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事故中心

 彼は狂っていた。

 それでも良かった。

 彼は、僕の最高にして最凶の友だちだったから。

 それに、僕はもう何もかも、どうでもいい。




 僕はパッとしない奴だった(今もそうだが)。まず見た目が地味だった。運動はまるで駄目、勉強は人並みにしかできなかった。

 そして性格も暗く引っ込み思案で、一人で遊ぶのが好きだった。人と接するのは苦手で、普通にしているつもりでも、気持ち悪がられた。

 中学校での三年間、何人かで集まりジャンケンし、負けた子が僕の机に触る、というゲームがクラスの女子たちの間で流行っていたと言えば、僕がどんなタイプか容易に想像できるだろう。

 そして中学二年からは、不良連中に目を付けられ、いじめのターゲットになった。

 僕は毎日、ジャンケンをさせられた。

 負けると、みんなから一発ずつ殴られた。

 勝つと、今のは練習だと言われ、やり直しさせられた。

 いじめはエスカレートしていった。古本屋でエロ本やエロDVDを万引きさせられた。火のついたタバコを押し付けられた。みんなの前でオナニーさせられたりもした。

 学校は地獄だった。

 僕は中学校に行かなくなった。

 結果、成績は下がった。いや、下がったなんてもんじゃなかった。中三の時には、まともな高校には入れない成績になっていた。

 仕方なく、東京都内でもトップクラスのバカな高校に入った。

 だが入学試験の時点で、どんな生徒がいるのか、だいたい理解はしていた。

 もう、人間というより獣に近い、そんな男女しかいなかった。

 その中に、一人だけ場違いな男がいた。

 背は百七十五センチくらい。髪は短めで、ピアスの類はつけていない。肩幅は広めで妙にゴツゴツした手をしていた。

 そして妙に老けていた。顔だけでなく、態度や仕草が落ち着いていた。

 だが、彼の醸し出す雰囲気や迫力は、そこらのチンピラやヤクザとは比較にならなかった。

 ふだんは死んだ魚のような目をしているにもかかわらず、クラスの人間は、みな彼を恐れた。

 自己紹介からして、変だった。

「どうも工藤明です。みなさんより歳は上です。よろしく」

 教室内が軽くざわついたことを覚えている。

 だが明はそんなことを気にも止めず、再び死んだ魚のような目で突っ立ったまま、ただ前を見ていた。

 教師の滝沢がいきなり口を開いた。

「あー、工藤はな、家庭の事情で色々あってなあ……まあ、みんな仲良くしてくれよ」

 補足説明のつもりかもしれないが、全く説明になっていなかった。

 普通、こういった場所に歳上の人間が入った場合、『おっさん』と呼ばれてイジられそうだが、明の場合はそれがなかった。

 というより、クラス全体の雰囲気として、明とは関わり合いになりたくない、というのがクラス大半の者の意見だったようだ。

 そして僕は――

 いじめこそなかったものの(入ったばかりだからだけど)、誰とも口を聞かなかった。

 滝沢先生が僕に、こんなことを言った。

「お前は……飛鳥翔か……おい翔、お前はもうちょっと積極的になって、クラスに溶け込んだ方がいいぞ。まあ、五月に修学旅行がある。そこで、みんなと仲良くなれるかもな」

 冗談じゃない。

 修学旅行?

 しかも二泊三日だというのだ。

 あの獣たちと、二泊三日だって?

 絶対に嫌だ。


 ウチの石原高校は、都内でもトップクラスのバカ高校である。進学率など、放っておけば消費税率に追い抜かされてしまうのではないかと思われるくらい低かった。 代わりに、イベントには力を入れていた。

 修学旅行もその一つで、学年ごとに行われていたのだ。

 だが、僕はそんなものに出る気はなかった。

 仮病を使い休むつもりであった。



 当日。

 僕はバスに乗っていた。

 両親が、修学旅行に出れば一万円の臨時ボーナスを出すと言ってきたのだ。

 今から思うと、両親は僕のあまりの社交性のなさ(友だちを家に連れてきたことがなかった)に危機感を抱き、高校にいる間に何とか最低限の人付き合いができる人間にしたかったのだろう。

 だから、そういった学業以外のイベントに積極的に参加させることで、友人ができるかもしれない、そうすれば、もう少し社交的になるかもしれないと考えたのだろう。

 そのために、金で釣るという手段に出たのだろう、と思う。

 確かに、旅行に行って僕は変わった。

 だが、両親が期待していたものとは、まるで別の方向に。



 何はともあれ、その当時の僕は、金に釣られて修学旅行に参加した。

 僕の隣の席は、工藤明だった。

 明は僕に聞いた。

「お前、乗り物酔いとかする?」

「あ、あの……するかもしれない」

「だったら、お前は窓際だな。気持ち悪くなったら窓開けて外に吐いてくれ。オレは寝る。着いたら起こしてくれ」

 そう言うと、明は本当に寝てしまった。

 だが、その方が僕もありがたかった。

 起きていられたら、気を使うことになる。


 周りは騒がしかった。

 何が楽しいのか、バスの中でみな狂ったように騒いでいた。

 バスガイドにセクハラが適用されるような質問をしている男と、横でゲラゲラ笑う女。

 自分がいかにワルいか、というワル自慢大会を開催しているグループ。

 僕は嫌になり、用意していた耳栓を付けて寝ることにした。



 バスがどこに向かっていたのか、どの辺りを走っていたのか、今はもう覚えていない。

 ただ一つ確かなのは、雨が降っていたこと。

 さらに、大規模な地震が起きたこと。

 バスが崖道のカーブを曲がろうとしていた時、その地震は起きてしまった。



「おい、起きろ」

 誰かに揺り動かされ、僕は目を覚ました。

 まず感じたのは、頭に当たる雨。

 そして寒さ。

 痛み……。

 痛み?

 頭がズキズキ痛む。

「大丈夫か、おい。これが何本に見える?」

 誰かが僕の目の前に、指を見せる。

「三本……」

 僕は答えながら、辺りを見渡した。

 その瞬間――

 僕は凍りついた。

 アクション映画に出てくるシーンのような、横転したバス。

 テレビの画面でも見たことのない、ぐちゃぐちゃになった本物の死体。

 それを見た時、僕は吐いた。

 胃の中のものを、全てもどした。

 涙が出てきた。

 何があった?

 夢か?これは夢なのか?だったら早く覚めてくれ!でないと僕は……。


 誰かが吐いている音が聞こえる。

 誰かが泣いている声も聞こえる。

 誰かがわめいている声も聞こえる。

 僕は顔を上げ、周りを見渡した。

 バスは横転していた。中から投げ出されたのであろう、死体と化した同級生が転がっている。周りは木に囲まれ、下は土だ。山の中としか思えない。しかも、ケータイは通じなかった。 そして、体のあちこちが痛い。


 そんな状況で生き残っていたのは、六人だった。

 上條京介。

 大場佳代。

 芳賀優衣。

 直枝鈴。

 工藤明。

 そして僕、飛鳥翔。

「とりあえず、荷物持って雨風しのげる場所に移動しよう。でないと、あっという間に奴らの仲間入りだ」

 明は死体をアゴで指し、そう言った。

 普段と違い、彼の瞳には力が宿っていた。

 そして、どこか嬉しそうにも見えた。



 運のいいことに、横転したバスからすぐの場所に自然の洞窟があった。

 僕たちは、洞窟内で一息ついた。

 明がパンフレットやしおりなどを集め、持っていたライターで火を点けた。

 僕たちは、火の周りを囲んで座った。

「なあ、これからどうすんだよ」

 上條が言った。

 上條は体が大きく、また態度も大きかった。自分はギャングだか何だかの構成員だ、とクラスで吹聴しているのを聞いたことがあった。実際にケンカも強いらしかった。

「知らないよ。放っておきゃあ、助けが来るんじゃないか。来ないかも知れないけどな」

 答えたのは明だった。

 明がこんなふうに喋っている姿は、あまり見たことがなかった。

「じゃあ、来なかったらどうすんだ?」

 上條は、明らかに怒気を含んだ声で尋ねた。

「簡単だ。お前らは死ぬ。それだけだ」

 明は淡々とした声で答える。

「何だと!てめえバカにしてんのか!何だよ死ぬってよ!」

 言いながら上條は立ち上がった。

 僕を含めた周りの人間はみな、この状況に呑まれ、硬直し、何も言えなくなっていた。

「お前は、何を言ってるんだ?人間いつかは死ぬ。早いか遅いかだ。この状況で助けがこなければ、お前らは死ぬ。それだけだ」

 明は恐れる様子もなく、そう言い放つ。

「なんだと――」

「もう黙れ。お前と話すと疲れる。見ろよ。他の連中は、静かにお行儀よく座っている。お前は情けない奴だな」

 明は淡々と、上條の顔を見もせずに言った。

 その態度は、上條を逆上させるには十分だった。

「てめえ殺すぞ!くぉら!オレが死ぬ前にてめえ死なせてやるよ!」

 上條はそう言うと、明の襟首をつかみ、立ち上がらせた。

 しかし――

「今、殺すって言ったな。死なせる、とも言った。てことは、殺される覚悟もできているんだな」

 明はそう言うと、面倒くさそうな顔をした。


 次の瞬間――

 明の右腕が上條の後頭部を通り、首に巻きついた。

 そして上條の首を脇に抱え込む。

 上條の首が、明の脇に挟まれ、頸動脈と気管を腕で締め付けられる。

 明はそのまま、ぐいっと背中を反らせた。

 上條の意識は飛んだ。


 僕は何が起こったのか、わからなかった。

 確かなのは、目の前で上條が動かなくなったことだけだ。

 明は上條の頭を脇に抱えたまま、凍りついている僕たちの方を見た。

「なあ、こいつどうする?お前らの意見を聞きたいんだが」

「ど、どうするって……どういうこと?」

 直枝が震える声を振り絞り、尋ねる。

「こいつを殺すか生かすか……どっちにする?」

 明は、ごく普通の表情で答える。

「なんで殺すの……」

 今度は大場が、蚊の鳴くような声で言った。

「決まっている。こういうバカはトラブルの元だ。こんな状況だと、バカ一人のために足を引っ張られる恐れがある」

「何言ってんの……人殺しは犯罪だよ――」

「こんなに人が死んでるんだ。一人くらい増えたってわからないよ。それに、このバカは、長引けばお前ら女共を襲うぞ、確実にな。少なくとも、オレやそこにいる飛鳥よりはレイプ犯になる可能性が高い。見てれば、わかるだろう?」

 直枝の言葉をさえぎり、明は淡々と語る。

「それにだ、いざとなった時の食糧になる。こいつは体が大きいからな。全員で食べれば――」

「ちょっと待ってよ……食べるって、何……」

 直枝が唖然とした顔で言った。

「……なあ、お前ら知らないのかよ。古今東西、遭難者の事例を調べればわかるが、犠牲者の肉食べた話なんか珍しくないぜ。この雨だ、山の中に捜索隊が来るのは、いつになるかわからないぞ。お前らは食糧を用意していないだろう」

 明はそう言った後、不気味な笑みを浮かべた。

「こいつを殺すのが嫌だと言うなら、生かしておかなけりゃならない理由を言って、オレを納得させてくれよ。オレを説得してみてくれ。女子たちよ、いつもクラスで、あーでもないこーでもないと、下らんお喋りに興じてるだろ。そこで培ったテクニックで、オレを説得してくれ――」

「ひ、人殺しは、つ、罪だから……け、刑務所にも――」

「実にありきたりで、くだらない理由だ。却下」

 芳賀の振り絞るような声での意見は、一言で却下された。

「なあ、飛鳥。お前はなにか意見あるか?さっきからずっと黙ってるけど」

 明は僕の方を向いた。

「なあ、オレも飽きてきたよ。十数えるから、その間に言ってくれ。もしつまらない事を言ったり、何も言えなかったら、こいつの首をへし折る。十、九――」

 どうする?

 なんて答えればいい?

「八、七、六――」

 待てよ。

 これは……。

 明の口元、緩んでないか……。

「五、四――」

 明は笑ってる?

 僕を試してる?

「おい、あと三秒だぜ。飛鳥でなくてもいいぞ。答えたい奴が答えろ。三、二、一、――」






 今回、明が使ったのはフロントチョークという技です。私の説明では分かりにくかったかもしれないので、詳しく知りたい方は調べてみてください。次回は二日後になると思います。よろしければ、お付き合いください。


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