第8話「回収されるもの」
翌朝。
優成は、嫌な予感とともに目を覚ました。
理由は分かっている。
昨夜の通知。
――不足分は別の形で回収されます。
「……冗談じゃねえぞ」
小さく呟き、スマホを開く。
アプリを確認する。
だが、いつもと違っていた。
本日の推奨行動――表示なし。
「……は?」
初めてだった。
何も指示が出ていない。
その代わりに、一行だけ表示されている。
回収フェーズ進行中。
「……何だよ、それ」
嫌な汗が流れる。
学校。
教室に入った瞬間、違和感に気づく。
「……いない?」
梨乃の席が空いていた。
まだ時間は早い。
だが、それでも――
「珍しいな……」
胸の奥がざわつく。
授業が始まっても、梨乃は来なかった。
休み時間。
優成はすぐにスマホを取り出す。
メッセージを送る。
――大丈夫か?
既読はつかない。
「……おい」
嫌な予感が、現実に近づいていく。
昼休み。
もう一度、アプリを開く。
表示は変わらない。
回収フェーズ進行中。
そして、その下に新たな一文。
観測対象の状態に注意してください。
「……状態?」
その瞬間。
スマホが震えた。
着信。
知らない番号。
「……誰だよ」
一瞬迷いながらも、出る。
「もしもし」
『あー、優成くん?』
聞き覚えのある声。
昨日の男だった。
「……何の用だ」
『いやなに、ちょっと伝えとこうと思ってな』
軽い口調。
だが、その裏にあるものは重い。
『妹、ちゃんと見てやれよ』
「……は?」
『今、ウチにいるからさ』
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「……何してる」
『何って、ちょっと話してるだけだよ』
笑い声。
不快な音。
『金、まだ足りねえだろ?』
「……」
『残り、どうすんのかって話だよ』
頭が真っ白になる。
だが、すぐに動く。
「どこだ」
『昨日と同じ場所』
それだけ言って、通話は切れた。
走る。
ただひたすらに。
信号も無視して、駅を抜けて、あの裏通りへ。
「……くそっ」
息が上がる。
だが止まらない。
ビルに飛び込む。
階段を駆け上がる。
二階。
ドアを蹴り開ける。
「……っ!」
中の光景に、言葉を失う。
梨乃が、ソファに座らされていた。
男が、そのすぐ近くにいる。
「お、来たな」
余裕の笑み。
「……何してる」
声が低くなる。
「だから、話してるだけだって」
軽く肩をすくめる。
「残りの金の話」
「優成……」
梨乃の声。
震えている。
だが、無事ではある。
それだけで、少しだけ力が戻る。
「手を出してないだろうな」
「怖えなあ」
男は笑う。
「まだ何もしてねえよ」
“まだ”。
その一言が重い。
「残りは九十八万、だっけ?」
男が言う。
「あと二万足りねえな」
「……」
優成は黙る。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「今日中に用意する」
「へえ?」
男は面白そうに目を細める。
「できんのかよ」
「やる」
短く言い切る。
そのとき。
ポケットの中のスマホが震えた。
アプリの通知。
確認する。
緊急分岐を検知。
選択を提示します。
「……今かよ」
画面には、二つの選択肢。
A:即時決済行動。
成功率:中。
必要時間:短。
B:時間遅延行動。
成功率:高。
条件:観測対象の安全確保。
「……ふざけんな」
思わず吐き捨てる。
Bを選べば、成功率は高い。
だが――
時間がかかる。
今、この状況で。
「待てるわけねえだろ」
優成は顔を上げる。
男を見る。
そして、はっきりと言った。
「今から取りに行く」
「おう」
「それまで――」
一歩踏み込む。
「手、出すな」
視線がぶつかる。
数秒の沈黙。
やがて男は笑った。
「いいぜ」
軽く手を上げる。
「待ってやるよ」
外に出る。
心臓がうるさい。
呼吸が荒い。
「……間に合えよ」
スマホを握る。
アプリを見る。
選択はまだ表示されたまま。
そして――
優成は、迷わずAを押した。
その瞬間。
画面が強く光る。
新たな表示。
強制分岐を確認。
代償の支払いが発生します。
「……代償?」
その言葉に、背筋が凍る。
だが、止まれない。
もう引き返せない。
走りながら、優成は呟く。
「……絶対に、助ける」
それだけを、何度も繰り返しながら。




