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初刺貫鉄

 え……。

 どういう――

 苦しい!

 息が!

 !!!

「さっきのザマは何だ?直枝はちゃんと戦った。素手で戦い、お前を助けた。だがお前は戦わなかった。武器を持っていたのに、お前は抵抗すらしなかった。お前は上條並みに足手まといだ。殺すか?直枝、どうする?」

 明は何の感情も読み取れない声で、そう言った。

 嘘だろ……。

 なぜ僕が……。

 僕は明の顔を見た。

 明の顔のどこにも、冗談だとは書いてなかった。

 殺される……。

 怖い……。

 怖い!

 怖い!!


 下半身に生暖かい液体が溢れた。

 そして地面に流れ、水溜まりを作る。

 僕は失禁していた。

 涙がこぼれた。

 だが、恥ずかしさよりも恐怖の方が圧倒的に強かった……。


 その時――

「殺しちゃ駄目だよ!」

 薄れゆく意識の中、声が聞こえた。

 呼吸が楽になる。

 明の手が離れた。

 僕は小便の水溜まりに尻をついた。

「直枝に感謝しろ。だが、もう一度あんな無様なマネしたら、本当に殺す。誰が何と言おうとな」

 僕は泣きながら、ウンウンとうなずくことしか出来なかった。

 震えが止まらなかった。

「さっさと着替えろ。もらしたのがウンコだったら、問答無用で殺していたけどな」

 明は冷たい目で、そう言い放った。

 僕はたまらなくなり、目を逸らせた。

 直枝と目があった。

 直枝は僕に、嫌悪と同情の入り混じった視線を向けた。

 だが、それは一瞬のことだった。

 直枝はすぐに僕から視線を外した。

 僕は恥ずかしかった。

 情けなかった。

 このまま、明に殺されていれば良かったとさえ思った。


「直枝、お前はなにかやってたみたいだな。空手か?キックか?」

「空手……」

「黒帯か?」

「一応は……試合にも出たことある……」

「そうか、だったら翔よりは使えるな」

 明と直枝がそんな会話をしている横で、僕は着替えた。

 着替えながら、ずっと考えていた。

 明は平気で人を殺す。

 使い物にならなければ、僕のことも殺すだろう。

 何せ、シリアルキラーの息子なのだ。

 そういえば、普段の教室では死んだ魚のような目なのに……。

 ここでは、まるで別人のように生き生きしている。

 明は、こういう状況が好きなんだ……。

 戦いが……。

 そして人殺しが……。

 もし僕が使い物にならないと判断されたら……。

 僕は確実に、そして簡単に殺される……。

 だから、もしまた敵が現れたら……。

 僕は絶対に殺す……。

 でないと、僕が明に殺される……。

 高宮みたいに……。


 この時考えたことは、半分は正しかった。

 だが半分は間違いだったのだ。

 もし、その間違いに気づいていれば、僕は……。

 今さら考えても無意味なことだ。

 人生に、タラレバはないのだから。


 僕は着替え終わった。

 明はまた、干し肉のような物を食べている。

 直枝は座り込んでいる。

「ところで直枝、なんでお前は助かったんだ?」

 明が尋ねる。

「ヤカンのお茶を飲まなかったから……あれ飲んでしばらくしたら、急に眠くなったみたいで……あたしは飲まなかった……で二人が眠ったあとに、いきなり男たちが入ってきて……見るからに怪しそうで……あたし、とっさにそいつに蹴り入れて逃げ出した……」

「やっぱりな……」

 そこまで言って、明は口を閉じた。

 姿勢を低くし、こっちに来るようにジェスチャーで指示する。

 僕は指示の通り、姿勢を低くし、明のそばに這いながら近づいて行った。

 人が近づいてくる。

 二人だ。

 何やら話しながら、僕たちが隠れている物置を目指し、まっすぐ歩いて来る。

 片方は懐中電灯で辺りを照らし、もう片方は棒のような物を持っている。

 二人の話し声が聞こえてきた。

「逃げ出した奴らなんか、ほっときゃいいのに。何を言おうが、証拠がないんだから大丈夫だろ。死体がなければ、ただの行方不明じゃん。今までだって、逃げた奴いたけど大丈夫だったぜ。それに、明日には引き上げるんだし」

「でもな、高宮と竹原が殺されてるんだ。このままにはしておけない。奴らも生け贄にしてやる」

「しかし……あの二人を素手で殺すって、どんな奴だよ……」

「知るか。油断してたんだろうよ。オレは昔、剣道をやってたんだ。もし奴らがいたら、お前は徳馬さんや黒崎さんに知らせろ。オレはコイツで頭をかち割ってやる」


 二人の男は中に入ってきた。

 僕たちは息を殺し、様子を見る。

 懐中電灯の男があちこち照らす。

「何もない……ん?」

 男は歩いていき――

 僕の脱ぎ捨てたズボンを照らした。

 僕は心臓が止まりそうになった。

「おい、何だこれ?」

 棒を持った男が近づき、まじまじと見る。

「小便の匂いがする……ガキ共、怖くて小便もらしたな!」

「隠れてるかもしれねえ。探そうぜ」


 まずい……。

 僕のミスだ……。

 どうしよう……。

 僕のせいだ……。

 殺される……。

 今度こそ、本当に明に殺される……。

 いや、それよりも……。

 明に見捨てられる……。

 上條みたいに……。

 このミスをうめあわせなきゃ……。

 殺すんだ……。

 僕が二人を殺す。

 お前たちを……殺す。


 僕は忍び寄った。

 怖かった。

 でもその恐怖は、殺人に対するものよりも……。

 明に見捨てられることの方が大きかった。

 僕は鉈を持って、奴らに忍び寄り――

 襲いかかった。


 僕は鉈を構え、懐中電灯を持った男に体ごとぶち当たった。

 驚くほど簡単に、刃は体に突き刺さった。

 僕は一生、忘れない。

 刃が肉を貫く感触を。

 そして、肉の中にめり込んでいく感触を。


 男は驚愕の表情を浮かべて、僕を見る。

 何が起きたのか、把握できていない様子だった。

 だが、次の瞬間――

 男の目は、怒り、恐怖、憎悪、苦痛といった感情にあふれんばかりに満たされた。

 男は僕を突き飛ばした。

 傷を押さえ、僕を睨みつける

 怖かった。

 だが、僕は攻撃をやめなかった。

 襲いかかり、何度も何度も突き刺した。

 遠くで、何か叫んでいる声がする。

 何かぶつかるような物音もする。

 だが、僕は目の前の男を殺すことにのみ気をとられていた。



 明は翔の凶行を横目で見ながら、棒を持った男と向き合う。

 男は棒を振り上げた。

 瞬間、明は一気に間合いを詰める。

 棒が降り下ろされる。

 明は左の前腕で受け止めた。

 左腕に痛みが走る。

 だが、明の動きは止まらない。

 伸ばした右手の指で、目を払うように突く。

 男は目をつむり、のけぞる。

 明は左腕を伸ばし、男の右腕を棒ごと左の脇に抱える。

 右手を男の左の脇に差し込み、男の体を腰に乗せ――

 凄まじい勢いで、地面に叩きつける。

 男の口から、不気味な音が洩れる。

 明は間髪入れず、男の喉を踏み潰した。



 そして、周りの状況を確認する。

 直枝は口を押さえて、こみ上げてくるものをこらえているように見えた。

 翔は相手の男に馬乗りになり、めった刺しにしている。

 だが突然手を止めた。



 僕は突き刺した。

 鉈を逆手に持ち、何度も何度も突き刺した。

 男は激しく抵抗したが、すぐに弱々しくなり、そして抵抗は止み――


 僕は初めて味わった。

 命が抜けていく瞬間、その感触を――

 うまく説明できないが、死の瞬間(だと思う)、何かが抜けていく感触があったのだ。

 あれは経験した者でないとわからないだろう。

 はっきり言えるのは、何かが抜けていくのを感じた次の瞬間、僕は男の死を確信した。

 当たり前の話だが、僕はそれまで人を殺したことはない。いや、虫さえも殺したことはない。

 なのに、死の瞬間がわかった。

 水中で苦しくなったら、呼吸という概念を教わっていない幼児でも水から上がろうとするだろう。

 僕も、誰から教わったわけでもないのに、確信したのだ。

 目の前の男は今、この瞬間に死んだ、と。

 その時僕は、なんとも言い様のない、ある種の恐怖と――

 恍惚に支配されていた。



「おい翔」

 明の声がした。

 僕はそちらを向く。

 襟首を掴まれ、立たされた。

 頬をひっぱたかれる。

 僕は我に返った。

 目の前に明がいた。

「これからは、もっと気をつけろ。とりあえず、あのズボンは隅の目立たない場所に隠せ。それと……」

 明は言葉を止め、視線を鉈に向ける。

 鉈は男の体に刺さったままだった。

「後で回収して、綺麗にしとけ。それと、次はもっと早く仕留めろ。戦いは手早く終わらせるのが鉄則だ。覚えておけ」

 明は言うと、二人の体を調べ始めた。

 僕は鉈を引き抜き、男の履いていたズボンで血と脂を拭った。

「殺す必要があったの?」

 不意に、直枝が口を開いた。

「当たり前だ。戦闘不能にして逃げるなんて器用なマネはできない」

 明が答える。

「……あんたなら、できたんじゃ――」

「絞め落としただけじゃ、すぐに息を吹き返す。いいか、奴らは普通じゃない。生け贄だのトー様だの、言ってる事がキチガイじみてる。そんな連中を相手にするんだ。確実にとどめさして、敵の数を減らさないと生き残れないぞ」

「……」

「しかし、一つありがたいことを言っていたな。奴らは明日になれば引き上げるらしい。となると、今夜一晩持ちこたえればいいってことだ」

 明は僕と直枝を交互に見る。

「あの二人……佳代と優衣は助けないの?」

 突然、直枝が尋ねた。

「無理だ。まあ、それ以前にオレに助ける気はないけどな」

 明は淡々とした口調で答える。

「そんな……ねえ、助けてあげて――」

「あのな、オレたちはやっと助かる可能性がでてきたんだぜ。なのに、なんで好き好んで、よく知りもしない奴を助けなきゃならないんだ?」

 明が聞き返す。

「……」

 直枝はうつむいた。

 僕は何も言わなかった。

 あの二人は、これからどうなるのか。

 生け贄とか言っていたよな。

 となると……。

 そもそも、この連中は何なんだ?

 頭がおかしいことは間違いない。

 しかし、どこかいい加減というか……。

 狂信的な集団にありがちな真面目さや真剣さが、今一つ感じられない。

 僕はそんなことを考えていると――

「もういい!」

 直枝の声が、物置に響いた。

「もう、あんたらには付き合いきれない。あたし一人でも、二人を助ける」

 直枝はそう言うと、立ち上がった。

「おい待て。まあ、落ち着けよ」

 明も立ち上がった。

「なあ、直枝。どうしても二人を助けたいってんなら……」

 明はニヤリとした。

「オレを説得してみてくれよ。オレに奴を助ける理由があるのか、教えてくれ。それができなきゃ、一人で行くんだな」






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