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拳暴術枢

 僕はすすり泣く直枝に近づき、肩を軽く叩いた。

「直枝、泣いてる場合じゃないよ。ここから生きて帰るんだ。みんなで家に帰ろう」

 直枝は涙と汗とほこり、その他さまざまなものでグシャグシャになった顔を上げ、うなずいた。

「直枝、お前の下の名前、何ていったっけ?」

 突然、明が聞く。

「え……り、鈴だけど」

「鈴か。いや、友だちとは名前で呼びあったりするんだよな。オレたちくらいの年齢で、本当に仲の良くなった間柄だと。前にライトノベルで読んで、知ってるんだよ」

 明は真顔で、そんなことを言った。

「ラノベ!?あんたラノベなんか読むの!?」

 鈴がこの状況に似合わない、すっとんきょうな声をあげる。

 そして口を覆いながら、クスクス笑い出した。

 つられて、僕も笑い出した。

 明にラノベ……。

 何だよそれ……。

 まったく似合わない。

 某ホッケーマスクの怪人がアニメキャラの萌えグッズを身につけるのと同じくらい変だ。

 あるいは……。

 某ヤクザ系の顔面凶器な俳優がチョコレートパフェを食べるのと同じくらいに変だ。

「な、なんだよ……そんなにおかしいか?日本に来た時、日本の高校生はこういうのが好きだからって叔母さんに勧められて、それから読むようになったんだけどな……」

 明は照れながらも、どこか嬉しそうだった。

 そう言えば、僕はこんな風に他の生徒と笑いあうのって……。

 初めてだ。

 これが友だちというものなのかな。

 そう思いながら、今度は鈴を見る。

 鈴の笑顔を、初めて見た気がする。

 いや、それを言うなら、明のこんな笑顔も……。

 みんなで、こんな風に笑いあうって……。

 いいものだな……。



「鈴、とりあえずこれを食べとけ。それから、これを飲んどけ」

 ひとしきりみんなで笑いあった後、明が男たちの持っていたペットボトルの水と菓子のような物を差し出した。

 鈴はひったくるようにして受け取り、むさぼるように食べ、飲んだ。

「鈴、食べながらでいいから聞いてくれ。翔もな。オレたちは奴らと決着をつける。このまま放っておいたら、奴らはオレたちをつけ狙う。奴らはオレたちの名前を知ってる。石原高校の一年A組だってこともな――」

「あいつらは結局、何者だったの?」

 明の言葉をさえぎり、鈴が尋ねる。

「よくわからんが、おそらく殺人マニアの集まりかなんかだ」

「殺人マニア?」

「そうだ。さっきオレがあちこち探っていたら、集会所みたいな所があった。そこに行って、窓からのぞいてみたら、八人の男がいたんだ。何やら、今回の作品はどうとか、死体の保存が何とか、そんな話をしていた。そのうち五人は、今は死体になって転がっているけどな」

 明は表を指差す。

 僕が殺し、表に運んだ奴も含め、死体が五体。

「じゃあ、あと三人いるのか……」

 僕は呟いた。

「そうだ。だが問題なのは、その八人の中に、さっきのボクサーと力士はいなかったって事だ。となると、他にもいるかもしれない。あと何人いるか……」

 明はそう言って、僕と鈴の顔を交互に見る。

「そこで、オレの考えはこうだ。あと何人いようが、とにかく、その三人とは決着をつける。で、残りの連中の事は、その三人の内の誰かに吐かせる。その後は安全そうな場所で待機。明るくなったら下山だ。もちろん、ちゃんと掃除はしていくがな」

「残りの奴らは?どうすんの?」

 僕が尋ねると――

「そいつはもう仕方ない。とにかく、まずはここを出よう。生き延びるのが先決だ。必要なら、あとでケリをつける。そのために吐かせる――」

「ねえ、他の三人はどうなったの?上條と、佳代と、優衣は?」

 食べ終わった鈴が、真剣な表情で聞いてきた。

 僕と明は、その場で固まってしまった。

 何も言えなかった。

 沈黙の空気が、その場を支配する。

「みんな死んだんだね」

 鈴はポツリと言った。

「そうだ」

 明が答える。

 やっと元気になったはずの、鈴の目から涙がこぼれ落ちる。

 唇を噛み締める鈴。

 僕は何も言えなかった。こんな時に、ありきたりのなぐさめの言葉くらいしか思い付かない自分が嫌になった。



「ねえ、あたしも連れていって」

 目を真っ赤に泣きはらした鈴が、震える声でそう言った。

 明は黙ったまま、鈴の顔を見つめる。

「足手まといにはならない……奴らは許せない……連れていって……」

 鈴は殺意を秘めた目で、明を見た。

「わかった。ただ、一つ覚えておけ。始まったら、後戻りは出来ないからな」



 僕たち三人は、慎重に歩いた。

 月明かりと、所々に設置されているライトの光を頼りに、ゆっくり、そして静かに歩く。

「あれだ」

 前を歩いていた明が立ち止まり、前方の建物を指差す。

 遠くからでも、煌々と明かりがついているのがわかった。

 僕たちは、慎重に近づいて行く。

 建物は、古い学校の教室のような造りだった。木造の木の引き戸に、木の椅子がいくつか、黒板と机、小型の石油ストーブ、電池式のランタン。

 だが、僕たちにはそんなものを見ている余裕はなかった。

 その部屋の中央にあったものは――

 人体の胸像だった。

「さっきはこんなのなかったぞ……お前は見るな」

 明が鈴の目をふさぎ、後ろを向かせる。

 鈴は震えながら、おとなしく従った。

 僕は部屋に入り、用心しながら死体を観察した。

 死体は腰から下が切断され、丸いテーブルの上に乗せられていた。さらに、腕も切断され、切断箇所は綺麗に縫いつけられていた。両目はえぐり取られ、ぽっかりと穴が開いていた。大きく開けられた口の中には何かが詰められていた。 よく見ると、それは人の握りこぶしだった。

 奴らは、こんなものを作っていたのか……。

 異常だ。

「明、鈴と一緒にそこで待ってて。僕は他の部屋を見てみる」

「待て、三人で行こう。一人は危険だ。鈴、部屋の中央に――」

「大丈夫……だから」

 鈴は死体から目を逸らしながら、部屋を横切る。

 だが、残りは一部屋だけで、そこには何もなく、人のいた気配もなかった。

 僕たちは、死体のあった部屋に戻る。

「奴らは……キチガイだ。明――」

 僕が言いかけた時――

「君たち!さっさと出てきなさい!」

 外から男の声がした。

 僕は振り返り、窓から外を見る。


 三人の男がこちらに向かって歩いてきていた。

 一人はさっきの力士ほどではないが、それでもかなりの大きさだ。岩を連想させる体格の持ち主だった。耳は潰れ、餃子のようになっている。もう一人は、何とも言い様のない、奇怪な風貌をしていた。背は僕と同じか、やや高いくらいだが、肩幅が広くガッチリしていて、頭には髪の毛が生えていなかった。鼻は曲がり、片方の目は妙にゆがんでいた。

 そして最後の一人は、ただのサラリーマンにしか見えなかった。

メガネをかけたスーツ姿のその男を見て、こんなキチガイ集団の一員だとは誰が思うだろう。

「翔、鈴、行くぞ。奴らをブッ殺して、さっさと家に帰ろう」

 まず明が立ち上がり、僕と鈴もそれに続いた。


「あんたたち一体なんなのよ!」

 外で向き合うと同時に、鈴がわめいた。

「んー、狩人兼彫刻家ってとこかな」

 サラリーマン風の男が答える。

 鈴の顔がゆがむ。

「私の名は徳馬。こっちの二人は黒崎と花岡。我々はね、人の生と死をテーマにした芸術作品を創るサークルに所属しているんだ」

 徳馬と名乗った男はそう言って、ニヤリと笑った。

「ところで君たち、派手に殺ったなー。いや殺り過ぎだよ君たちは。大したもんだ。さすが、あの大事故を生き延びただけのことはある。実に見事だ――」

「その生き延びたうちの三人を殺したのは、あんたらじゃねえか」

 明が静かに言った。

 そして――

 突進した。


 僕は一瞬、迷ったが――

 まず徳馬の方に向かって行った。

 だが、花岡と呼ばれたガタイのいい男に阻まれる。花岡は僕の鉈の一撃を、前腕で難なく受け止めた。

 この男はベストだけでなく、腕にも――

 そう思った瞬間、花岡の強烈なパンチが僕を襲う。 凄まじい痛み――

 思わず、鉈を落としてしまった。

 意識が飛びそうになるが――

 耐えられる?

 大丈夫だ。

 そうだ。

 僕はいじめられっ子だったんだ。

 もっと酷く殴られたこともある。

 殴られるのは慣れっこだったじゃないか。

 耐えるんだ。


 僕にとって幸いだったのは、相手がグラップラーだったことだ。

 体格差からいって、もし打撃を得意とするストライカーだったら、最初のパンチ一発でケリはついていただろう。

 だが、いくら体重が重く力が強くても、力任せに振り回す手打ちのパンチでは、僕みたいに体重が軽くても殴られ慣れているような人間には効かない。

 花岡のパンチはあくまでも、表面的な痛さだ。

 さっきのボクサーのパンチのような、相手の意識を飛ばすような、あるいは苦しさを伴うものではなかった。

 だから、僕は反撃できたのだ。

 そして、相手のズボンがダブダブだったことも、相手のアレが小さかったことも幸いした。


 花岡は倒れた僕にのしかかり――

 その瞬間、僕は相手の股間にあるモノを掴んだ。

 そして、思い切り握りしめる。

 とても嫌な感触がした。

 花岡は驚愕の表情を浮かべる。

 次の瞬間、苦痛に顔をゆがめながら、獣のように吠えた。

 その吠えた顔に、今度は鈴の蹴りが命中する。

 花岡の顔から、血が吹き出す。

 だが、鈴は追撃の手を緩めず、サンドバッグのように蹴りまくった。

 僕も起き上がり、一緒に蹴りまくる。

 花岡は顔を手で覆い、倒れた。

 鈴は攻撃をやめない。

 倒れた花岡の頭を、何度も踏みつける鈴。

 何かが潰れる音が響き渡った。

 僕はすぐに振り向き、鉈を拾い、呆然としている徳馬に鉈を構え、歩いて行った。



 明は徳馬に突進する。

 父に教わった敵味方入り乱れての乱戦のセオリーとして、一番弱い敵から片付けていく、というものがあった。

 そのセオリー通り、まずは徳馬を仕留めにかかった明。

 だが、黒崎と呼ばれていたスキンヘッドの男に阻まれた。

 黒崎は妙な構えをしたかと思うと――

 ムチのように鋭くしなる前蹴りを飛ばす。

 爪先が明のみぞおちに食い込み――

 息がつまる。

 そして黒崎の、しなやかに伸びる目突き。

 明はとっさにアゴを引きつつバックステップし、黒崎の指を額で受ける。

 さらに、明はそのまま前転し――

 勢いのついた浴びせ蹴りを放つ。

 明のかかとが、凄まじい早さで黒崎の顔面めがけて降り下ろされる。

 黒崎は簡単に見切り、型通りの回し受けで、これをあっさりと払いのける。

 だが、明の本当の狙いは足関節だった。両手で黒崎の左足首を掴み、足首を破壊しにかかる。

 しかし黒崎の反応も早かった。

 一瞬で足を引き抜いたかと思うと、次の瞬間、下段突きを放つ。

 試し割りなどでよく見られる空手家の下段突きは、相手の頭が床に固定されているような状況では、凄まじい威力を発揮する。

 下段突きが命中すれば、明の頭蓋骨は陥没しているはずだった。

 だが、下段突きは途中で止まった。


 黒崎は凄まじい痛みを感じ、足元を見た。

 いつのまにか、アキレス腱が切られていた。

 そして――

 明の手には、昔風の日本カミソリが握られていた。

 明はすぐに立ち上がり、背後に廻りこむ。

 黒崎も反応し――

 だが動けない。

 切り裂かれたアキレス腱の痛みのせいで、反応が遅れた。

 明は黒崎の口を掌でふさぎ、顔を上向きにすると同時に、カミソリで喉を切り裂いた。

「あんたは強かったぜ。素手じゃ、オレの負けだ。でもな、戦場じゃあ最後まで生きていた方の勝ちなんだよ」



 僕は徳馬と向き合い、鉈を構えた。

 徳馬は震えている。

 感じている恐怖を隠せない。

 ついさっきまで、徳馬は余裕の表情だった。

 なのに今は、誰が見てもわかるくらい、はっきりと怯えていた。

 花岡という男は死んだろう。

 黒崎という男は、たった今、明が片付けた。

 そして一人ぼっちになった徳馬は、どうしようもなく弱々しく見えた。

 急に体が一回り小さくなったようにさえ感じた。

 こんな奴に、あの三人は殺されたのか……。

 僕は怒りよりも、むしろ当惑を感じた。

 それほど、目の前の徳馬は情けなかった。


 徳馬は後退りし――

 だが、何かにつまずき、地面に尻を着く。

 明は近づくと、徳馬の喉を掴み、引き上げる

 徳馬は苦しそうにもがいた。

「お前らのサークルに入っている人間の情報を全てよこせ」






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