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異信淀心

「……」

 直枝は答えられず、悔しそうに唇を噛んだ。

「どうした?オレを説得してみてくれよ。それができたら、オレは二人の救出に協力してやってもいいぜ。ほら、とりあえず何か言ってみろ?」

 明は妙に楽しそうな顔をしていた。

「あんたは強いんでしょ……だったら、助けてあげてよ!強い人間が弱い人間を助けるのは義務だよ!」

 直枝は声を震わせながら訴える。

「助ける理由になってないな。それじゃあ駄目だ」

 明は一言で切り捨てる。

「く……」

 直枝は下を向いた。

 本当に悔しそうだった。

 今にも泣きそうな顔になっていた。


 それは、やはり借りを返したかったからなのだろうと思う。

 正直、僕もあの二人がどうなろうが構わなかった。ある意味、上條よりもどうでもいい人間だった。

 ただ、さっきのやりとりで、明は僕に「直枝に感謝しろ」と言っていた。

 確かに、直枝が僕に助け船を出してくれたのは事実だ。

 だから、僕は考えた。

 直枝の願いをかなえてあげるために。


「明、僕たちはこのまま逃げきれるかな?」

 不意に僕は尋ねた。

 明は意外そうな顔で、僕を見た。

「わからん。お前と直枝がヘマさえしなきゃ問題ないと思うが。奴らはメキシコのギャングに比べれば、全然――」

「あの……さっきからずっと、受け身に廻ってるじゃない。いっそのこと、こっちから攻撃しない?」


 明は本気で驚いたようだった。

「お前……何を言ってるんだ?」

「攻撃って言うと語弊があるかもしれないけと……もし仮に、このまま逃げきったとしても、奴らは僕たちをほっといてくれるかな……後でニュースを見れば、僕たちが石原高校の一年A組だってのは、すぐに知られる。そうなったら、後々面倒じゃないかな、と思うんだけど……」

 言いながら、僕は明の反応を見る。

 明は真剣な表情になっていた。

「明は大丈夫だろうけど、僕は怖い……だから、こっちから攻撃して、相手の情報を集めた方がいいと思うんだ……その過程で、もし二人が見つかれば、助けてもいいんじゃないかと……人数は一人でも多い方が有利――」

「それは違う。奴らは戦力にはならない。足手まといになるのは確実だ。だから、助けても何のメリットもない。しかしな……」

 明は言葉を止め、下をむいた。

 わずかな間、何か考えているように見えた。

 やがて顔を上げ、僕と直枝の顔を見る。

「オレはそんな事、考えてもいなかった……奴らはオレたちを簡単に見つけ出せるんだよな……それはマズイ。翔、お前の言った事は盲点だったよ。何で気づかなかったんだ……クソ」

 明はかすかな声で毒づいた。


 僕は驚いた。

 明が感情的になっているのだ。

 しかも、他人に対してでなく、自分に対し腹を立てているようなのだ。

 意外な反応だった。


「オレとしたことが、そんなことに気づかなかったとは……お前らの事を笑えないな。しかし、日本て国でまさかこんなことに巻き込まれるとはな……親父もいないのに……」

 明はそう呟くと、出入口に近づき、外の様子を見始めた。

「明……どうする――」

「翔、お前の言う通りだ。奴らは放っておけない。後々つけ狙われても困るからな。その途中で二人を助けられるようなら助ける。直枝、それでいいな?」

「わかった……それでいいよ……」

 直枝はどこか納得いかない様子ではあったが、それでも反論はしなかった。


「まず、オレがこの近辺を探る。人がいたら、絞め落として連れて来る。お前たちは待ってろ。万が一、オレが三十分たっても戻らなかったら、ここを出ろ。山の中で一晩隠れて、明るくなったら下山しろ。危険だが、ここにとどまるよりはマシだ」

 そう言い残し、明は出ていった。

 僕と直枝は、二人きりで取り残された。

 なんとも言えない沈黙の空気に支配される。

「さっきは……ありがとう……」

 不意に、直枝がうつむきながらお礼を言ってきた。

「え、な、何が?」

 僕は女の子に話しかけられたことがなかった(なんらかの用事がある場合を除く)。

 いや、それ以前に、女の子と雑談したことがなかったのだ。

 だから、戸惑った。

 口ごもった。

 それが、さらに恥ずかしくなった。

 顔が赤くなるのを自分でも感じ、下を向いた。

「明がどんな形であれ、助ける気になってくれたのは翔のおかげだよ。ありがとう」

 直枝はもう一度、僕に感謝の言葉を述べた。

 だが次の瞬間、表情が変わった。

「だけど……もう人殺しちゃ駄目だよ。さっきのあんたは、本当に怖かった……仕方ないのはわかるよ。だけど、相手がどんなに悪い奴でも、人殺したら絶対にいけないよ」

 僕は何も言えなかった。

「ねえ、約束して。あたしも一緒に戦う。できるだけのことはする。だから、もう殺さない――」

「ごめん。そんな約束はできないよ」

 僕は、自分でも驚くくらいに冷たい声で言った。

 直枝の表情が暗くなるのがわかった。


 奴らは何者かわからないが、普通じゃないことは確かだ。

 泣いて許しを乞う上條に対する、容赦のない徹底的な暴力を見た。

 さらに、僕に向かって来た男たちの眼。

 あれは、僕の人生に嫌と言うほど出現した、弱い者をいたぶる事に喜びを見出だす眼だった。

 いや、それとも微妙に違っていた。

 僕をいじめた連中は、まだ若干の手加減というか、どこかに「コイツが死んだり自殺したりしたらやべーよ」という意識があった気がする。

 逆エビ固めというプロレス技をかけられ続けた時には、僕は声も出せず、苦しさのあまり意識を失った。その時はさすがに連中も焦っていたのを覚えている。それ以来、いじめはほんの少しソフトになったように思う。

 だが、ここにいる連中は違っていた。

 躊躇なく人を殺す眼をしていた。

 実際、死体が見つからなければただの行方不明だ、という意味のことも言っていた。

 つまり、警察も死体があれば殺人事件として捜査せざるを得ないが、死体がなければ行方不明だ。家出や夜逃げ、果ては逃亡中の犯罪者など、行方不明の人間はいくらでもいる。殺人事件とでは、警察のかける時間も労力も比べ物にならない。

 そういったことを計算に入れつつ、殺人を行う集団というのは――

 どう考えても異常だ。

 そんな奴らを相手に戦って、殺さずに勝つ……というより、殺す気でなければ勝てるわけがない。

 さっきの戦いがそうだった。

 僕は初めから、殺すつもりで襲いかかった。

 殺さなければ、僕が殺された。

 相手の男に。

 あるいは、明に。

 そして、人殺しに伴うであろう罪悪感は感じなかった。

 奴らはキチガイだ。

 それも、刃物を持ったキチガイだ。

 どこから見ても、完全な悪だ。

 だから殺す。


 それが世の中のためだ。

 僕は正義だ。

 僕は悪くない。



 今から当時を振り返り、客観的に見ると、この時の僕はおかしかった。

 だが、いじめられっ子でケンカなど一度もしたことのない僕が、この状況でやっていくためには、普通の精神状態では不可能だったのだ。

 狂気に、いや凶気に身も心も委ねることで、僕は自分を保っていられたのだろうと思う。



「翔……あたしは、あんたのことを良くは知らない。でも、あんたはそんな人間じゃないはずだよ。明とは違うでしょ?」

「……」


 僕は口ごもった。

 何も言えなかった。

「あんただって、嫌な気分だったよね?このままじゃ、あんた――」

「そんなことより、交代で休もう。君が先に寝なよ。目をつぶって横になるだけでも、だいぶ楽になる」

 僕は話を打ち切ろうとした。

 これ以上話しても、平行線だと思ったからだ。

「わかった……」

 直枝は不満そうな顔をしていたが、僕から視線を逸らし、横になった。

 よほど疲れていたのだろうか。

 直枝は横になったと同時に、寝息をたて始めた。

 僕はドキッとした。

 僕の鼓動は異常に早くなっていた。直枝はどちらかというと地味な、化粧っけのない顔ではあるが、それでも可愛い方だと思う。そんな女の子が、僕のすぐそばで無防備な姿をさらしている。

 僕の人生において、あり得ないと思っていたシチュエーションだ。

 頬がまたしても赤くなった。

 僕は目を逸らし、外の様子をうかがった。



 虫の声らしきものが聞こえる。

 周辺には、誰もいないようだ。

 来た時には気がつかなかったが、この村は結構広い。しかし、この建物にしてもそうだが、かなり長い間ほったらかしにされていたようだ。

 ただ、高宮に連れてこられた小屋は、そこそこ手入れされていた。

 そういえば明は、今まで遭遇した奴らはみんな都会の人間だと言っていた。

 となると、ここは元々さびれて人が消えてしまった村で、それを都会から来たキチガイたちが何らかの目的のために使用している、という訳か……。

 なんのためだろう?

 新興宗教?

 悪魔教?

 外国では、悪魔教が実際に活動しているという。

 悪魔教が絡んだ殺人事件も起きているという。

 しかし、その可能性はないだろう……。

 奴らは、どこか真剣さに欠ける気がする。宗教にハマったものにありがちな真剣さというか、狂信的な態度がないのだ。少なくとも、今まで遭った連中からは感じられない。

 奴らからは、うまく言えないが、サークル活動か何かに参加しているような気楽さを感じるのだ。

 だが逆に、サークル活動の感覚で殺人を行う集団だとすると……。

 やはり本物のキチガイ集団だ。

 そして完全な悪だ。

 やはり、殺しても構わない人間だ。


 そこまで考えた時、声が聞こえた。

「おい、オレだ。明だ。入るぞ」

 その声と同時に、明が入ってきた。

「明……」

 僕は心底ホッとした。

 そして思った。

 この状況で、明以上に頼りになる人間はいない。

 例え、明がどんな人間であったとしても。



「まだよくはわからんが、奴らの溜まり場はわかったよ。恐らく、村の中心にある役場みたいな所だ」

 明はそう言うと、直枝の方を見る。

 直枝はまだ眠っていた。

 すぐに目を覚ます気配はなさそうに見えた。

「寝てるのか。それより、これからどうしようか、考えているんだが……」

 明はそう言って、僕の隣に腰かける。

「奴らはどうしようもないクズだな。よくはわからんが、ここにいるのは殺人マニアの集まりみたいだ。人数もかなり多い。さて、どう戦うかな……」





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