第7話「分岐点と、選ばされる未来」
翌朝。
優成は、ほとんど眠れないまま時間を迎えていた。
スマホを握りしめる。
アプリを開く。
すぐに表示された。
重要分岐:本日発生。
選択によって未来が大きく変動します。
「……分かってるよ」
小さく呟く。
そして、その下に現れた二つの選択肢。
A:安全戦略。
成功率:高。
予測利益:約二十万。
B:高リスク戦略。
成功率:低。
予測利益:約百二十万。
「……極端すぎだろ」
思わず笑う。
だが、迷う余地はなかった。
「百、必要なんだよな……」
一週間。
時間はない。
積み上げている余裕もない。
「……行くしかないか」
優成は、Bを選択した。
直後、画面が一瞬だけノイズのように揺れる。
そして、新たな表示。
条件追加:観測対象の感情が安定していること。
「……は?」
眉をひそめる。
「感情って……」
だが、次の瞬間。
ある考えが頭をよぎる。
「……梨乃か」
観測対象。
関係性。
昨日の通知。
すべてが繋がる。
「つまり――」
梨乃の状態が、この勝負に影響する。
「ふざけてるだろ……」
吐き捨てるように言う。
だが、否定はできない。
このアプリは、ずっとそうしてきた。
教室。
優成は梨乃の様子を見ていた。
明らかに疲れている。
目の下にうっすらとクマ。
無理もない。
あんな状況だ。
「……このままじゃダメだな」
優成は立ち上がる。
「梨乃」
「え?」
「ちょっと来い」
屋上。
人のいない場所。
風が少し強い。
「どうしたの?」
「……正直に言う」
優成は真っ直ぐに言った。
「今のままだと、間に合わない」
梨乃の表情が曇る。
「ごめ――」
「違う」
言葉を遮る。
「責めてるんじゃない」
一歩近づく。
「だから、協力してほしい」
「……協力?」
「そう」
少し迷ってから、続ける。
「ちゃんと寝ろ。ちゃんと食え」
「え……?」
予想外だったのか、目を丸くする。
「それだけでいい」
「そんなことで……」
「変わる」
優成は断言した。
確信はない。
だが、今はそれに賭けるしかない。
しばらくの沈黙。
やがて、梨乃は小さく笑った。
「……変なの」
「そうかもな」
「でも」
少しだけ、表情が柔らぐ。
「分かった。やってみる」
「頼む」
その日の午後。
優成はスマホを見つめていた。
梨乃の状態。
それがどう影響するのか。
確認するしかない。
エントリーの時間。
高リスク戦略。
資金の大半を投入する。
「……頼むぞ」
画面を見つめる。
最初の動きは、鈍かった。
「……遅い」
嫌な汗が流れる。
だが――
数分後。
急に動き出した。
「来た……!」
価格が一気に跳ねる。
勢いが強い。
だが、不安定。
上下が激しい。
「これ、ヤバいな……」
少しの判断ミスで終わる。
そんな動きだった。
そのとき。
スマホに通知が入る。
梨乃からのメッセージ。
――ちゃんとお昼食べたよ
「……は?」
思わず間の抜けた声が出る。
だが、その直後。
チャートが、さらに跳ねた。
「……マジかよ」
偶然とは思えない。
タイミングが、あまりにも一致している。
「……本当に連動してるのか」
背筋が冷える。
価格はさらに上昇。
だが、同時に乱高下も激しくなる。
「……どこで抜ける」
欲を出せば終わる。
だが、早すぎても足りない。
百には届かない。
「……まだだ」
耐える。
画面に集中する。
そして――
ピーク。
「今だ!」
全決済。
数秒後。
結果が表示される。
「……!」
利益――九十八万。
「……あと二万」
足りない。
だが、それでも。
「ここまで来たか……」
息を吐く。
ほぼ達成だ。
そのとき。
画面に新たな表示。
追加分岐を確認。
選択可能。
「……まだあるのかよ」
思わず苦笑する。
そして、表示された内容。
追加投資:成功時+二十万。失敗時−全損。
「……は?」
頭がおかしい。
完全なギャンブル。
だが――
あと二万でいい。
それだけで終わる。
「……どうする」
指が止まる。
その瞬間。
また通知が入る。
梨乃から。
――無理しないでね
「……」
画面を見つめる。
そして、ゆっくりと。
「……やめとくか」
優成はスマホを閉じた。
静かな教室。
誰もいない空間で、一人呟く。
「……これでいい」
完璧じゃない。
だが、十分だ。
そして何より。
「選べた」
それが大きかった。
帰り道。
空を見上げる。
少しだけ、軽くなった気がした。
だが――
ポケットの中のスマホが震える。
新たな通知。
未達成条件を確認。
未来分岐の修正を開始します。
「……は?」
嫌な予感が走る。
そして、最後の一文。
不足分は別の形で回収されます。
足が止まる。
「……別の形って、何だよ」
答えはない。
ただ一つ、確かなこと。
まだ終わっていない。




