65話 教会
パフェをしっかり堪能して、紅茶を飲んでそろそろ帰ろうかと思った所で、「姫様!?フレデリック様!?」と驚きの声が近くで聞こえた。声の主は私たちがいるテーブルから一番近いテーブルの食器を下げようとしていた初老の女性店員さんだった。
誰だっけ。見たことある気がするけど……
「あの時は治療していただき本当にありがとうございました」
周囲を気にして小声で内容をぼかしていたが、それで私は彼女が誰だったか思い出した。アーシェイヴィルに襲われて、治療を受けるか最後まで迷っていた三人の内の一人だ。
女性は食器を持って厨房へ急いで戻って行った。そして「あんた、ちょっと来て!」と厨房に向かって声をかける。先程の女性と一緒にやって来たのはやはりあの時の三人のうちの一人、初老の男性だった。男性もお礼を言って頭を下げた。女性も一緒に頭を下げている。あの時は知らなかったが夫婦だったようだ。
「もういい。やめろ」
師匠が面倒くさそうに手を振って二人の頭を上げさせる。一番奥の目立たない席で、観葉植物で見えづらくなっているが、離れた所からいくつもの好奇心に満ちた視線を感じる。
「お店は無事でよかったわね」
私が声をかけると女性が表情を和らげた。
「はい。自宅とは離れた場所に店を構えていたのが幸いでした。家も職も失い、王都の教会でお世話になっている人も多くいる中、お二人のお陰で仕事もできますし、本当に感謝しています」
「そんなに教会で保護されてるの?」
女性が言うには師匠のお陰で最小限の被害で済んでいるとはいえ、今回のことで家や職を失った人が多く出た。国は宿を借り上げたり、治療院を解放したり受け入れ場所を何とか作っているが、それだけでは足りない。
働き盛りで家も職もない人は王都の宿で一時的に受け入れ、働き先を斡旋して、働けない高齢者や子供は教会で受け入れることになったようだ。
自分たちが働ける人たちは補助金も支給され、何とか生活できているが、教会は補助金が支給されるとはいえ、自分たちで稼げる人が少なく、元々教会が面倒を見ていた孤児たちもおり、生活が困窮しているらしい。
教会ってちょっと面倒なんだよね……
大陸の北の方にあるディユテール教皇国。この大陸で崇めている創造神ディーフェルゥユが降臨されたとされる聖地だ。
神話によると、創造神はまず大地を作り、人を作った。そして人が木で家を作り、火で暖をとり、土で作物を育て、金で装飾し、水で喉を潤して生きていけるように土地に自分の力を与えた。
しばらくは創造神は人々の営みを見守り続けたが、次第に自分もそこで暮らしてみたくなった。だが神である自分がそのまま下界で暮らすことは影響が大きすぎてできない。何せ創造神である自分は何でも生み出せてしまう。それでも人の営みの発展が遅々として進まないことも気がかりだった。
そこで創造神は自分の一部から木の神、火の神、土の神、金の神、水の神を産み出した。この神たちは自分の属性に関しては力を振るえるが、それ以外は人と変わらない存在だった。創造神はこの五柱を自分の代わりに下界へ送ることにした。五柱と共に下界に降り、人々に五柱と協力してこの大陸を豊かに発展させるよう告げると創造神は神界へ帰り、今もなお下界を見守り続けているそうだ。
残った五柱は創造神の望み通り、人と協力して大陸は目覚ましい発展を遂げた。五柱と人が交わったことにより、人も神と同じような力――すなわち魔術を使えるようになった。
つまり貴族とは五柱の子孫であり、神の子供だと言われている。
だからテオくんの家庭教師のように貴族は神の子で、平民はただの人だと蔑むような貴族が一定数いるのだ。
私も創造神ディーフェルゥユを信仰しているけど、神話を全部信じているわけではない。
神様の子供って……本当に?て思うし。というより人も神様が作ったんだから神の子供じゃないの?て思うんだよね。
そして大陸全土が教徒なので、各国にある教会の一つに必ず教皇国から派遣された大司教がいる。教会自体は国にいくつかあっても、大司教がいる教会とは重みが全く違う。貴族も平民も結婚するには大司教がいる教会に書類を提出しなければならない。基本的に教会は教皇国の管轄になるので、貴族の権力が及ばない場所だ。
大陸全土が創造神ディーフェルゥユを信仰しているのだから、聖地であるディユテール教皇国に戦を仕掛ける馬鹿な国なんていない。そしてこの国は中立国で、どこの国とも争わないと公言している。
そんなわけで教会は独特な立ち位置なのだ。教会の運営は教皇国から資金が出ており、今回のように国がお願いして民を受け入れてもらった場合は多少補助金が出るが、それだけでは足りないようだ。
でも国も町を再興するためにもお金をかけなきゃいけないし、いっぱいいっぱいなんだろうな……
「俺たちは孫が教会でお世話になってるから、たまに日持ちする食べ物を持って会いに行ったりするんですが、俺たちも食べていくのがやっとで……」
アーシェイヴィルの被害に遭って、息子さん夫婦が亡くなったそうだ。孫は生き延びたがお店もあるし面倒を見るのが難しいということで教会に預けている状態だという。
男性が話していると、女性は悲痛な面持ちで目に涙を浮かべて俯いた。亡くなった人がいることはわかっていたけど、目の前に実際家族を喪った人が現れてかける言葉が見つからなかった。
王族でも力がない……慈善事業をするお金もない。私は無力だ……
私はグッと唇を噛み締めて、やるせない思いを堪える。喪った命はどうすることもできないけど、今自分が出来ることをしよう思い、斜めがけ鞄から大銀貨を5枚出した。




