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第29章 江南の迷宮

 1. 南下


 天啓元年、十月十五日。


 長江の上に、戦船が延々と連なっていた。


 顧雲深(コウ・インシン)は楼船の甲板に立ち、両岸に広がる一幅の絵画のような雄大な山河を眺めていた。秋風が荒々しく吹き抜け、彼の黒いマントを大きく揺らす。背後には2万の御林軍(近衛兵)と百隻の楼船が控え、掲げられた軍旗が空を覆い尽くさんばかりであった。


「陛下」蘇青(スー・チン)が彼の傍らに歩み寄った。「物見からの報告によりますと、蕭将軍がすでに二つの州を奪還いたしました。崔琰(ツイ・エン)は蘇州へと退き、城に立てこもって激しく抵抗している模様です」


 顧雲深は頷き、その表情は至って静かであった。


「蕭千山の戦いだ、安心している」


 蘇青は彼をちらりと見やり、何か言いたそうに口をつぐんだ。


 南下を開始してからの数日間、顧雲深は言葉少なで、大半の時間を船首に立ち、南方を見つめて物思いに耽っていた。蘇青には分かっていた。彼がかつての出来事や、江南に潜む黒幕のことを考えているのだと。


「陛下」蘇青が静かに声をかけた。「密報によりますと、崔琰は最近、他の名門望族(士族)と接触しているようです。どうやら……彼の背後に後ろ盾がいるようなのです」


「誰だ?」


「まだ特定できておりません」蘇青は首を振った。「ですが調査によりますと、崔氏はこの数年、『済世堂(さいせいどう)』という商号と深く交友していたことが分かりました。済世堂の店主は、陸(りく)という姓です」


「陸?」顧雲深は眉をひそめた。「どの陸だ?」


「江南の陸家です」蘇青の声が低くなった。「かつて顧氏と婚姻関係にあった、陛下の御母堂様のご実家――陸家でございます」


 顧雲深の身体が、一瞬にして固まった。


 陸家?

 母の生家だと?


「あり得ない」顧雲深は思わず口にした。「陸家は母の家系だ。顧氏が全滅した際、陸家も連座して多くが命を落とした。彼らが黒幕であるはずがないだろう」


「私もそう疑わしく思っております」蘇青は思案顔で言った。「ですが、手がかりは確実に陸家を指し示しているのです。済世堂は陸家の事業であり、崔琰の反乱軍の糧食や軍需品の大半は、済世堂から供給されております」


 顧雲深は振り返り、鋭い視線で蘇青を見つめた。


「確かに調べたのだな?」


「間違いございません」蘇青は深く頷いた。「わが配下の者が、済世堂の船団が崔琰に兵糧を運んでいる現場をこの目で確認いたしました」


 顧雲深は沈黙した。


 彼は再び背を向け、江の水面を見つめたまま、長い間言葉を発しなかった。


 陸家……。

 母の生家。


 幼い頃、母方の祖父母の家にしばらく滞在したことがあった。祖父は優しく、祖母は温和で、叔父たちもみな彼を可愛がってくれた。


 あのような一族が、なぜ顧氏の絶滅に関与するというのか?


 > 【システム提示:宿主の心境検知】

 > 冷酷: 85(-5)

 > 仁徳: 10(-2)

 > 決断: 92(-4)

 > 検知: 信頼崩壊の前兆

 > 推奨: 冷静を保ち、早急な結論を避けること

 >

 >


「陛下」蘇青がおずおずと口を開いた。「あるいは……一族全体の意向ではないのかもしれません。誰か個人の独断で、一族に隠れて行っている可能性もございます」


 顧雲深は答えなかった。


 やがて、彼はゆっくりと呟いた。


「江南に着けば、すべての真相が明らかになる」


 その声はどこまでも静かだったが、蘇青には分かっていた。その静寂の底に、押し殺された嵐が吹き荒れていることを。


 ---


  2. 蘇州


 十月二十日、蘇州城外。


 顧雲深の御駕(帝の車列)は、蕭千山の大軍と合流した。


「末将、陛下にお目見えいたします!」蕭千山は片膝をついた。「不甲斐なくも蘇州を落とせずにおります。どうぞご処罰ください!」


「立ち上がれ」顧雲深は馬から下りた。「蘇州城は濠が深く城壁も堅固、崔琰も必死で抵抗している。落ちぬのも無理はない」


 彼は本陣へ向かって歩きながら尋ねた。


「現在の戦況は?」


「ハッ」蕭千山は立ち上がり、後に続いた。「崔琰の反乱軍はおよそ5万。そのうち精鋭2万は崔氏の私兵でございます。城内の糧食は豊富で、少なくとも半年は持ちこたえられるかと。それに……」


 彼は言葉を濁した。「それに末将が察するに、崔琰軍の装備は非常によく、我ら近衛兵の装備を凌ぐほどでございます」


 顧雲深は足を止めた。


「どれほど精良なのだ?」


「戦利品として奪った横刀(大刀)がございます」蕭千山は一振りの刀を差し出した。「どうぞご覧ください」


 顧雲深は刀を受け取り、鞘から抜いた。その瞬間、彼の瞳孔がわずかに収縮した。


 刀身は凄まじい寒光を放ち、刃先は極めて鋭利であった。そして刀の背には、小さく「陸」の文字が刻まれていたのだ。


「陸家……」顧雲深は呟いた。


「陛下、ご存じなのですか?」蕭千山は驚いた様子を見せた。


「いや、何でもない」顧雲深は刀を鞘に納め、平静を装った。「攻撃を継続せよ。ただし『囲三闕一(三方を囲み一方を開ける)』の陣を取り、退路を一つ残しておけ」


「陛下、それは……蛇を穴から誘い出すおつもりですか?」


「そうだ」顧雲深は頷いた。「孤立した城に閉じ込められれば、崔琰はいずれ耐え切れなくなる。退路を残しておけば、一か八かの突囲に出るはずだ。城から出てしまえば、料理するのは易しい」


「了解いたしました!」


 顧雲深が本陣の大幕に入ると、蘇青が中で待っていた。


「陛下」蘇青は一通の書簡を差し出した。「陸家について調査した件でございます」


 顧雲深は書簡を受け取り、目を通すにつれて眉間のしわを深めていった。


 そこにはこう記されていた。


 陸氏: 江南四大士族の筆頭。顧氏絶滅の際、顧氏と親族関係にあったため連座。当主の陸崇は自害を命じられ、長男の陸明は流罪、財産の大部分が没収された。しかし奇妙なことに、陸家はわずか数年で再び頭角を現した。


「再び頭角を現した?」顧雲深は顔を上げた。「どのようにしてだ?」


「海運でございます」蘇青が言った。「陸家の次男である陸雲(ルー・ユン)――すなわち陛下の二番目の叔父上に当たる人物ですが、流刑の途上で『病死』したとされていました。しかし実際には海へ逃れ、貿易事業を起こしたとの噂がございます。十年後、彼は莫大な財を携えて江南へ戻り、陸家を再興させたのです」


「陸雲……」顧雲深は呟いた。


 彼にもその二番目の叔父の記憶があった。聡明で商才に長け、人付き合いも上手な人物だったはずだ。幼い頃、よくべっこう飴を買ってくれたことを覚えている。


「その陸雲は、今どこにいる?」


「蘇州城内に潜伏しているとの情報がございます」蘇青は言った。「崔琰がここまで持ちこたえられたのも、裏で彼が支援しているからに違いありません」


 顧雲深は書簡を閉じ、静かに目を閉じた。


 陸雲……。

 二叔父さん……。

 なぜなんだ?


 ---


  3. 夜の潜入


 その夜、蘇州城外。


 ひとつの黒い影が、音もなく本陣を抜け出し、蘇州城の方向へと疾走していった。


 黒影の動きは身軽で、まるで幽鬼のように夜闇を駆け抜ける。程なくして蘇州城の下へと辿り着いた。城壁の影を利用し、ヤモリのように垂直な壁を登り切ると、そのまま城内へと忍び込んだ。


 城内は厳重な警戒態勢が敷かれていた。巡邏の兵士があちこちを歩き回り、三歩ごとに見張り、五歩ごとに陣が置かれている。


 黒影は巡邏を巧みに避け、城内最大の邸宅――崔府へと行き着いた。

 屋敷の中に静かに忍び込み、屋根の棟を伝って、ついに書斎の真上へと辿り着いた。


 書斎の中には明かりが灯っていた。

 ふたりの男が話をしている。


 ひとりは崔琰。そしてもうひとりは――

 青い錦の長袍を纏った中年の男であった。面立ちは引き締まり、風雅で品のある佇まいを見せている。


「陸兄(雲兄)」崔琰の声には焦りが混じっていた。「顧雲深自らが乗り出し、蕭千山も猛勇を振るっている。蘇州城は……もう持ちそうにない」


「雲兄」と呼ばれた中年の男こそ、陸雲であった。

 陸雲は茶碗を手に持ち、至って平静な面持ちで言った。


「守れないのなら、守らなければよい」


 崔琰は呆気にとられた。「雲兄、それはどういう意味だ?」


「言葉通りの意味だ」陸雲は一口茶を啜った。「蘇州が落ちようと、我々には次の手がある」


「次の手?」崔琰は眉をひそめた。「一体どんな手だ?」


 陸雲は茶碗を置き、立ち上がると窓辺へ歩み寄り、夜空を見上げた。


「崔兄、我が陸家がこの数年間で、これだけの準備しかしていなかったとでも思うのか?」


 彼は振り返り、崔琰を見つめた。その瞳に鋭い光が宿る。


「江南七州六十四県、その半数の県令(知事)は我らの手先だ。水軍、漕運(水運)、塩鉄の利権……すべて我らの掌中にある。顧雲深が蘇州を取ったところで、何ができよう?」


 崔琰の目が輝いた。「雲兄、まさか……!」


「奴が城を攻めるなら、我らは奴の兵糧を断つまで」陸雲は冷笑した。「江南は豊穣の地だが、兵糧庫の鍵を握っているのは我らだ。顧雲深の大軍が食べているのは北方の糧食。兵糧補給路さえ断ち切れば、三か月も経たずに奴はコソコソと撤退せざるを得まい」


 崔琰は親指を立てた。「さすがは雲兄、見事な知略だ!」


 陸雲は手を振った。「その話はここまでだ。崔兄、顧雲深が来た以上、蘇州城の陥落は時間の問題だ。覚悟を決め、その時が来たら私と共に水路から脱出するぞ」


「脱出? 一体どこへ?」


「海の上だ」陸雲の声は至って静かだった。「あそこには我らの根拠地がある。顧雲深の騎兵がどれほど強かろうと、海の上では無力に等しい」


 崔琰は頷いたものの、その瞳に迷いの色が過った。


「雲兄……ひとつ聞いてもよいだろうか」


「言ってみろ」


「昔……顧氏の一族を絶滅させたのは、本当に君の仕業なのか?」崔琰の声は低かった。「顧昀(コウ・イン)は君の義理の兄(義兄)だったはずだろ」


 書斎の中が、一瞬にして静まり返った。


 陸雲は窓辺に立ち、崔琰に背を向けたまま、長い間口を開かなかった。

 やがて、彼はゆっくりと振り返り、冷酷な声を絞り出した。


「私がやった」


 崔琰の全身が激しく震えた。


「な……なぜだ!?」


「なぜだと?」陸雲は鼻で笑った。「顧昀が死に値する男だったからだ!」


 彼は向き直り、その目には凄まじい憎悪が満ちていた。


「父の死も、兄の死も、陸家の没落も……すべて顧昀のせいだ!」


「し、しかし顧大人(顧閣下)は君の義兄ではないか!」


「義兄だと?」陸雲はあざ笑った。「奴が私を弟だと思っていたなら、父が自害させられ、兄が流刑にされるのを黙って見過ごすはずがない! 奴には救う力があったのに、なぜ救わなかった!?」


 彼の声は次第に高くなり、激しさを増していった。


「当時、我が陸家は国をも凌ぐ富を誇っていた。朝廷が堤防を修繕する際、父は財産の半分を寄付したのだ。だが結果はどうだ? 赵嵩(チョウ・スウ)という犬めが、父が公金を着服したと濡れ衣を着せ、牢獄にぶち込んだ! 顧昀は宰相でありながら、一言発すれば父を救えたはずだ。それなのに、なぜ黙っていた!?」


 崔琰は口を開けたが、何も言えなかった。


「父は牢内で死に、兄は流刑の途上で息絶え、私は海外へ逃亡を余儀なくされた……」陸雲の声が震えていた。「これらすべては、顧昀が見殺しにしたからだ!」


「だから……君は赵嵩と手を組み、顧氏を一門皆殺しにしたというのか?」崔琰の声は恐怖で震えていた。


「手を組んだのではない、利用したのだ」陸雲は冷たく言い放った。「赵嵩という愚か者は私を利用しているつもりだったろうが、実際に利用されていたのは奴の方だ。赵煜(チョウ・イク)という出来損ないも、皇帝気取りだったが私の駒に過ぎん」


 彼は崔琰に歩み寄り、鋭い視線を浴びせた。


「崔兄、覚えておくがいい――この天下はいつだって、賢者が支配するものだ。顧昀は利口だったが、愚直すぎたゆえに死んだ。赵嵩は利口だったが、強欲すぎたゆえに死んだ。赵煜も利口だったが、軟弱すぎたゆえに廃された」


「私だけが」彼は自分を指さした。「最後まで生き残る者なのだ」


 崔琰は彼を見つめながら、背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 彼は陸雲がただ陸家を再興したいだけだと思っていたが、これほどまでに野望が大きく、手段を選ばない男だとは思いもしなかった。


「雲兄……」崔琰の声はかすれていた。「では……我らはこれからどうすれば?」


「待つろ」陸雲の瞳に冷ややかな光が宿った。「顧雲深が城を攻めてくるのを待つのだ。奴が勝利を確信したその時に――」


 彼は言葉を切り、唇の端に冷酷な笑みを浮かべた。


「飛び切りのサプライズを贈ってやる」


 ---


 4. 驚覚


 屋根の上の影は、静かに引き下がっていった。

 来た時と同様、去る時も音ひとつ立てなかった。


 間もなくして、影は本陣へ戻り、中央の大幕へと入った。


「陛下」影は覆面を外した。現れたのは精悍で整った顔立ちの男――王遠(ワン・ユエン)であった。


 顧雲深は勢いよく立ち上がった。「どうだった?」


 王遠の表情は重苦しかった。


「陛下、すべて判明いたしました。崔琰の裏にいるのは、間違いなく陸雲でございます。そして……」


 彼は一瞬言葉を詰まらせた。「かつての顧氏絶滅事件の真の黒幕も、陸雲でございました」


 顧雲深の身体がグラリと揺れ、机を掴んでどうにか踏みとどまった。


「本当に奴だったのか……」彼は呟いた。「本当に、二叔父さんだったのか……」


 王遠は声を潜めて言った。


「陸雲は、当時の顧閣下が見殺しにし、陸家を破滅させたと深く恨んでおりました。それゆえ赵嵩と手を組み、赵煜を利用して、顧氏絶滅の手筈を整えたとのことです」


 顧雲深は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。


 > 【システム警報:宿主の心境が激しく動揺】

 > 冷酷: 99(+14)

 > 仁徳: -5(-15)

 > 決断:98(+6)

 > 警告: 制御不能の危険あり

 >

 >


「陛下」王遠は心配そうに彼を見つめた。「お怪我はございませんか?」


 顧雲深はゆっくりと目を開けた。その瞳からは、すでに一切の感情が消え失せていた。

 底なしの冷たさと空虚さ――まるで氷の張った深淵のようであった。


「余は平気だ」彼の声は不気味なほど落ち着いていた。「伝令を出せ。明日、攻城を開始する」


「陛下」王遠は躊躇しながら言った。「陸雲はまだ奥の手があると言っておりました。江南七州六十四県の半数の県令は己の手先であり、我らの兵糧補給路を断つと……」


 顧雲深は冷笑した。


「兵糧路を断つだと?」


 彼は地図の前へ歩み寄り、指先で江南の版図をなぞった。


「奴が我らの糧食を断つつもりなら、我らはまず奴の根を絶つまでだ」


 彼は顔を上げ、鋭い眼光を放った。


「王遠、お前に精鋭騎兵五千を授ける。今夜中に出発し、蘇州の背後に回り込み、陸家の本拠地――呉郡(ごぐん)を叩き潰せ」


「はっ、仰せのままに!」


「それから」顧雲深はさらに命じた。「水軍に伝令を送り、あらゆる水路を封鎖させよ。陸雲を絶対に海へ逃がすな」


「はっ、謹んで奉答いたします!」


 王遠が下がると、顧雲深は一人地図の前に立ち、長い間身動き一つしなかった。


 ろうそくの炎が揺らめき、彼の冷たい横顔を照らし出していた。


 陸雲……。

 二叔父さん……。


 お前は私の家族全員を殺し、今度はこの私まで殺そうというのか?


 いいだろう。

 実にいい。


 ならば、やってみようではないか。

 最後に死ぬのはどちらか、確かめよう。


 ---


 5. 攻城戦


 翌日、夜が明けた。


 蘇州城の下に、大軍が集結していた。


 顧雲深は陣頭で馬に跨がり、城壁の上の崔琰を無表情で見つめていた。


「攻め込め!」


 号令とともに、陣太鼓が天に響き渡った。


 攻城兵たちは雲梯(はしご)を担ぎ、歓声をあげながら城壁へと突撃する。矢が雨のように降り注ぎ、巨石が雹(ひょう)のように落下する惨烈な光景が広がった。


 蕭千山自らが軍を率いて城を攻め、自ら先頭に立って命を捨てかかえで戦った。

 城の反乱軍も必死で抵抗し、丸太や岩、煮えたぎる油や毒汁を絶え間なく投げ落としてくる。


 双方一歩も譲らず、血で血を洗う死闘が繰り広げられた。


 戦闘は朝から昼過ぎまで続いた。

 城壁の下には死体が山のように積み重なり、血の川が流れていた。


「陛下」顧雲深の傍らに立つ蘇青は、顔色を蒼白にしていた。「被害があまりにも大きすぎます。一旦……」


「攻撃を継続せよ」顧雲深の声は氷のように冷たかった。「今日中に必ず城を落とす」


 城内に陸雲がいることを、彼は知っていた。

 知識として陸雲がいつでも水路から逃亡し得ることも、分かっていた。

 ゆえに、一刻も早く城を陥落させねばならないのだ。


「予備隊一万をさらに投入せよ!」


「はっ!」


 新たな生鮮な部隊が戦場に投入された。

 攻城の勢いは一気に増した。


 城の反乱軍は次第に支えきれなくなっていった。


 崔琰は城楼に立ち、怒涛のように押し寄せる官軍を見下ろし、顔を引きつらせていた。


「雲兄、もう持ちそうにない!」彼は背後の陸雲に向かって叫んだ。「早く何とかしてくれ!」


 陸雲は彼の後ろに立ち、至って落ち着いた様子だった。


「何を狼狽えている」


 彼は懐から一発の信号弾を取り出し、空へ向けて放ち上げた。


 パーン――!


 信号弾が上空で弾け、一輪の赤い大輪の花を咲かせた。


 崔琰は呆然とした。「雲兄、これは……?」


 陸雲は冷笑した。


「言ったろう、私には次の手があると」


 言い終わるか終わらないかのうちに、突如南の方角から天を揺るがすような時の声が轟いた。


「殺せ――っ!」

「官軍は敗れたぞ!」

「顧雲深を捕らえろ!」


 見れば、南の地平線上に無数の兵馬が現れ、まるで津波のように押し寄せてくるではないか。

 掲げられた軍旗には、くっきりと「陸」の文字が刻まれていた。


「水軍です!」蘇青の顔色が劇的に変わった。「陸家の水軍が、南方から上陸いたしました!」


 顧雲深は目を細め、南から押し寄せる敵軍を見つめたが、その唇の端には冷酷な笑みが浮かんでいた。


「ようやくおでましだな」


「陛下?」蘇青は理解できずに尋ねた。「陛下は……ご存じだったのですか?」


「陸雲が水軍を隠し持っていることなど、余が知らぬはずなかろう」顧雲深は冷ややかに笑った。「奴は余が気づいていないと思い込んでいるが、余は奴が自ら姿を現すのを待っていたのだ」


 彼は愛刀を抜き放ち、南方を指さした。


「伝令――左翼部隊、敵を迎撃せよ!」


「はっ!」


 号令フラッグが振られ、左翼の二万の大軍が一斉に向きを変え、南方の敵軍に向かって突き進んだ。


 城楼の上でこの光景を目にした陸雲は、わずかに顔色を変えた。


「奴、備えていたというのか……」


 しかし、彼はすぐに平静を取り戻した。


「案ずることはない。備えていようがどうだというのだ。私の水軍は海の精鋭、陸の上とて遅れはとらん」


 彼が言い終わるや否や、今度は西の方角から絶叫のようなときの声が上がった。


「報告――!」物見の兵が馬を飛ばして駆け込んできた。「西です! 西からも敵軍が迫ってまいります!」


 陸雲が西を振り向くと、その顔色は完全に蒼白となった。

 西の地平線にも、一隊の兵馬が現れていたのだ。しかしその兵馬が掲げていたのは「陸」ではなく――「蕭」の軍旗であった。


「蕭千山だと!?」陸雲は声を荒らげた。「奴は城を攻めていたのではないのか? なぜ西にいる!?」


 城楼の崔琰も混乱に陥った。


「おかしいぞ……城の下で指揮を執っているのは……間違いなく蕭将軍はずだ……」


 陸雲は城の下で指揮を執る「蕭千山」を凝視し、次いで西の兵馬を見つめ、その瞳孔が激しく収縮した。


「調虎離山(囮を使って本隊を誘い出す謀略)……」彼は呟いた。「顧雲深、なんという恐ろしい男だ……!」


 城の下で攻城の指揮を執っていた蕭千山は、偽物であった。

 本物の蕭千山は、とうの昔に主力部隊を率いて西側に回り込み、陸家の水兵が上陸するのを待ち伏せして、側面から急襲をかける手はずを整えていたのだ。


「雲兄、どうすればいい!?」崔琰はパニックに陥った。


 陸雲は顔を青ざめさせ、歯を食いしばった。


「逃げるぞ! 水路から脱出する!」


 彼は翻して階段を駆け下りた。


「雲兄、待ってくれ!」崔琰も慌てて後を追った。


 二人は城楼を下り、埠頭(港)へと馬を走らせた。

 しかし埠頭に到着した彼らの目に飛び込んできたのは――


 水上に浮かぶ戦船が、次々と炎に包まれている光景であった。火柱が天を突き、空の半分を真っ赤に染め上げている。


「一体どういうことだ!?」陸雲は声を失った。


「旦那様、大変でございます!」執事のような男が泣きそうな顔で駆け寄ってきた。「水軍が……水軍が裏切りました! 船に火を放ち、朝廷に寝返ったのです!」


「何だと!?」陸雲は雷に打たれたかのように打ちのめされ、よろめいた。


 水軍が裏切った?

 そんなバカな!

 手塩にかけて育て上げた我が手先なのだぞ!


 その時、背後から荒々しい馬蹄の音が響き渡った。


「陸雲、どこへ行く!」


 陸雲が振り返ると、一人の凄腕の将軍が銀の甲冑に白い羽織を纏い、長槍を手に馬を走らせてくるのが見えた。


 それこそ――蕭千山であった。


「走るぞ!」陸雲は崔琰の腕を掴んだ。「陸路から逃げる!」


 二人は馬に飛び乗り、西門に向かって猛スピードで駆け抜けた。

 しかし西門に辿り着いた瞬間、彼らは固まった――


 城門はすでに内側からこじ開けられていたのだ。


 攻め込んできた官軍が、まるで怒濤のように城内へと雪崩れ込んでくる。

 その先頭に立つのは、玄色(黒)の常服を纏い、白馬に跨がった冷徹な顔立ちの男。


 ――顧雲深その人であった。


 陸雲は手綱を引き絞り、正面からやってくる顧雲深を見つめた。その顔からはすっかり血の気が引いていた。


 顧雲深も馬を止め、じっと彼を見つめ返した。


 二人の視線が交錯する。


 まるで、時間が静止したかのようであった。


【本章終わり】


 ---


【次回予告】

 叔父と甥の対峙、ついに明かされる真相。二十年前の恩怨が、江南の水郷にて終止符を打つ……


 ---


【本章のコアデータ】


 蘇州の戦い: 落城寸前

 裏の黒幕: 陸雲(顧雲深の二番目の叔父、陸家の次男)

 陸雲の動機: 顧昀が見殺しにして父と兄を死なせたと恨み、顧氏一門を復讐のため絶滅させた

 水軍: すでに調略済み(寝返り)

 反乱軍:** 壊滅寸前

 メインクエスト第5章進捗: 45%(叛乱鎮圧進行中、真相解明)

 宿主の心境: 冷酷+99、謀略+94、仁徳-5、決断+98

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