9-1 -エルゼイラへ-
―――――同刻、某所―――――
暗い石造りの建物、その石でできた廊下を歩く一人の人物、女性らしい胸のふくらみと長い赤髪、露出のほとんど無い服を着込んだ女は木でできた古臭い扉を開けた。
「帰ったか・・・」
聞こえてきたのは低い男の声、のどの奥から出るような低い声が空気を震わす。
女は威圧感すら覚えるその声にも動じず、声のほうに視線を放る、そこには大柄でがっしりとした体格の男・・・いや、正確にはその男は人間ではない、その頭は人間のような肌ではなく、黒い毛に覆われ、顔の形は犬のような形をしている、さらに視線を下に下げると手が見える、その手も同じように黒い毛に覆われ、爪は鋭く、長い。足は長いズボンに隠れて様子は分からない、そしてもう一つ、人間とはまったく異なる部分がある、腰の辺りからだらりとたれている狼の尾。彼は人と狼が合わさったような姿をしている。
彼も列記とした召喚獣である。広く『亜人』と呼ばれる種族で、きほんは人型で、何かしらの獣の特徴を持っている。ここにいる男は狼の亜人、人狼や狼男と言えばわかりやすいだろうか。
その人とはかけ離れた容姿を見ながら女は言う。
「ああ、うるさい糞爺の説教を受けてきたところさ」
彼女はその場にいない誰かの悪態をつく、目の前の人狼は誰の事を言っているのか分かっているらしく、大口を開け、その鋭い牙をあらわにしながら笑う。
「ハッハッハ!お前は本当にアイツが嫌いだな」
「ふん、それより、次の仕事だ」
彼女は部屋においてあった剣を取りながら人狼に言う。
「次はエルゼイラだ、お前も来い。かならず例の金髪の小娘を捕らえろとさ」
「ああ、分かった・・・フレイヤ」
また低い声が響いた。
二人は手早く支度を済ませ、その部屋を出た。再び石造りの廊下を歩いていく。そんな二人の前から一人の男が歩いてくる。
黒いスーツに身を包み、シルクハットを深くかぶり、手にはステッキを持っている、その貴族らしき男は二人の前で立ち止まった。
「おや、これはこれは、フレイヤさんとお供の“わんこ”ではありませんか」
その男はシルクハットを人差し指でクイと上げながら二人に言う。
「出たな胸糞悪いひげ・・・」
『わんこ』と言われた人狼が悪態をつきながら、のどを鳴らす。おまけに牙まで剥いているところを見ると、そうとうこの男の事が嫌いらしい。
しかし、男はそんなことは気に留めず、軽い口調で続ける。
「あ、今この髭を侮辱しましたね、まったく躾のなっていない犬です」
その言葉に人狼はさらにうなり声を大きくする。
「だまれ!その髭食い千切ってやる!」
廊下に低い声が反響する。
まさに噛み付きそうな勢いで言う人狼をフレイヤと呼ばれていた女が制止する。
「やめとけ、まずいぞ」
しかし制止の言葉にも卑下の言葉が含まれている。
「で、なんのようだ?」
女は続けて言った。
それを聞いた男は変わらない様子で言う。
「ああ、お二人がエルゼイラに行くのならついでに連れて行ってもらおうと思いまして」
「勝手にしな」
フレイヤは肩にかかった髪を払いながらそっけなく応える。男はさっさと歩いていく彼女らの後ろに数歩分間隔をあけて歩いている。
長い廊下を抜け、重々しい扉を開けると、外から日光が差し込んでくる、後からついてきていた男は何をしたのか、手に持っていたステッキを日傘に変えていた。傘が差し込む日光をさえぎり、白い男の肌をさらに青白く見せていた。
石造りの建物を出ると、その前は大きく開けていた。
何かの施設のようだが・・・
「さて、ちょっと待ってな」
フレイヤは服のポケットからチョークを取り出すと、地面に円を書き始めた。
ただの円だったそれは徐々に複雑になっていく。
方膝を立てて陣を描くフレイヤのスカートのスリットから太ももが露出しているが、この場にいるものは一人もそれに注意を注ぐことは無かった。
男が、フレイヤの白い肌を気遣ったのか、日傘で影を作ったが、「邪魔だ」と一蹴。男は膨れっ面でフレイヤに背を向けた。
少し経ってから何も言わずにフレイヤが立ち上がった。肩にかかっていた赤い髪がするりと流れ落ちる。
「いくぞ・・・」
彼女は小さく呟き、足を肩幅に開いて構えなおす。
そして左手を魔法陣に向かってかざし、呪文を唱え始める。
『太古の契約の下、幻界との扉を開く、その姿をもって我が力となれ。来い、グラム』
詠唱が終ると先ほど書いた魔法陣が赤い光を放ち始める。そして、その魔法陣の中から巨大な頭が現われた。そしてそれはヘビのようにうねりながら上空へ上って行く。
ヘビのような首と巨大な翼、大木のような足、先端に向かうにつれて細く、しなやかになる尾。
黒い鱗は日光を反射して一枚一枚が黒曜石のようにきらきらと輝いている。
それは上空で巨大な咆哮を一つ上げるとフレイヤの目の前に下り立った。
地震のような地響きを起こしながら下り立ったその翼竜を見て男は拍手を送っていた。
「おみごと」
「そりゃどーも」
参賞の言葉だが、フレイヤは大して嬉しくもなさそうに応える。それは男の言葉が幾分か棒読みだったためだろうか。
「さて・・・とさっさと乗りな、あんたは・・・こいつの口でいいかい?」
男に向かって冗談を投げる。フレイヤの言葉で、人狼はすでにドラゴンの巨体に駆け上がっていた。その背中には巨大な鞍が装備してある。
「口は遠慮しておきます。閉所恐怖症なのでね」
「よく言う」
乗れ、と、あごで示すと、その男も龍の背にひょいひょいと登っていく。フレイヤも背に乗り、龍の右側に両足を下ろし、足を組んでいる。
「いくぞ、グラム」
声を掛けるとその龍はゆっくりと頷き、パキパキと音を立てながら巨大な翼を広げた。
そして、一気に翼を振り下ろす。その巨体は一気に上空へと舞い上がり、その影はあっという間に鳥のように小さくなった。




