琥珀と白尾
隣村からの帰り道のことだった
ギャン、と狐の鳴き声が聞こえた
宗一郎は辺りを見回すと、少し先の草むらが揺れている
宗一郎の村では、農業作物を荒らすネズミを食べてくれる狐はありがたい獣とされていた。さらに狐は、お山のお稲荷様のお使いとしても大切にされている
何かあるなら、助けなければ
宗一郎がこわごわ草むらを掻き分けると、そこには一匹の子狐がうずくまっていた
「お前、大丈夫かい?」
宗一郎がそっと手を伸ばすが子狐は怯え身を固くしていた
その時、別方向からガサガサと音がした
咄嗟に子狐を抱き上げ、宗一郎はそのまま村へと駆け出した
村の入口が見えてきた
宗一郎は息を弾ませ、後ろを振り返ったが何もいない
そこでようやく安堵して立ち止まった
腕の中の子狐を見ると足に小さな傷があった
宗一郎は手持ちの傷薬を傷へ塗ってやると子狐を道に下ろした
子狐は宗一郎を見上げると、お山の方へと駆けて行った
宗一郎も村のお山へ向かった
隣村へのお使いを済ませ、無事に村へ戻って来たことをお稲荷様へ報告する
これが村へ帰ってきた時の宗一郎の決まりだった
お山から見える村は今日も穏やかだった
それから宗一郎は、子育てをする狐を見かけると、あの日の子狐はどうしているだろうと思い出すようになった
お稲荷様の掃除をし、供物を供えるのは村長の息子である宗一郎の仕事だ
宗一郎はその日もお稲荷様の掃除をし、お参りを済ませ帰ろうとした
その時、ふと視線を感じた
いつの間にかお社の横に狐が座ってこちらを見ていた
琥珀の瞳に、半ばまで白い尾
たっぷりと艶のある美しい被毛
その姿は、村に伝わるお稲荷様のお使い「白尾様」のお姿そのものだった
宗一郎はその場で平伏した
しばらくして顔をあげると白尾様のお姿はもう無かった
その日以来、宗一郎は白尾様のお姿を見かけるようになった
山の中や村の中で白尾様のお姿を見かけるが、すぐにどこかへ消えてしまう
ところが、この日は違っていた
白尾様がじっとこちらを見つめている
「どうかなさいましたか?」
宗一郎が声をかけてみると、白尾様は道の先へ顔を向け、すぐにこちらを見つめてきた
まるで着いてこいと言わんばかりに
宗一郎はおそるおそる白尾様の方へ歩き出すと、白尾様がゆっくりと歩き出した
辿り着いたのは、稲刈りが終わった田んぼだった
白尾様の視線の先に一匹の若い狐がいた
何度も飛び上がり、失敗を繰り返している
ようやくネズミを捕まえたようでなにかをくわえ、ゆうゆうと歩いて行ってしまった
あの時の子狐だろうか
元気に過ごしているなら良かった
宗一郎は白尾様にお礼を言おうと周りを見回したが、もうお姿は無かった
宗一郎は温かな気持ちになり、明日、お稲荷様へお礼をしようと決めた
冬になると村は雪に閉ざされる
お山へ登ることも困難になってきたある冬の夜のことだった
ギャン、ギャンギャン
狐の鳴き声が村中に響いた
宗一郎は目を覚まし、父である村長の元へ行った
「親父、あの声は白尾様ではないかと思う」
「わしもそう思う」
村長もそう言った
宗一郎と村長が家の外に出てみると、村人の何人かが表に出てきていた
「狐の鳴き声が気になって」
人々は皆口を揃えて言った
その時だった
ぐらぐらと地面が揺れた
揺れは長くは続かず、すぐに収まった
夜中だというのに、ほとんどの村人が起きて外へ出ていた
ギャン、ギャンギャン
再び狐の鳴き声が響いた
宗一郎は咄嗟に振り返る
白尾様の後ろにあるお山が震えているように見えた
「雪崩だ!みんな逃げろ!」
宗一郎は叫び皆を誘導する
小山から押し寄せた雪崩は村の半分ほどを飲み込んだ
慌てて転び、擦りむいたものはいたが、狐の声で皆が起こされていたため、誰ひとりとして命を落とすことは無かった
村の立て直しは大変だった
それでも、誰もが白尾様へ感謝していた
稲荷神社は雪崩に呑まれ潰れてしまっていた
それでも雪の中から、御神体と思われる銅鏡と小刀を見つけることはできた
しかし、銅鏡は割れ、小刀は錆びて欠けてしまっていた
そこで村人たちはお社を建て直すことにした
銅鏡と小刀は磨き直し、新たに白尾様の為の鏡と短刀を奉納することとなった
鏡は白尾様の瞳の色から「琥珀」
短刀は「白尾」
新たな稲荷神社の隣に白尾神社も建てられ「琥珀」と「白尾」を納めた
あの日以来、白尾様を見かけることは無くなっていた
だが村人は、新たな稲荷神社と白尾神社へのお参りは欠かすことが無かった




