7話 一緒にご飯を
「姫様、何を召し上がりたいですか?」
「火!火を使いたい!」
「火は召し上がれませんよ……」
マリーベルは呆れながら食材を見回した結果、シチューとサラダを作ることになった。私にはじゃがいもの皮剥きはまだ危険ということで、サラダを作ることになった。レタスとトマトときゅうりを準備する。お昼にもトマトときゅうりは切ったから大丈夫!と思ってたら切り方が違うので、またまた時間がかかった。
私がトマトやきゅうりと格闘している間にマリーベルはじゃがいも、玉ねぎ、人参、鶏肉を切り終わっていた。
……う、うん。まだ2回目だもん。大丈夫、大丈夫……
「ブロッコリーがないから彩りが……」とマリーベルが言っていたけど、確かに食材はパンやチーズ、干し肉、果物などすぐ食べられるものが多く、調理が必要な食材は少ない。
まあフレデリック様がきちんと食事しないみたいだからなあ……これは近い内に買い出しに行かなくてはならないのでは?え?もしかして町で買い物できる!?
買い出しに町に行けるかもしれないと気持ちが高揚する。さっきちょっと凹んでいた気分が何処かへ行った。我ながら単純だ。
「姫様、火の魔道具を使いますよ」
「あっ火つけたい!」
火の魔道具に急いで近寄る。レンガの側面についている魔石に魔力を注ぐと、上の窪みにある魔石に魔力が流れて火がつくらしい。
ドキドキしながら右手を伸ばし、魔石を軽く触って魔力を注ぐ。するとすぐに窪みからボッと火が出てきた。こちら側のレンガは積まれている列と積んでない列が交互になっており、火の大きさを確認できる。側面の魔石を左に捻ると火が小さく、右に捻ると火が大きくなることをマリーベルに教えてもらった。
わああーこれが火の魔道具!おもしろーい!
私が感動している横でマリーベルは火の魔道具の上に鍋を置いて、塩を振った鶏肉を炒め始めた。色が変わってきたら玉ねぎも一緒に炒める。玉ねぎがしんなりしたらじゃがいもと人参もさっと炒め、鍋を火から下ろして、小麦粉を少しずつ入れて混ぜる。
混ざったらバター、牛乳、水を入れて、また火にかける。しばらくかき混ぜて煮立ってきたら、白ワインを入れてまた混ぜる。
マリーベルはしばらく混ぜたら小さなお皿にシチューを掬って味見した後、塩をパラパラと加えた。そしてさっきとは別の小さなお皿にシチューを掬って私に渡してくれた。
「どうですか?」
「美味しい!」
硬めのパンを焼いて、シチュー、サラダもそれぞれお皿に持ったら完成。あとは食堂へ3人分の食事を運んで、カトラリーを準備したらいい。
「マリーベル、食事を運ぶくらいはできるから、フレデリック様を呼んできてくれない?」
マリーベルは少しの間、迷っていたがフレデリック様を呼びに行ってくれた。
*
フレデリックはいつものように作業部屋で魔術陣を描いていた。数ヶ月に一度、王族の誰かがやってきた時に、食糧と一緒に持ち込まれる仕事の1つだ。結界を張っているため、少量の魔力で発動できる魔術陣の依頼が多いが、フレデリックにとってはいらぬ世話だ。むしろ魔力を注ぎすぎないよう注意をしなければならないため、面倒だった。だが余計なことを言って、もっと面倒な仕事を押し付けられても困るので、黙っている。
作業に集中していたフレデリックはノックの音には気づかず、マリーベルが部屋に入ってきたことで訪問者がいたことを知った。
「……またお前か。今度はなんだ」
「姫様が一緒にお食事をとのことです」
「俺のことは放っておいてくれ」
「私はそうしたいんですけどね。では行きますよ」
「おい待て……えーっと……」
(何だっけ……確か姫様が呼んでたな。マリアンネ?マリアベル?マリエル?)
「マ、マリー!俺は行かない!」
フレデリックはマリーベルの名前を思い出せずに、マリーは合っているだろうと咄嗟に愛称を呼んでしまった。食堂へ向けて歩き出していたマリーベルはギ、ギギ……と軋みそうな堅い動きでゆっくりと振り返った。顔は笑顔だが、凄みがある。
「ひ・め・さ・まがお待ちです!これ以上王族を待たせるおつもりですか?」
親しくもないのに愛称を呼ばれたマリーベルの機嫌がすこぶる悪い。フレデリックの方が身分が上のため、一応丁寧には接しているが、これ以上抵抗すると機嫌の悪さから引きずってでも連れて行かれそうだ。それに「王族が」と言われては流石に行かないわけにはいかない。フレデリックは諦めて渋々椅子から立ち上がった。
*
「お待たせしました」
「ありがとう、マリーベル」
マリーベルが、嫌々来ましたという様子のフレデリック様を連れて食堂へ戻ってきた。
さっきちょっと打ち解けれたかもと思ったけど……うーん。フレデリック様難しい。
席について3人で食べ始める。マリーベルは私の隣、フレデリック様は向かいに座っている。昼間より上手に切れたきゅうりに満足して食べていると、フレデリック様が口を開いた。
「姫様、私は自分のことは自分でやりますので、気遣いは不要です」
「でも放っておいたらまた倒れるんでしょう?」
「倒れていません。寝ていただけです」
「屁理屈です!絶対に一緒に食べてもらいます!それに夜の鐘が鳴ったらお仕事禁止です!部屋に戻ってください」
「何故そこまで拘束されなくてはならないのですか!」
「ちゃんと人間らしい生活をしてくださるなら、私もこんなこと言いませんよ!」
食事の手を止めて完全に睨み合う私とフレデリック様。こんな生活は体に悪すぎるので、フレデリック様に何と言われても引く気はない。
しばらく睨みあっていたが、そんな中でも私の横で静かに食事していたマリーベルが折衷案を出す。
「では食事は一緒に、仕事はフレデリック様のお好きなようにする。ただし必ず部屋で寝るということでどうですか?」
「それならいいわ!」
フレデリック様は納得できないようで、渋い顔をしている。マリーベルがふーっと息をつく。
「フレデリック様。姫様は意外と頑固なんです。このままだと夜の鐘が鳴ったら作業部屋へ迎えに行きますよ」
フレデリック様がさっきより嫌そうな顔をした。
「………………わかりました」