2 月夜に奏でる旋律は 上
「ほら、着いたぞ。ここがファルデテント軍事学校高等部だ」
ファイの指差したそこは大きな学校の門だった。流石は国の学校、それはもう立派過ぎるものだった。
ファイは門の前の兵士に入校許可証を見せエルエリストのことを説明し、門を開いた。中に広がっていたのは広大な草原。先ほど通ってきたところとはまた違い、ところどころ草がなく地面が見えるところもあったり、草が焦げている場所もあった。
「校舎と寮はもうちょい先。ったく、広すぎんだよこの学校」
そう言ってファイは足を踏み入れる。その瞬間から彼は、王族でもなく、皇子でもない。ただの生徒になる。
「この学校が広いのは、生徒や教官方が魔法を使った時に周りの町に被害や迷惑を与えないためだと考えることができます。以上」
「いや、それは何となく理解できるけどさ……。とりあえず、行くぞ」
少し進むと校舎は見えないが生徒はチラホラと見えてきた。入学式、始業式はもうすでに終わったらしく、自主練習をしているようだった。
すると、
「あらぁ?誰かと思ったら、我が国の駄目皇子じゃなぁい。今日はもう来ないものと思っていたのだけれど…。期待はずれね」
「げ、いやな奴と会った……」
前方から歩いてきたのはやたらと胸が大きい金髪巻き髪の女。その容姿と話し方は少女というより美女といった方がふさわしいようだった。
「いやな奴だなんて、失礼ねぇ。始業式はもう終わったわよ。……と、あら、見慣れない顔ね?誘拐でもしてきたのかしら?ふふふっ。これは通報ものねぇ」
ねっとりとした口調で楽しそうに美女は言う。
「ちげーよ!」
「まぁ、私が想像するにその子は機械人形ね。あんたの事だから、いろいろあって最後に名前でも付けてあげようってしたらなんか勝手に契約してしまっていた……。そんなところでしょう?」
「ぅぐ………」
そのあまりにピッタリすぎるその想像にファイは何も言えない。
「正解ね。ふふふっ、流石私だわぁ!」
「主様、此方は?以上」
「キュルア・ローリエン・ルイミネード。俺のパーティメンバーで1つ上の3年だ」
この学校では生徒はパーティと呼ばれるいくつかの団体の中で生活することになっている。同じ団体に所属するメンバーはパーティメンバーと呼ばれ、様々な時に協力をして助け合う。新入生はその数あるパーティの中から1つ選んで入る。誘われて入る人もいれば、無所属で活動する人もいる。人数ではパーティに入っている人の方がはるかに多い。
「よろしく。えぇと……」
「エルエリストです。此方こそ宜しく願います。以上」
「……言っておくけれど、ファイ。このエルエリストの“える”、古代英語のロボットの頭文字から取ったのだとしたらそれは間違いね」
「え?」
「ロボットの頭文字は“l”じゃなくて“r”だもの。綴りは“robot”よ」
瞳を細め得意げに言うキュルア。
「えっ⁈」
「日頃勉強を怠るからよ。あーあぁ、まったく、ダサいわねぇ。皇子なのに」
ふふふっと、ファイのことをいじめることを楽しむかのように嘲笑う。
「ぐ…」
と、そこで。ゆったりのんびりした声をファイは耳元で聞いた。
「キュウの言うとおりだよ、ファイ」
「おわっ⁈」
その声にファイは思わず飛び退く。
そして、相手が誰かを確認すると眉を顰めて言う。
「てめぇ、いいかげんいきなり隣に現れるのやめろや…」
「いやぁ、ごめんごめん。やぁ、銀髪の美しいお嬢さん、よろしく」
ファイの隣に顔を出したのは背の高い青年だった。淡い薄黄緑色の髪に、いつも笑っている碧色の瞳、そして、柔らかな口調と物腰はいかにも好青年のよう。
しかし。
チュッ。
慣れたような手つきでエルエリストの手を取り、手の甲に軽くキスを落とす青年。
「今度、ご一緒に食事でも」
彼が柔らかに微笑んだその時、側にいたキュルアが彼の耳を引きちぎる勢いでつかむ。
「ちょっとぉ、セーナ。あんたなぁに、どさくさ紛れに女の子口説いているのよ?」
「あっ、ちょっ痛っ、痛い!痛いよキュウっ!」
そして、銀髪の美しいお嬢さんは先ほどどおり眈々(たんたん)とした口調で、
「主様。此方の女好きの方は?」
「セーナ・イェン・キャスティス。こいつも3年でパーティメンバー。あれでもキャスティス家…結構有名な家の次期当主だ」
それに、ファイは、かなり失礼な紹介をする。
「女好き…、あれでも…って、ひどいこと言うなぁ。まったく…。まぁ、事実だけどね」
「否定しないのかよ」
つままれた耳を摩りながら変わらずニコニコ笑うセーナにファイはあきれて、ツッコミをいれる。
その直後、ヒュゴッという風を切る音と共に、何かキラリと煌めくモノがファイの耳を掠めていった。
「!?」
そして、ファイの背後から、
「2時間以上も遅れて来るなんて、重役出勤もいいとこよ、ファイ」
「り、リィーア…」
現れたのはファイの幼馴染、リィーア・憐・トールだった。
明るい長い茶髪のポニーテールに、オレンジ色の強気な瞳の彼女は長剣を投げた腕をぐるぐると回す。
そして呆れたような声で、
「まったく、何であんたはいつもいつも…」
「ちょ、おまっ、ごめんて!謝るから!」
このとおりっと両手を合わせながら目を瞑って謝る。
「ほんと、ありえないからね?今日は珍しくあたしが迎えに行ってあげたのに…」
リィーアは不満げにぶつぶつと文句を言う。
それにファイは
「あ、そうだったのか。悪かったな、せっかく迎えに来てくれたのに」
と、本当に申し訳なさそうに再び謝った。
そんなファイにリィーアは少し目を見張った後、しかたないなぁ、とため息を吐く。
そしてようやくエルエリストのほうを見ると、
「で、この子は誰?まさか誘拐でもしてきたんじゃないでしょうね?通報するよ」
ジトッとファイを横目で見る。
「なんでリィーアまで誘拐とか言いやがるんだよ!セーナじゃないんだから、いい加減よせって!」
そんなファイのつっこみに
「いやいやそのつっこみもどうかと思うよ、オレ的に」
柔らかく訂正を入れるセーナ。
しかし、
「まぁ、そうだね。悪かったわ、セーナ先輩がいるの忘れるとこだった」
リィーナはそれを無視して続ける。
「ちょちょ、その返しもどうなのかなぁ!?」
セーナは慌てるがやはり無視され…。
「だろ?エルエリストはそこで拾った機械人形だってば」
セーナは……あきらめた。
そんなセーナはさておき、リィーアはエルエリストの体、顔をまじまじと見つめる。
そして一通り見終わると不思議そうな顔で
「それにしても機械人形なんてよくいたよねー。なんか、ものすごい高性能っぽいし…」
それに、ファイはとくに興味なさそうにけだるく返事をする。
「んあ、そうか?」
「ええ、そうねぇ。確かにいまどきこんなにきめ細やかな肌、柔らかい髪の毛…。人間と見間違えるほどよぉ?」
怪しんでいるのかなんなのか、甘ったるく瞳を細めるキュルア。
そんな様子の中、パンパンッと手を叩く音が響いた。
この「2」はまだ続きますが、長くなりそうなので上下に分けようと思います。また読んでいただけるとうれしいです
しばらく休んですいませんでしたm(_ _)m
高校が忙しくてなかなか更新ができませんでしたが、また再開しますね(o^^o)