我震焦嘆
五人……。
しかも武装してる?
強行突破は無理だよ、いくらなんでも……。
かと言って、このままでは殺られるかもしれない……。
少なくとも、親切な村人が相手じゃないのは確かだしな……。
「強行突破は無理だと思う……明君、五人を相手にして勝てる?」
僕は小声で聞いた。
「できないことはないかもしれないが、まあ、オレは嫌だな。ギャンブルだよ、それは。他の手段が何もない時にやる事だ」
明は外の様子を見ながら答える。
「じゃあ、様子見だね」
「いや、もっといい手がある。そいつだ」
そう言って、明は上條を指差した。
「飛鳥、そいつを起こせ。荷物の用意はできてるな?だったら、今すぐ起こせ」
僕は言われた通りに、上条を起こそうとした。
揺すってみる。
起きる気配がない。
そういえば、学校をサボり、昼間テレビを見てた時に放送されていた映画で、気絶していた仲間を叩いて起こしていたな。
僕は上條の頬を思いっきり叩いた。
「う、うーん……んだよ……」
上條は目を開けた。
だが次の瞬間、僕を突き飛ばした。
「く、来るな!」
上條は怯えた目で立ち上がる。
状況が飲み込めていないのか。
それとも、短時間に二度も絞め落とされたせいで、記憶が混乱しているのか。
しかし――
「黙れ」
明が低い声で言った。
途端、上條が動きを止める。
明は、高宮の落とした鉈を拾った。
そして、上條に突きつける。
上條の顔が、恐怖にゆがむ。
明は言った。
「お前、そこの扉から走って逃げろ」
え?
逃げろ?
逃げたら……。
上條もワケがわからないらしく、ポカンとして明の顔を見ている。
「逃げろって言ってんのがわからないのか。殺すぞ。さっさと行け」
次の瞬間、上條は一目散に逃げ出した。
扉を開け、滅茶苦茶な勢いで走って行く。
外で騒ぎが始まった。
わめき声が聞こえる。
そして――
「今のうちだ。逃げるぞ、飛鳥」
明はそう言って、姿勢を低くし、静かに進む。
僕も、その後ろから静かについて行った。
いつの間にか、月が出ていた。
月明かりに照らされる、上條と……男たち。
上條は男たちに捕まっていた。
滅茶苦茶に殴られ、蹴られていた。
僕らを逃がすために。
僕らのせいで……。
上條……。
「飛鳥、さっさと行くぞ」
明の声で、僕は我に帰った。
目を逸らし、明の後をついて歩いた。
暴力の嵐の前に、上條は悲鳴を上げ、泣いて許しを乞うているようだった。
そんな状況が連想される音が聞こえていた。
音は徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。
「ここに隠れるぞ」
明と僕は、家畜小屋のような建物に入り、一息ついた。
恐ろしく臭く、汚い場所だった。
だが、同時にゴミや廃品が置かれていて、隠れるにはぴったりだった。
「上條は……どうなるんだろう……」
僕は明に尋ねた。
「あんなバカがどうなろうが知らねえよ。あんなに使えない奴だとは思わなかったぜ」
明は吐き捨てるように言った。
間違いなく、さっきの件を言っているのだろう。
確かに僕も腹が立った。同時に、めまいが起きそうにもなった。
だが――
「明君、上條は僕たちを逃がすために――」
「そんなことより、さっきからお前はオレを名前で呼んでるな。どういう心境の変化だ」
明はそう言いながら、高宮の所持していた鉈を手に取り、じっと眺めている。
「え、あ、いや……明君が嫌なら――」
「別に嫌じゃない。じゃあオレも、お前を翔って呼ぶよ。それより翔、こいつを持ってろ」
明は僕に鉈を渡した。
「え、これは……」
「いいか、これはお前が使え。オレは素手でも戦えるし、武器も一応は持っている。さっきの見たろ。あいつら普通じゃない。たぶん上條は殺される。あの女たちも、全員売られたか、あるいは……」
そう言って、明は口を閉じ、親指で喉をかき切る仕草をした。
「……明君は、なんであんなに強いの――」
「親父に仕込まれた」
明は無表情で答えた。
「……凄いお父さんだね。僕なんかとは――」
「ああ凄いよ。なんたって七人殺して、仮釈放なしの終身刑だからな。今はアメリカの刑務所だよ」
「……」
僕は言葉を失った。
「オレの親父はキチガイだったんだよ。人を殺すのが楽しくて仕方ないってタイプのな。あっちこっちの国で、何人も殺してた。殺した奴から金を奪ってた。オレは、そんな親父と一緒に生活してたんだ。戦い方は全て親父に教わった」
明は淡々と、信じがたい話を語った。
だが僕は、ようやく謎が解けた気がした。
明は僕より歳上だが、それでも二十歳にはなっていないだろう。
にも関わらず、こんな状況で妙に落ち着いていて、しかも何のためらいもなく人を殺した。
この平和な国、日本で生まれ育った人間では考えられない話だ。
だが、そんな半生を生きていたなら納得できる。
シリアルキラーの息子として生を受け、さらに人殺しの英才教育を受けて成長した男なら。
明は、僕をじっと見つめた。
「どうだ?オレのことが怖くなったか?」
明は聞いてきた。
「……怖くない、と言えば嘘になる。でも、それ以上に……僕は家に帰りたい。それに……明は明だ。父親が何者だろうが、明には関係ない」
自分でも意味不明な事を言っていた。
頬が紅潮するのを感じて、思わず下を向いた。
明は何も言わなかった。
正直、こんな恥ずかしい言葉を吐いた後は、バカにされるよりも沈黙される方がキツかった。
僕は明を見る。
明は、隅の一点を凝視していた。
「あき――」
明の手が伸び、僕の口を塞ぐ。
どうしたのだ?
明はそっと、小屋の隅を指差す。
汚ならしい毛布や布切れか何かが積まれた一角に近づき――
手を伸ばし、毛布を取り去った。
そこにいたのは――
怯えた表情の直枝鈴だった。
「お前は……直枝だったな……生きていたのか」
さすがの明も、意外そうな顔をした。
「……」
直枝は怯えた顔で、僕たちを見ている。
「直枝、他の二人はどうなった?」
明が尋ねる。
「わからない……いきなり眠り始めて……そしたら、誰かが入って来る気配がして……あたしも寝たふりしたら、あの二人は連れて行かれて……ねえ、あの二人を助けてよ?」
直枝は僕たちの顔を交互に見る。
「すまないが、そりゃ無理だよ」
明は一言で切り捨てた。
「え……そんな――」
「オレたちは自分の事ですら助けられるかわからん。なのに、あんなバカ二人のことなんか知るか」
明は冷たい目で、そう言い放った。
直枝の顔がゆがむ。
「あんた……それでも人間なの!」
直枝はわめき、明を睨み付けた。
明の表情が一変する。
左手が伸び、直枝の口を塞ぐ。
「――!」
直枝は両手で、明の手を外そうとする。
その時――
「お前ら、こんな所にいたのか!」
背の高い痩せた男が小屋に入って来た。
その後ろから、二人。
明の顔から、表情が消える。
直枝の顔から手を離し、ゆっくりと男たちの方へ歩いていく。
ちらりと、僕を見る。
「竹原、オレは徳馬さんや黒崎さんに報告してくる。お前ら二人で大丈夫だよな、こんなガキ共」
後ろの男の一人が、背の高い男に言う。
「ああ大丈夫だよ。オレたちは高宮みたいな間抜けじゃねえし」
竹原と呼ばれた男は、余裕しゃくしゃくの態度で答えた。
そして、ポケットから折り畳み式のナイフを出し、刃を出そうとした。
その瞬間――
明は前転した。
その後の明の動きは見ていない。
なぜなら、もう一人が僕に襲いかかってきたから。
明は前転し、竹原の足元に着地した。
竹原の左足首を掴む。
同時に、自分の両足を滑らせ、竹原の右足を薙ぎ払う。
折り畳みナイフの刃を出すことに気を取られていた竹原は、不意の両足への攻撃に耐えられず、派手に倒れる。
次の瞬間、明は両手で竹原の左足首をひねり、そして関節を思い切りねじる。
竹原の口から悲鳴があがった。
竹原の左足首の関節は、完全に破壊された。
明は追撃する。
折り畳みナイフを蹴飛ばす。
と同時に立ち上がり、竹原の喉を思い切り踏みつける。
明は氷のような表情を変えず、二度、三度と踏みつける。
踏みつけながら、周囲を見る。
目の前に、男が迫ってくる。
なのに――
僕は何もできなかった。
動けなかった。
今まで、ケンカなんかしたことがない。
怖い――
男が拳を振り回す。
僕の顔に当たる。
痛みよりも――
男の敵意に満ちた顔の方が怖い。
僕は倒れた。
男は、勝ち誇った表情で僕に馬乗りになり――
僕を殴った。
もうやめてくれ。
怖い。
助けて……。
僕は顔を覆った。
その時――
鋭い掛け声と共に、白い棒のような何かが、男の顔面を打った。
男はひっくり返る。
「大丈夫!」
誰かが僕を助け起こす。
直枝だった。
じゃあ、今のは直枝がやったのか……。
明は……。
しかし――
「てんめえ……」
男は顔を押さえて立ち上がる。
直枝はそれを見るや、パッと立ち上がった。
体が回転する。
足がビュン、と伸びていき――
男の腹に突き刺さる。
男は、今度は腹を押さえた。
うずくまり、体を震わせる。
直枝は瞬時に元の構えに戻る。
綺麗な動きだった。
昨日今日ではない、長い時間をかけて磨かれた技だった。
「お前ら、さっさと逃げるぞ」
明の声で、はっと我に返る。
慌てて立ち上がった。
荷物を拾い、明の後に続く。
「どうやら、ここなら安心できるらしい。しばらくの間は」
明が周りを見渡し、僕たちに言った。
僕たちが今いるのは、物置のような廃屋だった。いつ建てられたのかはわからないが、明治か大正ではないかと思わせた。あちこちボロボロで腐り、人の生活の痕跡がまるでなかった。ネズミか何かが蠢く音が、あちこちから聞こえた。
「わかったことが幾つかある。奴らは、ここの地理に詳しくないってことだ。今まで会った連中は、みんな都会の人間だ。てことは、こちらにも勝ち目はある。あと、連中はヤクザとか、そっち関係じゃない。これもありがたい話だ。だが、今一番重要かつ、片付けなければならない問題は、だ……」
そこまで言うと、明は不意に立ち上がった。
僕のそばに来て――
僕の首を片手で掴んだ。
息が止まりそうになり、苦しさのあまり、僕はもがいた。
だが、明の手は機械仕掛けなのではないか、と思うくらい力が強かった。
「この使えない奴をどうするか、だな。直枝、どうする?」
今回、明が使ったのは変形のアンクルホールドという足への関節技です。私の乏しい文章力では、文字で再現することはできませんでした。あと、基本的にノールールの殺し合いでは、立ち技でケリをつけるのがセオリーですが、今回はあえてトリッキーな戦い方にしてみました。