第4話「初めての誤差と、小さな損失」
翌朝。
目が覚めた瞬間、胸の奥にわずかな違和感があった。
昨日までとは違う。
うまく言葉にできないが、何かがズレているような感覚。
「……気のせい、か」
そう呟きながらも、優成はスマホを手に取る。
アプリを開く。
本日の推奨行動が表示される。
十時十五分に買い。
十一時に損切りライン設定。
十三時に利確。
「損切り……?」
初めて見る指示だった。
これまでの予測は、すべて“勝つ前提”だった。
だが今回は違う。
まるで、負ける可能性を前提にしている。
「……やっぱり、何か変だな」
昨日の通知が頭をよぎる。
――予測結果に誤差発生。
――未来の分岐を確認。
「……関係あるのか?」
梨乃に関わったこと。
あの選択が、未来を変えた。
もしそうだとしたら――
「いや、考えても仕方ない」
優成は首を振る。
やることは一つだ。
従うか、従わないか。
「……試すしかないか」
十時十五分。
指示通りに買いを入れる。
だが、すぐに違和感が現れた。
「……動かない?」
これまでなら、数分で動きが出ていた。
しかし今回は、ほとんど変化がない。
わずかな上下を繰り返すだけ。
「こんなこと、初めてだな……」
嫌な予感が胸をよぎる。
そして、十一時。
設定していた損切りラインに、価格がじわじわと近づいていく。
「おい……」
心拍が早くなる。
画面に視線を固定したまま、指先に力が入る。
そして――
ピコン。
機械的な音とともに、自動で決済が走った。
「……マジかよ」
表示された損益。
マイナス三万二千円。
初めての損失だった。
「……負けた?」
思わず、口に出る。
これまで一度も外れなかった予測。
それが、崩れた。
いや、違う。
「損切りしてるから……想定内、なのか?」
アプリは最初から“負ける可能性”を示していた。
そして、その通りに動いた。
つまりこれは――
「完全に外れたわけじゃない……?」
だが、違和感は消えない。
これまでのような“確実さ”がない。
どこか曖昧で、不安定だ。
昼休み。
優成は机に突っ伏したまま、スマホを見つめていた。
「三万……地味に痛いな……」
昨日の五十万があるから耐えられる。
だが、もしこれが続くとしたら。
「……このままじゃ、まずいかもな」
そのとき。
「優成」
顔を上げると、梨乃がいた。
昨日とは違い、少しだけ表情が明るい。
「昨日、本当にありがとう」
「ああ……間に合ったのか?」
「うん。とりあえず大丈夫になった」
ほっとしたように笑う。
その笑顔を見て、優成も少し力が抜けた。
「そっか。それならよかった」
「……でも」
梨乃は少しだけ視線を落とす。
「まだ全部解決したわけじゃないの」
「……どういうことだ?」
「返さないといけないし……また必要になるかもしれない」
その言葉に、優成は黙る。
昨日の通知が、頭の中で繰り返される。
――過度な関与を避けること。
「……なあ」
「ん?」
「もしまた必要になったら……」
言いかけて、止まる。
本当にそれでいいのか。
関われば関わるほど、未来はズレる。
そして、そのズレは――
「……いや、何でもない」
「?」
梨乃は不思議そうな顔をする。
だが、優成はそれ以上言わなかった。
放課後。
一人になった教室で、再びアプリを開く。
新たな通知が表示されていた。
予測精度:低下中。
原因:観測対象との干渉。
「……やっぱり、お前か」
小さく呟く。
そして、続く一文。
干渉を続けた場合、未来予測の信頼性は保証されません。
「保証されない、か……」
これまでの“絶対”が崩れ始めている。
だが――
「それでも、使うしかないだろ」
優成はスマホを握りしめる。
もう戻れない。
金を手にした時点で。
そして――
梨乃に関わった時点で。
その日の夜。
ベッドの上で、天井を見つめながら考える。
この力を使い続けるか。
それとも、距離を取るか。
だが、答えはもう出ていた。
「……両方、やるしかないよな」
未来を読む力と、変えてしまう行動。
その矛盾を抱えたまま、進むしかない。




