第6話「現実の代償と、見えない線」
放課後。
優成は校門の前で立ち止まっていた。
約束していたからだ。
「……来るよな」
ポケットの中でスマホを握りしめる。
数分後。
「優成」
振り返ると、梨乃がいた。
だが、その表情はいつもと違っていた。
どこか強張っている。
「……行こう」
「どこに?」
「会わせたい人がいるの」
その一言で、察した。
――兄だ。
連れてこられたのは、駅から少し離れた裏通り。
人通りが少ない。
明らかに“まともじゃない場所”だった。
「ここ……」
「ごめん。でも……」
梨乃はそれ以上言えなかった。
その代わりに、一軒の古びたビルを指さす。
「中にいる」
「……分かった」
優成は短く答え、先に歩き出した。
薄暗い階段を上がる。
二階。
ドアの前で、梨乃が一瞬だけ足を止めた。
「大丈夫か」
「……うん」
小さく頷く。
そして、ドアをノックした。
「入れ」
低い声。
中に入ると、煙草の匂いが充満していた。
ソファに座っている男。
だらしない姿勢だが、目だけは鋭い。
「……お前が例の?」
視線が優成に向けられる。
「金、用意したってやつ」
「……ああ」
優成は一歩前に出る。
「五十万は渡した。残りの話を聞きに来た」
男は鼻で笑った。
「ガキが、ずいぶん偉そうだな」
だが、否定はしない。
「まあいい。話は簡単だ」
灰皿に煙草を押し付けながら続ける。
「全部であと百。利息込みでな」
「……百?」
聞いていた額より増えている。
「期限は?」
「一週間」
短すぎる。
「無理なら?」
優成の問いに、男は笑った。
「分かるだろ」
視線が梨乃に向く。
それだけで十分だった。
「……分かった」
優成はそれ以上何も言わなかった。
「用意する」
「へえ」
男は面白そうに目を細める。
「いいねえ、その顔」
「ただし」
一歩踏み込む。
「それで終わりにしろ」
「……は?」
「これ以上、関わるな」
空気が一瞬で変わる。
だが、優成は引かなかった。
数秒の沈黙。
やがて男は、ゆっくりと笑った。
「面白えな、お前」
立ち上がる。
距離が一気に縮まる。
「いいぜ。持ってきたら終わりにしてやる」
顔が近い。
威圧感が強い。
「ただし――」
低く、囁く。
「遅れたら終わりだ」
外に出た瞬間。
梨乃が崩れるようにしゃがみ込んだ。
「ごめん……ごめん……」
震えている。
「……謝るな」
優成は短く言う。
「まだ終わってない」
帰り道。
二人の間に会話はなかった。
だが、空気は重い。
現実の重さが、そのままのしかかっている。
夜。
部屋に戻った優成は、ベッドに座り込む。
「……一週間で百か」
無理だ。
普通なら。
だが――
スマホを手に取る。
アプリを開く。
すると、すぐに表示が変わった。
緊急モードを検知。
高リスク戦略を解放します。
「……来たな」
嫌な予感しかしない。
だが、続きが表示される。
短期間での資産増加を優先。
成功率:不明。
「不明って……」
これまでで初めての表示。
そして。
対象の精神状態が結果に影響します。
「……は?」
思わず声が出る。
「精神状態って……」
さらに続く。
観測対象:石井梨乃。
関係性を利用した分岐予測を開始。
「……やっぱりか」
確信する。
このアプリは――
人間を“材料”にしている。
スマホを見つめる。
やるか、やらないか。
選択肢はあるようで、なかった。
「……やるしかないだろ」
静かに呟く。
その瞬間、新たな指示が表示される。
明日、重要な分岐が発生します。
画面を閉じる。
天井を見上げる。
「……マジで、何なんだよ」
だが、その問いに答えるものはいない。
ただ一つ、確かなこと。
もうこれは――
ただの金儲けじゃない。




