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なあ、誕生魔物って知ってるか?

作者: りっく

 誕生石、という概念がある。十二の月に十二の宝石を、あるいは三百六十五の日に三百六十五の宝石をあてがって、縁もゆかりもない石に運命を感じさせて売りつける、宝石売りの商売方法の一つである――なんて言ったら、きみはロマンがわからないのかと怒られてしまうだろう。

 山道を征く若い男女。前に立つ男が、ぐんぐんと女の手を引いている。連れられた女は明らかに軽装で、山へ分け入るのに相応しい格好とは到底言えない。そのうえ、全く乗り気ではなかったし、急勾配に息を切らしている。


「ねえ、ルーク、どこまで行くの」

「もう少しだから、ついてこいってば!」


 ルークと呼ばれた男は振り返りもせず、言葉だけを返す。一度言い出したら聞かない頑固さが彼の持ち味だ。女――エリーはため息をついたが、ルークが気にする様子はなかった。


 二人の旅路の始まりは、つい今朝のことである。

 誕生石、誕生花、誕生酒……世に数多ある誕生日商売を、エリーはちっとも信じていない。一方、ルークはそうしたロマンチックなものを好み、進んで手に取る性分だ。幼いころから、花言葉図鑑なんかを読んで誦んじるルークとそれをバカにするエリーの言い争いは常であった。ロマンを追い求めたルークは冒険家に、現実主義のエリーは街の役場の職員に――見えるものが違う二人は、選ぶ道も自ずと異なる。大人になるにつれて離れてしまう、はずだったのだが。

 休日、突然訪ねてきた久方ぶりの幼馴染は、あろうことか「誕生魔物って知ってるか?」と切り出したのだ。


「何よ、誕生魔物って……」


 もはや誰の商売なのかもわからない。魔物を討伐するギルドが言いはじめたのか、肉屋か、魔物の素材を加工する道具屋か。腑に落ちないことはもちろんだが、何よりも楽しそうなルークの態度がエリーをいっそう困らせていた。知らない興味がない信じていないと何度拒否しても、ちっとも翳らない光のような男である。

 山道はさらに険しくなり、あたりは鬱蒼とした木々に囲まれている。そのうちの一箇所に目印をつけていたようで、ルークは森の奥を指し示した。


「ここ! この奥の、あっちの方にいたんだ。きっと驚くぞ」

「え、入るの」

「ああ。安心しろ、おれがいれば危険はない!」


 深い森に怯えるエリーの不安を拭うべく、ルークは繋いでいない方の手で力こぶを作ってみせる。

 やはりついてこなければよかったと思いながら、エリーは彼の誘いを究極には断れないのだ。



 歩くこと数分。

 ルークの言うとおり、特に危険もなく森の深部へ辿り着いた。何か獣除けをしているのか、魔物の行動範囲を予測して避けているのか、冒険者のテクニックのことはエリーにはわからない。恐ろしい目に遭わないよう、ルークについていくことしかできない。


「お。エリー、静かにこっちへ。足元、気をつけろ」

「ええ」


 何かを見つけたルークがエリーを誘導する。昼間とはいえ木々の陰で地面の様子は見えづらい。細心の注意を払いながら、エリーはルークの示す方へ歩み寄った。そして、彼の指さす先を見る。


 ほのかな木漏れ日。切り株のうえで、それは丸まって寝息を立てていた。

 純白の羽根をしなやかに折りたたみ、長い尾は身を守るように体躯に巻きつけてある。乾いた鱗は陽光を受けて柔らかくきらめいていて、手の先の鉤爪、鋭い嘴、燃えるほど赤い鶏冠も印象的である――


「って、コカトリスよね!?」

「そうだよ?」

「そうだよじゃない!! 怖いわ!!」


 声を潜めながらも、エリーはルークを非難した。

 コカトリス。鶏の頭とヘビの尾を持つ毒性の魔物である。毒攻撃の範囲の広さと凶暴性から、見ただけで人を殺すとも言われる。危険な魔物ではあるが、人里離れた山奥にしか生息しないため街で普通に生きていれば目にすることはない。少なくともエリーの人生には関与しなかったであろう生き物だ。


「寝ていてくれて助かったな。どう? アイツがきみの誕生魔物だ」

「まあ、一生に一度の出会いでしょうね……」


 能天気なルークの様子に、エリーは思わず半眼になる。どうと言われても、怖い以外の感想はない。寝てても全然怖い。呼吸の拍子に羽根が揺れるだけで、目を覚ますのではないかとビクビクしてしまうほどだ。


「ふつう、もっと可愛いのにしない? 誕生魔物って言うなら」

「ダメだな。誕生魔物は狩ってこそなんだから」

「え、今なんて……」


 衝撃的な言葉が聞こえた気がして、エリーはコカトリスに釘付けだった視線をルークに戻す。するとあろうことかルークは、腰に提げていた護身用の短剣を抜いているではないか!


「ま、待って待って、正気なの? 冒険家の一団じゃないのよ、私は素人で――」

「大丈夫だって。きみはそこで待機! 数秒で終わるから」


 あっけらかんとそう言い放って、ルークはエリーの手を離す。心細くてつい伸ばした手は空を掻いた。

 ルークの背中越しに、気配を感じ取ったコカトリスが目を覚ましたのがわかる。


「危ない!!」


 エリーが叫ぶのと、ルークが呪文を唱えるのは同時だった。コカトリスが羽根を震わせて吐き出した毒霧が、魔術の力で中和される。

 すごい、そんなことできるんだ。エリーはほっと息をついた。冒険者にとっては当たり前のことなのかもしれないが、エリーにとってルークはただの幼馴染である。それが微塵の恐れも抱いていない様子で、凶悪な魔物に立ち向かっている。それも、誕生魔物とかいうわけのわからない動機で。

 起き抜けに渾身の毒攻撃を無効化され、コカトリスは慌てて首を左右に振るだけだ。ルークはさらに距離を詰め、コカトリスの首元を掴んだ。


「ほら、平気だっただろ?」


 トドメを刺す瞬間は、ルークの背に隠れてエリーからはよく見えなかった。彼なりの配慮であろう。振り返ってなんともなさそうに笑うルークを、エリーは思わず怒鳴りつける。


「平気だっただろ、じゃ、ないわよ!! 心配するじゃない! 倒せるなら倒せるって、いや……倒せるとしても! 魔物とそんな、平気で、戦うなんて。危ないかもしれないのに!!」


 うまく言葉がまとまらない。しかし、エリーには納得がいかなかった。一般人である自分にとっては震えるほど恐ろしいはずの魔物を、ルークは平気で相手している。それは、普段からもっと恐ろしいものとも対峙するということではないのか。人を殺すような毒を吐く魔物が楽勝になるような毎日など、エリーには想像がつかない。

 彼女の葛藤を知ってか知らずか、ルークは困ったように眉を下げて笑った。


「ごめん、怖かったか。そりゃそうだよな。ごめん! 無理させた」

「うん」

「――これ、もらってくれ! 誕生魔物っていうのは、誕生石とか誕生花と同じだ。狩って手に入る戦利品を身につけるといいらしい」


 勢いよくルークが差し出したのは、白い羽根だった。よく見ると、根元の方からうっすらと緑色のグラデーションがかかっており、美しい。


「魔物を狩ってほしいギルドの誕生日商売なのかもしれないけど。きみに渡したくって」


 コカトリスの討伐依頼がちょうど近くで来たから嬉しくなって、連れてきてしまった。そう説明されて、エリーは言葉に詰まる。まっすぐな善意に言い返す言葉が見つからないのだ。ルークの冒険者としての強さは知らずとも、彼が善人で勇敢で真剣なことは、ずっと昔から知っているから。


「……ありがとう」


 小さくそう返して、コカトリスの羽根を受け取る。つるりとした手触りの丈夫な羽根だ。

 誕生魔物だなんて全く心惹かれないが、まあ、身につけるのには悪くないかもしれない。


「じゃ、帰るか! 家に帰るまでが冒険だからな」

「なにそれ、遠足みたいな」

「事実だぞ。冒険者の怪我の三割が帰路の油断からくるのだから……」


 脅すように、低い声でルークは言う。ふざけた調子だが事実なのだろう。常に危険と隣り合わせの職だ。

 冒険者ってすごいのね、と先ほどは言えなかった想いを素直にこぼしたエリーに、ルークはパッと笑顔になる。


「ああ、すごい人ばっかりだ! そしておれもそうなりたい」

「私はいま、あなたに言ったけど」

「え――そうか!? そうか……あ、なあ、ちなみに魔物言葉ってのもあるんだけど。花言葉みたいな――」


 ルークは赤くなって、明らかに照れ隠しで話題を変えた。おかしくてエリーはけらけら笑う。素直なぶんわかりやすいのもルークらしいところだ。誤魔化し方が下手くそなのも。


「信じてないけど聞いてあげるわ」


 エリーが笑いながらそう言うと、ルークは話題が変わったことにほっと息をつき、穏やかな笑顔で、答える。


「『理想を追い求める』――きみにピッタリだろ」






――――――――――――――――――――――




エリー

21歳。街の役場で働いている。

自他ともに認めるリアリストであり、ルーティンの決まった平穏な生活がしたい。

そのため、基本的に振り回されることが苦手。ルークは幼馴染なので許す。


ルーク

20歳。2年前から冒険者をやっている。

新米ではあるが持ち前の真っ直ぐさと努力によってめきめきと成長中。先輩冒険者たちにも期待されている存在である。

最近の悩みは地元が平和すぎてなかなか帰れない(討伐依頼が出ない)こと。

1年ほど前に書いていた短編をおもむろに投稿してみました。

Twitterアカウント開設一年記念です。

よければ遊びに来てくださると嬉しいです♪

https://x.com/l1ck_

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