大好きでした
吐く息が白く色付く季節。
俺は一枚のはがきに書かれた場所に訪れた。
ここで、久しぶりに大学の元ゼミ生たちが集まる。
『7時より開催』
そう書かれているはがきから視線をずらし時計を見る。時刻は、7時30分を指していた。
幹事の友人には、仕事で少し遅れるであろうことは伝えてある。
もうすでに騒いでいるだろう友人たちの姿が目に浮かんだ。
友人たちの中には、連絡を取り合っている人もいれば、本当に10年ぶりの再会の人もいる。
期待と少しの不安を持って、俺は居酒屋の扉を開けた。
そして、俺はすぐに笑ってしまった。聞こえてくる大きな声が知った人物たちの声だったからだ。
「うるさいな」
苦笑いをしながら、店員に幹事の名字を伝える。案の定連れて行かれたのは、声が聞こえた方向。
「あ!吉田!!こっち、こっち」
俺に気付いて一人が声を上げた。
見知った顔が俺を見る。歳を取っていたが、皆変わってはいなかった。急に懐かしさがこみあげてくる。
「遅いよ、お前。もう始めちゃったからな」
「悪い。でも、幹事のお前には、遅れるって言ってあっただろう?田中」
「そうだけどさ。もっと急いで来いよ」
「これでも急いで来たっつーの」
「田中、お前、絡むなよ。…吉田、お前の席ここな!」
一つ空いている席を叩くのは、今でも交流のある鈴木卓也だ。
俺は頷くとコートを脱いでそこに座った。
「吉田くん、久しぶりだね!まずは、生でいい?」
隣を見ると、鈴本紗智がそう尋ねてきた。
「頼むよ」
「了解。誰か、ピンポン押して!」
「じゃあ、俺も生、追加ね」
卓也の声に他の皆が追加を頼むためにメニューを見出す。その光景が10年前と本当に変わらず、俺は少し嬉しくなった。
「なあ、俺いい仕事しただろう?」
「は?」
「だから、席」
卓也が嫌な笑みを浮かべている。そっと空いたグラスを数えた。
2つ。
まだ酔ってはいないだろう。
だからこそ、気を使って小声を出しているのだろうから。でも、酔っていないならなおさらその顔は質が悪い気がした。
俺は少しため息をつく。
「お前、俺が気を使ってやったのにため息をつくとは何事だ?」
「はいはい。ありがとう」
「心がこもってないぞ」
そう言いながらも楽しそうな卓也に俺は心の中で大きなため息をついた。
「ねぇ、何の話?」
「いや。なんでもないよ~」
「…鈴木くん、もう酔ったの?」
「そうかもね。…こいつ、酒は弱くない筈なんだけどな」
横から肩をつついてくる卓也を無視して、俺は鈴本の方を見た。
「なんか、変わんないね。二人とも」
楽しそうに笑う。その笑顔こそ、全く変わっていなかった。
「鈴本こそ」
「そうかな~」
「そうだよ」
「ところで、吉田くんは今何やってるの?」
「仕事?」
「うん。こっちの方にいるんだよね?」
「ああ。今は普通にサラリーマンしてるよ」
「そっか。順調?」
「ぼちぼち、かな。ノルマを頑張ってこなしてるって感じ」
「ノルマがあるんだ?大変だね」
そう言いながら、鈴本がさっと運ばれてきた生ビールを俺の前に置いた。
「ありがとう」
「…でも、なんか皆盛り上がっちゃってもう一回乾杯って感じではなさそうだね」
周りを見渡しながら、苦笑いを浮かべる。
「いいよ。なんかそれも恥ずかしいし」
「それにしても、皆変わらないよね」
「そうだね。…鈴本は今何してるの?」
「私も普通にOL」
「大変?」
「そんなことはないよ。うちの所は吉田くんの所と違ってノルマがないから。でも、ちょっと人間関係が面倒くさいかも」
「それはどこも一緒だよ」
「やっぱり?」
そう言って二人で笑い合う。
グラスとグラスを合わせて小さく乾杯をした。
冷たい生ビールが喉を潤す。なんだか今日はすぐに酔ってしまいそうな気がした。
「鈴本」
「ん?」
グラスに口をつけながら、こちらを見る。
「少しだけ、歳をとったね」
「それは、お互い様でしょう?」
そう言いながら、鈴本は笑みを浮かべた。
「だって、ほら、ここに皺」
そう言って、俺の目元を触る。
「え、気付いてなかった」
「本当に?ちょっとだけだけど、あるよ?」
「ちょっと、ショックだ」
俺は少し目線を下げる。すると、鈴本がまた笑った。
「なんか、前にもこんなことあったね」
「そう言えば…なんだったかな?」
「…そうだ!私が吉田くんの白髪を見つけたんだよ」
「そうそう!ま、あの一本だったから、よかったけど、ショックだったんだよな。学生の頃は」
「…なんかすごく昔のことのような気がするね」
鈴本の目は、どこか遠くを見ているようだった。
当たり前かもしれない。だって、10年も前なのだから。
鈴本と俺には、学生時代以外付き合いはない。
時々同窓会は開かれたが、俺が出席していた時は、鈴本は来ていなかった。卓也に聞いた話だと、鈴本が出席していた時は、俺が行けなかったらしい。
だから、本当に10年も経っているのだ。
こうやって最後に一緒に飲んでから。
俺は、ビールを喉に流し込みながら、ちらりと鈴本を見る。
学生時代に比べ、着ている服装は落ち着いている。あの頃は髪が短かったのに、今は長い髪を一つに括っていた。
話し方も少しだけ違うように見えた。
けれど、笑顔は変わらない。
いつも、優しく微笑むように笑うその笑顔は。
「おいおい、吉田。もっと飲めよ」
「おう!飲んでる、飲んでる」
「なんか、吉田と飲むの久しぶりだな」
「何言ってるんだよ。お前とはこの前飲んだだろ?」
話しかけられて俺はちらりと横を見た。鈴本も他の連中と昔話に花を咲かせている。
「吉田。聞いてるか?」
「聞いてるって。んで、それからどうしたんだよ」
「それでな…」
微かに聞こえる鈴本の声に意識を残しながらも、友人の武勇伝を「うん、うん」と聞いた。
この感じも久しぶりだった。
飲み放題の時間も終わり、俺たちは店を出た。
「二次会行くだろ?」
田中が皆に聞いている。
「ごめん。俺、今日は帰るよ」
「吉田。遅れてきておいて、二次会にも参加しないのかよ」
周りから冗談交じりの不満の声が漏れる。
「ごめん、ごめん。今度は絶対参加するから。…またあるんだろ?同窓会」
俺の言葉に皆が周りを見渡す。
少し遅れて、田中が言った。
「あるに決まってるだろ?」
その言葉に、友人たちは大きく頷く。
「また呼んでくれよ!」
そう言って手を振り歩き始めた。
「吉田くん!」
少しすると俺の名を呼ぶ声。見ると鈴本が小走りで近づいてきた。
「あれ?」
「へへ。私も、帰ろうかなって。だから途中まで一緒に帰ろう?」
「駅?」
「うん」
「じゃあ、送ってくよ」
「悪いから、いいよ。途中までで」
「いや。一人で帰らせたら怒られるから。大学時代もそうだっただろ?」
「…そう言えば、そうだったね。なんか、こうやってよく吉田くんと一緒に帰った気がする」
「そうそう。そんで、皆にからかわれたんだよな」
「特に鈴木くんにね」
冷たい風が吹いた。鈴本が小さく身体を揺する。
「寒い?」
「ちょっとね」
俺は、自分がしていたマフラーを外し、鈴本の首に巻いた。
「…ありがとう」
「いえいえ」
「…」
「…」
「…鈴本、髪長くなったな」
「うん。……今付き合っている人が好きなんだ。長い髪」
「そっか」
そう言って俺は空を見上げた。いくつかの星が光っている。それがなんだか綺麗だった。
「うん。…吉田くんはそういう人いるの?」
「いるよ。髪の毛は短いけどね」
「そうなんだ」
今度は鈴本が空を見上げた。
「…鈴本。俺さ。鈴本が全然変わっていなくて嬉しかったよ」
「歳をとったって言ったじゃない」
「それは事実だろ?」
「もう~」
「あはは。ごめん、ごめん。でも、…変わってなかった。笑い方とか」
「そう?」
「うん。俺、その笑い方好きだったよ」
「そっか」
「…」
「…」
「…俺さ、大学時代、鈴本が好きだった。だから、時々こうやって二人きりで帰れるのすげぇ嬉しかった」
「……私も」
小さい声を俺は聞き逃した。もう一度というように鈴本の顔を見る。
鈴本の足が止まった。同じように、俺も歩みを止める。
「私も好きだったよ。ずっと」
「そっか。両想いだったんだな俺たち」
「うん」
「…」
「……私ね。今度結婚するの」
「そうなんだ」
「だから、今日。ずっと言いたかったことを言えてよかった。これで、やっと素直に結婚できる気がする」
「…うん。俺も。…俺も、ずっと言いたかった」
すっと、鈴本が手を伸ばした。俺はそれを黙って握った。
駅までの道のり、俺たちはずっと手を繋いでいた。
「ありがとう」
駅の前で、鈴本が手を離す。急に冬の寒さを感じた。こんなにも寒かったのだと。
「こちらこそ、ありがとう」
「あ、そうだった。これも、ありがとう」
俺の渡したマフラーを外す。長い髪が少しだけ絡まっていた。
「家までもう少し掛かるんだろう?よかったら、それ、あげるよ」
俺の言葉に鈴本は首を振る。
「彼が嫉妬すると困るから。…吉田くんの優しさはここにおいて行くよ」
「…そっか。なぁ、鈴本」
「ん?」
「本当に、大好きだったよ」
「私も」
「でも、全部過去形だ」
「うん。私もそうだよ」
そう言って笑う鈴本はやはり昔と何も変わらず優しかった。
「バイバイ」
「ああ。また、同窓会で」
「うん。また、同窓会で」
鈴本は一度手を振ると、もう振り返りはしなかった。小さくなっていく背中を俺は静かに見つめる。
人ごみに鈴本の姿は見えなくなった。
俺は手に持つマフラーを首にかける。少しだけ甘い匂いが残っていた。
ポケットから携帯電話を取り出す。履歴の一番上を押した。
「もしもし?どうした?…飲み会じゃなかったの?」
携帯越しに彼女の声が聞こえた。
「そうだけど、もう終った」
「え?二次会は?」
「ん~。…それよりさ」
「ん?」
「会いたいから、家に行ってもいい?」
「……何それ?」
「ただ、会いたいだけ」
「…なんか、変なもの食べたの?」
「失礼だな、お前」
「だって普段そんなこと言わないじゃない」
「結婚するって友だちがいてさ…ちょっと会いたくなった」
「…そっか」
「行っていい?」
「いいよ」
「なぁ」
「ん?」
「好きだよ」
電話口で彼女が照れたように笑っていた。優しい笑い方ではなかったが、今一番大好きな笑い方だった。
空を見上げると、星が輝いている。
それは10年前と何も変わらない風景だった。
おまけ
ちなみに、自分で書いたこの詩をもとに作りました。
<詩>
久しぶりに行った同窓会の席で、僕は君に言った
「少しだけ、歳をとったね」
「お互い様でしょう?」
そう笑う君があの頃の君と重なったよ
ねぇ、今なら言ってもいいよね?
大人になった。別の道を歩いた。
だから、
「君が大好きでした」
ずっと、言いたかった想いあの頃、胸が詰まって言えずにいた言葉。
「君が大好きでした」
懐かしさを笑顔に込めてようやく言えた。
僕の大切で、大きな気持ち。
「誰よりも、君が大好きでした」
どうだったでしょうか?
何かありましたら、コメント、評価などいただけると
非常に嬉しいです。
また、春樹亮は他の作品も書いております。
どうか、よろしくお願いいたします。