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危機開会

 気がつくと、僕は手を挙げていた。

 だがその前に――

「上條にだって、生きる権利はある!それに……あんた人殺しなんかしたら、一生後悔するよ!」

 直枝が狂ったようにわめいた。

 だが――

「生きる権利?そんなのオレは知らない。一生後悔?こいつを生かして、寝首かかれたら、もっと後悔することになる。お前の頑張りは評価できるが、失敗だ。不合格」

 明はそう言うと、僕の方を向いた。

「はい飛鳥君」

「あ、あの……殺すのはいつでもできる。生かしておいて利用した方が……く、工藤君にとっても得になると……」

 言いながら、僕は明の反応を見た。

 明の表情は変わらない。黙ったまま、僕を見続けている。

 まだだ。

 僕は言葉を続けた。

「それに、こんな大規模な事故、警察がほっとかないよ。早けりゃ明日にでも、助けがくる。警察が調べれば、すぐに事故死かそうでないか――」

「待て。こいつの利用価値はなんだ?言ってみろ」

 明が唐突に口を開いた。

「そ、その……こんな状況なら、人手はいくらあっても邪魔にはならないし……それに……そうだ、もしかして、上條には凄い特技があるかもしれないし、僕より体力はある……意識を取り戻させて聞いたら、色々使える奴かも……でも殺したら、そういう可能性がゼロになるし……」

 言いながら、僕は頭をフル回転させ、次の展開を考える。

「こんな状況だから、殺しちゃ駄目なんだ……しかも助かった後、絶対に誰かは警察に喋るよ――」

「だったら、お前ら全員殺した方がいいのかい?」

 明はそう言って、ニヤリと笑った。

 場の雰囲気が、その一言で凍りついた。

 まずい。

 僕はミスしたのか?

 いや違う。

 この笑みは……。

 僕はひきつりながらも、笑みを返した。

「く、工藤君……とにかくさ、君の背中は僕が守る。君が寝たら、僕が見張る。上條に寝首をかかせるような事は、僕がさせない。だから……上條に、もう一度チャンスをあげてやっても……」

 明は黙っていた。

 しばらくして、ニヤリと笑った。

「お前がオレの背中を守るのか……頼りないな……しかし、合格」

「合格……」

 僕は唖然となった。

 言葉の意味が、すぐにはわからなかった。

「合格だよ。お前は使えるな。少なくとも、こいつよりは」

 そう言って、明は上條を片手で突き飛ばした。

 上條はまだ意識がないらしく、されるがままに突き飛ばされ、倒れた。

 周りの女子たちは、何が起こっているのか、まだ把握できていないように見えた。

「お前はありきたりな、悪だの犯罪だのといった言葉を使わなかった。お前はこの状況で、どう言えば効果的かを自分の頭で考え、そして話した。少なくとも、そこのバカ女二人にはできなかったことだ」

 明は、大場と芳賀を指差しつつ、そう言った。


 確かにそうだった。

 僕は考えた。

 目の前にいるのは、いとも簡単に体の大きな不良を絞め落とし、その上、殺して食べる、とまで言っている男だ。僕らとは、完全に違う世界で生きているはずである。

 悪だの法律だのといった言葉が、効力を持つはずがない。

 ならば、損得しかない。明の得になることを並べて意思を変える、それしかなかった。

「ただ、こんなクズのために、そこまでしゃかりきになんなくても良かったんじゃないか?まあ、オレはどっちでもいいけど」

 違う。

 上條のためじゃない。

 正直、上條なんか死のうが生きようが、関係なかった。

 いや、もっとはっきり言えば、死んでほしかったのだ。

 なぜ必死に説得したのかと言えば―――

 明に無能と思われたくなかったからだ。

 クラスで、恐らくは一番ケンカが強かったはずの上條を、いとも簡単に絞め落とし、さらには殺す、と言い放った明。

 クラスの生徒内ランキングのような、小さな世界を完全に超越している男に見えた。

 僕には、それがひどく眩しかった。

 そんな人間に無能だと思われたくなかった。

 だから僕はよく考えた。そして答えた。

 その結果、合格だと言われた。そして、この三人とは違う、とも言われた。

 正直、テストで満点をとった時より、いや、そんなものなど比較にならないくらい嬉しかった。

 その三人の女子は、まだ怯えた様子で震えている。普段の教室内では、罰ゲームで僕の机に触るような遊びに興じていそうなタイプなのに。

 今では、僕よりもバカだと明にはっきり言い渡されたのだ。

 僕はその三人を、よく見てみた。

 見ているこっちが情けなくなるくらい、ぶるぶる震えている。三人で身を寄せ合い、僕たち二人の様子をうかがっている。

 この三人、特に大場佳代と芳賀優衣の二人は、僕などとは完全にランクが違う人種だった。二人とも化粧が濃く、そして男を手玉にとる術を既に身につけていた。さらに、女たちの人心を掌握する術も身につけていた。

 結果、一ヶ月足らずの間にクラスでも人気者になっていた。

 なのに、この状況では、怯えたような目で僕と明の顔色をうかがっていた。

 ただ、直枝は二人よりも落ち着いているようには見えた。

 しかし……。

 僕は今まで、こんな連中にバカにされていたのか……。

 そして、こんな連中の顔色をうかがっていたのか……。

 自分がたまらなく情けなくなった。

「おい飛鳥……ん?」

 僕に何かを言いかけた明が、不意に黙りこんだ。

 ゆっくりと、入口に近づく。

 外に出る。

 何やら叫びながら、大きく手を振った。

「おい、良かったな。助けが来たみたいだぞ」

 戻って来た明が、若干ではあるが、つまらなさそうな様子で言った。

 瞬間、女子三人の顔が、一気に明るくなる。

「助かったあ……」

 直枝が心底、ホッとした顔で言った。



「君たち、大丈夫か」

 やって来たのは、ニ十代後半から三十代前半の、背の高く肩幅の広いがっしりした男だった。

「だ、大丈夫じゃないですよ!早く家に帰してください!」

 大場がヒステリックにわめいた。

 帰してください、と言われても困るだろう。この男に誘拐された訳ではないのだ。

 それにしても、さっきまで震えていたのに、この変わりようは何なのだ。

 僕はそんなことを考えていた。

「ところで、生き残りは君たちだけか?」

 男は僕たちの顔を確認するように見た後、そう聞いてきた。

「た、たぶんそうだと思います。そうでしょ?」

 直枝がそう言って、明の顔を見る。

「ええ、あとは全員死んだと思います」

 明は動物を観察する学者のような様子で、男を見つめた。

 その目には、どこか妙な感じがあった。



 男は高宮と名乗った。

 高宮は近くの村で、林業をして細々と生活しているのだという。

 先ほどの地震で村はパニックに陥ったが、今はひとまず落ち着き、一息ついたところに事故のニュースが入ったのだという。

 僕たちも自己紹介した。上條は大場が叩き起こし、自己紹介させた。

「とにかくアタシたち、こんな洞窟からさっさと出たいんですけど」

 大場が言った。

 さっきまでとは一変し、大場が仕切り始めている。時折、芳賀と何やらヒソヒソ話している。

 僕は、なぜか知らないが笑えてきた。

 さっきまで無能呼ばわりされ、生まれたての子犬のように震えていたのに、今のこの態度は何だろう。

 ふと、明を見る。

 明は鋭い目付きで、高宮を観察し続けていた。

 つられて、僕も高宮を見る。

 その高宮は、デレデレしながら女子三人と話していた。

 何やらしょうもないギャグのようなものを言いながら、大場や芳賀とジャレ合っている。

 時おり、いかつい体に不釣り合いな、細くしなやかな指のついた手で大場の肩を叩いたり、芳賀の腕に触ったりしている。

 しまいには、太ももを軽く叩いたりしだした。

 完全なるスケベ親父である。

 だが、大場も芳賀も、こうしたスケベ親父の対応には慣れているようだった。うまくあしらっている。

 それにしても、あのスケベ親父の何が明の興味を引いたのだろう。

 そう思いながら高宮を見ているうちに、違和感を感じた。

 何だろう……。

 はっきりとはわからなかった。

 わかる必要もない、とも思った。


「君たち、今すぐこの洞窟を出るんだ。ここは危険だよ。オレたちの村に招待する。歩いて二十分もあれば着くから」

 一息ついて落ち着いたみんなに、高宮はそう言ってきた。

「え……こんな雨の中をですか?」

 直枝がひきつった顔で尋ねる。

「……確かに、この雨の中を歩くのは、辛く苦しい。だけどね、このままここにいたら大変なことになる。山の夜は、気温が一気に下がる。凍死するかもしれない」

 高宮はさっきまでのデレデレした雰囲気をかなぐり捨て、力強く語った。

「村には医者もいるから、万が一風邪を引いても何とかなる。だが、このままここにいたら、食べ物も着る物もない。その上、土砂崩れで入口が埋まるかもしれない――」

「だったら迷うことないじゃない!ほら行くよ、みんな!」

 大場が立ち上がり、そして芳賀も立ち上がった。

 しかし――

「どうですかね……」

 明は座ったまま、高宮の顔を見すえた。

「どうしても村に行かなきゃ、駄目ですか?」

 明が尋ねる。

「君、何を言ってるんだ!こんな所にいたら一晩で凍死するぞ!それ以前に、いつ土砂崩れが――」

「高宮さん、コイツ頭おかしいんですよ!ほっといて行きましょ!」

 大場が高宮の腕を引っ張った。

「そうですよ!コイツ頭おかしいんです!」

 芳賀も調子を合わせる。

 その横で、直枝は困った顔をしている。

 明はため息をついた。

「おい上條、それに飛鳥。お前らはどう思う?」

 明は僕と上條の顔を、交互に見る。

 上條は明と目が合うと、ビクっとした。

「オ、オレは……どっちでもいい……」

 上條はそう言って、うつむいた。

 何か、急に別人のようになってしまった。

 さっきの敗北が、彼を腑抜けに変えたようだった。少なくとも、僕にはそう見えた。

「……お前はどうだよ、飛鳥?」

 明が僕の顔を、まっすぐ見てくる。

「ぼ、僕は……わからない……」

 正直、僕にはわからなかった。

 ただ、村があるなら、多少雨に濡れても、そこに行きたかった。

 村に行けば、暖かい場所と暖かい食事がある。

 普通に考えれば、村に行く方がいいだろう。

 だが、高宮の態度には何かおかしなものを感じたのも事実だった。

「……わかった。じゃあ行くとするか」

 明は気のせいか、物憂げな表情で言った。

 そして、高宮の方を向いた。

「村に行けば、面白いことになりそうですねえ、高宮さん」

 明は満面の笑みを浮かべて言った。

 それは安堵からくる笑みでは絶対になかった。

 はっきり言って、明のこんな不気味で、かつ嬉しそうな表情は初めて見た。

 僕はその時、もしシリアルキラーが人を殺す時は、こんな顔をするんじゃないかとさえ思った。


 今も思うことがある。

 もし、この時に明の言う通り、みんなで洞窟に残っていたら……。

 でも、あの大場たちの態度では、無理な話だったろう。

 それに、何を言っても、今さら無意味だ。

 結局、僕たちは雨の降る中、高宮の住む村に行くこととなったのだから。



 雨の中、山道を歩くのは本当に大変だった。

 ただでさえ、肉体的にも精神的にもボロボロなのに、この自衛隊の訓練のような山歩きは体に相当のダメージを残した。

 そして着いた場所は――

 正直、ニュースなどで登場する廃村か、ホラー映画のセットにしか見えなかった。

 木造の家がかなりの数あったが、人が住んでいるようには見えなかった。しかもボロボロで、ヘビー級ボクサーのジャブで壊れてしまいそうだった。

 入ると同時に、変な匂いがした。色んな物の混ざり合った、都会に住んでいたら、絶対に嗅がない匂いだった。

 道端には雑草が伸び放題だった。

 辺りは本当に暗く、高宮の持っている大きな懐中電灯と、数ヶ所に設置されたライトのような物のわずかな光だけが頼りだった。

 ネズミなどの小動物の鳴き声らしきものも、かすかに聞こえた。

 正直言って、人が生活している雰囲気が感じられなかった。

 さらに驚くべきことに、電気が通っていない家が相当数あるというのだ。

「この村で電気が通っているのは、限られた場所だけなんだ。申し訳ないけど、一晩だけ我慢して」

 高宮はそう言って、出ていった。

 あの雨の中を歩き、着いた場所がここ?

 いや、それよりも……ここどこ?

 何ていう村?

 僕は呆然となった。

 他の連中も、そうだったと思う。

 一人を除いては。


 僕たちはまず、男女に分けられた。

 そして僕たち三人は、古い小屋に通された。

 木造だが、一応はしっかりした造りになっているようだった。中には、電池式のランタン、小型の石油ストーブ、ヤカン、数個のコップ、そして上下そろった大小様々な大きさのジャージが十人分ほど用意されていた。

 ただ、それだけの物しかなかった。

 だが、寒さがしのげるのは助かった。

 僕たちは、濡れた服を着替え始めた。

 僕は着替えながら、ふと明の体を見た。

 瞬間、凍りついてしまった。

 制服を着ている時はまるでわからなかったが、明の肉体は普通じゃなかった。まるで格闘技マンガの主人公が、そのまま現実世界に抜け出てきたかのようだった。

 まず、筋肉の量が尋常ではなかった。

 しかも、独特の発達の仕方をしていた。細かい小さな筋肉が、びっしりとついているような感じだった。

 そして、体のいたるところに傷があった。

 それも、普通の傷じゃない。

 刃物で斬られたような、長い線の傷痕。

 銃で撃たれたような、丸い点の傷痕。

 そして、どこかの大陸のような形の火傷。

 僕は目が離せなかった。恥ずかしい話だが、じっと見続けてしまった。

「おい飛鳥、お前もしかしてゲイか?オレの体に興味があるのか?悪いが、オレにはそっちの――」

 明の声がした。

「ち、違うよ!」

 僕は慌てて、目を逸らせた。

「ただ……明君、凄い体してるなって……格闘技か何かやってたの?」

 言いながら、僕は顔が赤くなっていた。

「これか?まあ、色々あってな……一言で言うと、親父のせいだ。それよりも……」

 明は顔を近づけた。

「思った通りだ。ここは本当にヤバい。もしかしたら……オレたち、全員殺されるかもな。あるいは、オレが殺すか……」

 そう言って、楽しそうに笑った。

 さっきの不気味な笑顔だった。

「ど、どうして……?」

 僕は困惑した。

 全員殺されるって何だよ……。

 何がヤバいんだ……。

 でも……。

 うまく言えないが、完全に怪しいとまではいかないが、何かが変だという感覚はある。

「なあ飛鳥、ここに来る途中、おかしな点がいっぱいあったろう。さっきみたいに、頭を振り絞って考えてみろよ。でなきゃ、お前は足手まといだ。足手まといとは組まない。おい上條、お前も考えろ」

 明はそう言って、呆然としている上條の方を見る。

「答えられた方を、オレはパートナーにする。ここから生きて脱出するための、な。逆に、それ以外の人間は無視する。死のうが生きようが、オレの知ったことじゃない」

 明は、僕と上條を交互に見た。

「まあ、はっきり言って、この状況は物凄く不利だ。こっちは何もわかってないってのが痛い。これじゃ、オレは自分一人の身すら守れるかもわからない。だからこそ、有能な方を選びたいんだ。さあ、どっちでもいい、答えろ。ここに来るまでの奇妙な点を」






 次回も二日後になると思います。


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