと森に囲まれた道が見え、道が曲がったりしているせいで孤児院は全く見えなかった。
-こんなんじゃあ人なんか来ないだろうなぁ。…まぁ、来ても借金取りとかだけどね。
時雨は肩を落としながら前に向き直して、また歩き出す。一軒家にアパートやマンションなどの人が住むための建築物やコンビニや学校などの建築物。分身体で得た情報で知った物がたくさん立ち並んでいた。
-分身体を通しては見たことがあったけど、実際に見てみると大きいなぁ。それに学校かぁ…ここに雫と朔那がいるのかな?
時雨が見ていたのは如月小学校の校舎だった。この近くには同名の中学校があり、少し遠くに高校がある。今日は平日なので校舎にも生徒がいるはずだ。というよりも平日なのに普通なら学校に行っているはずの時雨は周りから見たら不良か浪人生にでも見えているのだろうか。
-おや?もう終わりなのかな?
眺めていた小学校からは生徒が出てきた。まだ、昼も回っていない時間帯だが学校が終わったらしい。
-…おっと、雫たちに見つかったら行きにくくなるし、見つかる前に移動しようか。
校門から出てくる小学生から視線を外して向かっていた方向に歩き出す。幸いに雫や朔那達などの見知った顔は見えなかった。時雨は道路沿いに歩いて行くと街並みが変わっていき、今度はレストランやゲームセンターなどの店が立ち並んでいた。
-ここら辺は平日でも賑やかだなぁ。休日だったらもっと賑やかになるのかな?
レストランには昼前ということもあって半分以上は埋まっていて、お客は会社員などが多かった。時雨はレストランには寄らずにいろいろと見回ることにしていた。朝食はさっき食べたばかりだったので食べる気にはならなかったらしい。
-う〜ん、ゲームセンターかぁ…。行ってみるかな。まだ、見たこともなかったし。
時雨の分身体は主に情報収集が仕事だったのでゲームセンターなどには入ったりしていなく何げに忠実に約束事は守っていた。
ゲームセンターの中は外とは違いかなりの音量で音楽がかけられていた。時雨は思わず耳を塞いでしまうがこれからのことを考えると慣れておかないと辛くなると思い我慢することにした。
-にしても、目に優しくない光だなぁ。なんでこんな所に人が集まるんだろう?ジャンクフードを好んで食べるみたいな感じかな?点まるで誘蛾灯だな。
嫌な例えを頭の中で考え、騒音で顔を顰めながらも周りを見渡しながら奥へと進んでいく。
-シューティングゲームにリズムゲーム、UFOキャッチャーとかいうのもあるのか。どれからやってみようかな…?
とにかく悩んでいても仕方が無いと思い手近にあったリズムゲームをやってみることにした。
-これは…ドラムを使って遊ぶのかな。ドラムとかって誰でも叩けるものなのかなぁ?まぁ、僕の場合は反射神経で補うしかないか。
時雨は椅子に座って財布からお金を取り出して機械に投入する。お金を入れると両隣のスピーカーから音が鳴り始めて更にうるさくなる。気休め程度にフードを被り画面を眺める。
-うるさいなぁ。う〜ん…と、ドラムで曲とかを選択するのか…この星の量が難易度になるんだよね。じゃあ、一番簡単な星10のやつにするかな。にしても、操作説明は…あぁ、下に書いてあった。
操作説明を覚えるとロードが終わり音楽が始まる。音楽はリズムが速く、画面には本当に人が叩けるのかと言いたくなるような量のマークが画面左から右へと流れていく。実際にこの曲は人がドラムを叩けるぎりぎりの早さで流れきていて、世界中でもノルマをクリアした人は十人もいなかった。のだが…。
-お〜、早い早い。…でも、なんだか物足りないなぁ…。やっぱり一番簡単な曲だったからかな?
平然と涼しい顔でドラムを叩き続け全てをパーフェクトで叩いており、コンボと合わせてスコアが凄いことになっている。今日が休日だとしたら時雨の周りには多くの人だかりが出来ていたことだろう。
やがて曲が終わると「パーフェクト!」と機械から流れ出しスコアの精算が始まる。フルコンボの上にフルパーフェクト、スコアは間違いなく最高点になってしまった。続いてランキングに登録するために名前を記入することになり、時雨は特に考えもせずにSHIGUREと記入して1位にランクインした。
-まぁ、一番簡単な奴ならやってる人も少ないか。
椅子から降りて次にやるゲームを探すために歩き始める。だが、そこで後ろから声がかかる。
「やぁ、そこのお嬢さん」
「なになに一人?」
「学校は?もしかしてサボりか〜い?いけないなぁ」
「ギャハハ!それは俺らもだろうが!」
「そうだったそうだった!」
「それじゃあさ、サボリどうし仲良く遊ばないかい?」
時雨の後ろから聞こえた声は3人。時雨は誰かが絡まれているのかと思い後ろを振り向くが後ろには小太りした男と痩せた男、そしてアフロの男が一人居るだけで女の人はいなかった。時雨はきっと集団で独り言を言っているのだろうとまた歩き出す。
「えっ!?無視ですかぁ?」
「にゃはは!振られてやんの!」
「どんまいどんまいきっとチャンスはまだあるさ」
「慰めてんじゃねぇよ!てか、おい!この糞アマ!こっち向けってんだよ!」
時雨は後ろから肩を掴まれて引っ張られる。なぜこんなことをされるのか分からない時雨は素直に後ろを振り向くとアフロの男が時雨の方を掴んでいた。
「おうおう、よく見ると綺麗な顔してんじゃねぇか」
「こりゃあ、あたりを引いたかね」
「いや〜、今日は学校をサボったかいがあったなぁ」
そこでようやく男たちが時雨のことで話をしていたことに気がついた。
「あぁ、僕のことを呼んでいたんだね」
「僕だってさ!男みたいなしゃべり方するやつだな」
「俺は男勝りな女は好きじゃないなぁ」
「俺はアリかと」
「てめぇらのことなんか聞いてねぇよ!」
「え〜っと、漫才なら他でやってくれます?」
「「「誰が漫才なんかやるか!」」」
時雨は素直に思っていたことを伝えたのだが、3人にはお気に召さなかったらしい。時雨はわざと3人に聞こえるようにため息をついてから言う。
「というかさ、僕女じゃなくて男なんだよね」
「えっ!?マジで?」
「まさかの男の娘!?キマシタワー!」
「残念だったなアフロよ」
「アフロ言うな!好きでアフロなんじゃねぇよ!これはな、ある事件に巻き込まれた時にこうなっただけでな。ある事件というのは…」
「いや、あんたのアフロへの経緯はどうでもいいんだけど、というか、もう行っていいかな?僕も暇じゃないんだよねぇ」
あからさまにめんどくさそうな顔を作りアフロに言うが、自分の語りを邪魔されたのが不満だったのか顔を赤くしながら怒鳴ってくる。
「あぁん?ここまで馬鹿にされて帰せるわけねぇだろが!」
「いや、馬鹿にしたも何も勝手に性別を間違えて、勝手に語り出しただけでしょうが」
「そうだな、しつこい男は嫌われるぞアフロ」
「アフロの時点でどうかと思うぞアフロ」
「うるせぇよお前ら!てか、なんであいつの援護するんだよ!?」
アフロは半泣きになってほかの二人に向かって喚き叫ぶ。時雨は面倒くさくなってきてこのうちに3人から離れようと動くが。
「おいコラ!待てや!」
「まだ何かあるの?」
「ふふ、ナンパが失敗してしまった今、今度はカツアゲだ!有り金全部置いてけや!」
「おぉ、やるなぁ」
「悪い奴だなぁ」
「いいから、お前らも手伝え!」
「「へいへ〜い」」
「やる気を出せ!」
「いつまでこんな漫才を見せられるんだろう」
内心辟易としていた時雨は冷たい目をしてアフロ達の行動を見ていた。三人は時雨を取り囲むように移動して言ってくる。
「さぁさぁ、痛い目にあいたくなかったら金を置いて行きな」
「「な!」」
「嫌だと言ったら?」
「え!?え〜…と、あっそうそう俺の隠し持ってるナイフが火を吹くぜ!」
「「ぜ!」」
「お前らさっきからうるさい!」
「ふむ、別に刺してもいいけどここって監視カメラが回ってるからすぐに捕まると思うよ?」
「え!?」
完全に考えていなかったのだろうアフロは顔を真っ青にさせてキョロキョロと辺りを見渡す。時雨はアフロの後ろを指さして言う。
「ほら、お前の後ろに店員さんが…」
「すっ…すいませんでした!つい、出来心で!」
アフロは素晴らしい速度で振り返り土下座をする。もう少しアフロに度胸があったらバレた嘘だが、想像以上に肝っ玉が小さい男だった。時雨は男たちがアフロの後ろを向いている隙にデブとガリの頭を掴んで言葉を紡ぐ。
「死神の鎌…意識の糸…意識を刈り取り悠久なる眠りを」
言葉を紡げば二人の男の目が白目へと変わり膝から崩れ落ちる。本来は意識ではなく生命を刈り取る魔法だが地球では殺しは御法度だ。時雨は少しだけ魔法にアレンジを加えて効果を変更したのだ。
「あれ?誰もいねぇじゃねぇか!脅かしてんじゃ…ね…え?お前…そいつらに何をした…んだ」
「何って…ちょっと気絶してもらっただけだよ?」
青い顔から赤くなり、こっちを見るなり白くなったり忙しい顔をしているものだ。
「き…気絶って…。お…お巡りさ〜ん!助けてくださ〜い!」
「いや、お前が呼んだらダメでしょ」
呆れながら言うと、さっきの二人と同じように頭を掴み同じ魔法を使う。
-アフロだと掴みづらいな。
などと考えてはいたが、魔法はしっかりと発動しアフロは床に倒れた。
-さてと、誰か来る前に早く行こうかな。
アフロを飛び越えてゲームセンターの出口に向かって歩き出す。あの不良達に合って良かったことはゲームセンターの騒音が気にならなくなってきた事ぐらいだった。
-僕も着実に染まってきてるなぁ。