第5話「もう一度賭ける理由」
翌日の朝。
優成は、目覚ましが鳴る前に目を覚ました。
眠りが浅かった。
理由は分かっている。
「……信用できなくなってきたな」
枕元のスマホを手に取り、アプリを開く。
予測精度:低下中。
干渉レベル:中。
昨日と変わらない表示。
そして、本日の推奨行動。
十時に小ロットで買い。
様子見。
条件成立時のみ追加投入。
「……弱気だな」
これまでの“全力で勝てる”指示とは明らかに違う。
まるで、慎重に様子を探っているような動き。
「本当に、精度落ちてるのか……?」
だとしたら――
もう、このアプリに頼り切ることはできない。
教室。
優成は机に座りながら、ぼんやりと考えていた。
利益はまだある。
昨日の損失を差し引いても、十分すぎる額。
普通なら、ここでやめる。
安全に逃げる。
「……でもな」
視線を窓の外に向ける。
脳裏に浮かぶのは、梨乃の顔だった。
あのときの声。
――また必要になるかもしれない。
「放っとけるわけないだろ」
小さく呟く。
休み時間。
優成は梨乃を呼び止めた。
「少しいいか」
「うん」
昨日と同じ、人気のない廊下。
「正直に聞く」
「……うん」
「まだ、どれくらい必要なんだ?」
一瞬の沈黙。
そして、梨乃は静かに答えた。
「……全部で、百五十万くらい」
「は?」
思わず声が漏れる。
「そんなに……」
「ごめん」
すぐに頭を下げる。
「昨日のだけでも、本当に助かった。でも……」
言葉が詰まる。
「まだ終わってないの」
その目は、本気だった。
冗談でも誇張でもない。
現実の重さが、そのまま乗っている。
優成は何も言えなくなる。
五十万で終わる話じゃなかった。
むしろ、始まりに過ぎない。
「……分かった」
「え?」
「全部は無理かもしれない。でも」
一度、言葉を切る。
「やれるだけやる」
その言葉に、梨乃は目を見開く。
「なんでそこまで……」
その問いに、優成は少しだけ考えてから答えた。
「放っておくと、後悔しそうだから」
それが一番しっくりきた。
理屈じゃない。
ただの感情だった。
放課後。
一人になった優成は、スマホを握りしめる。
「……百五十万か」
現実的に考えれば、無謀だ。
だが、不可能ではない。
あのアプリが“完全であれば”。
「……でも今は違う」
精度は落ちている。
未来はズレ始めている。
それでも――
「やるしかないだろ」
優成はアプリを開き、もう一度読み込む。
そして、ある違和感に気づく。
「……条件成立時のみ?」
これまで曖昧だった部分。
だが、画面をよく見ると、小さな詳細が表示されていた。
出来高急増。
特定ライン突破。
市場反応確認後、追加投入推奨。
「……なるほどな」
初めてだった。
“自分で判断しろ”と言われているような指示。
「全部任せるなってことか」
優成は小さく笑う。
「面白いじゃん」
翌日、十時。
小ロットでエントリー。
値動きを観察する。
「……来るか?」
しばらくして、出来高が増え始める。
価格もゆっくりと上昇。
だが、まだ弱い。
「まだだな……」
焦らず待つ。
これまでのように“確定の未来”ではない。
だからこそ、慎重に見る。
そして――
あるラインを超えた瞬間。
「……今だ」
優成は一気に資金を追加投入した。
直後。
価格が跳ねた。
「よし……!」
一気に伸びる。
これまでと同じ感覚。
だが、どこか違う。
これは“与えられた勝ち”じゃない。
「自分で掴んだ……!」
その実感があった。
数十分後。
利確。
表示された利益は――
「二十七万……」
大きい。
だが、爆発的ではない。
「……でも十分だな」
確実に積み上がっている。
そして何より。
「まだ、やれる」
そう思えた。
そのとき。
画面に通知が表示される。
学習進行中。
ユーザー適応を確認。
次段階へ移行します。
「……次段階?」
思わず眉をひそめる。
そして、続く表示。
観測対象との関係性を利用した分岐予測を解放。
「関係性……?」
その瞬間。
優成の中で、一つの仮説が浮かぶ。
「……まさか」
このアプリは――
市場だけじゃない。
人間関係すら“利用している”。
スマホを握る手に、力が入る。
「……どこまで行く気だよ」
呟きながらも、口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
恐怖と、興奮。
その両方が、混ざっている。




