64話 内緒
ドレスは最終調整後に館に届けてくれることになった。取りに来てもよかったんだけど、ヴァレリーさんが「お届けに上がります」って引かなくってね……
そんなにマリーベルに会いたいんだねって思ったらお願いするしかないよね。
仕立て屋を出て、師匠に何か欲しいものはないか聞かれた。
「うーん……特にないです。師匠はありますか?」
「そうだな……カフェにでも行くか?」
「疲れましたか?」
「いや。メルはここでしか食べられないものを食べたくはないか?」
ここでしか食べられないもの?そんなの食べたいに決まっている。師匠の誘惑に乗りそうになったが簡単に頷けない。
「でもマリーベルが昼食を用意してくれていますよね?すでに予定よりちょっと遅れてますし……それにマリーベルは食べられないのに……」
「そう。だから内緒だ」
師匠がいたずらを思いついた子供のような顔で笑っていた。珍しい表情に心臓が大きく跳ねた。
師匠の新しい一面を知ると嬉しくなる。私は気づいたら笑みを浮かべていた。
結局誘惑に負けてカフェに寄ることになった。今日私が通った場所はアーシェイヴィルの被害に遭わなかった所ばかりだったので、どのくらい町が復興しているのかわからなかった。ただ材木を運んでいる人たちを多く見かけたので、まだまだ厳しい状況なのだろうと思う。
苦しいけど私には何もできない。陛下たちはきちんと支援してくれることを願うしかない。
……だ、大丈夫だよね?王妃たちの散財の件以外は陛下の治世に対して大きな批判の声は聞かないし、宰相もいるし……
復興のことを考えている間に、カフェに着いた。外観はオレンジの瓦にクリーム色の壁で、大きいけどどこにでもありそうな建物だった。ただ窓は大きく、木で出来た大きなテラスがあり、そこでお茶を楽しんでいる人たちがいることでカフェなんだと認識できた。
私たちは人目を避けたかったので、店内に入った。
店内は観賞用の小さな植物がたくさんあり、落ち着いた雰囲気だった。お客さんはそれなりに入っているけど、席と席の間隔が広いため、騒がしいこともなくゆったり寛げそうだ。壁際の一番奥の席に座ると、若い女性店員さんがやってきた。師匠の顔を見て少し頬を赤らめていた。見慣れていたから忘れていたけど、師匠の顔は整っていたんだった。師匠は慣れっこなのかちょっと挙動がおかしい店員さんに気にせず紅茶を注文する。そして私に「パフェと紅茶でいいか?」と聞いてきた。パフェが何かよく知らないけど、それがここでしか食べられないものなのだろうと思って頷く。師匠がさっと小銀貨1枚と大銅貨1枚を机に置いて支払ってしまった。せめて自分の分くらいは払おうとしたが、師匠に押し止められた。
私はいつになったら師匠にお返しができるんだろう……
そんなことを思っている間に店員さんが師匠をチラチラ見ながら注文を伝えに厨房の方へ行ったのが目に入った。
「師匠もマリーベルも町に出れば結婚相手に困らないんですね……」
私にはそんなことが起こりそうになくてため息をついた。師匠は首を傾げている。
「何を言っているんだ?」
「師匠は結婚についてどう思ってるんですか?」
「……あんまり考えてないな。兄が結婚しているから家の方は大丈夫だからな。それに……」
そこでふいに言葉が途切れた。師匠はしまったという顔をした後しかめっ面になった。そしてそっぽを向いて頬杖をつく。
そんな所で黙られたら気になるに決まっている。
「それに?」
私が先を促すと言いたくなかったのか軽く睨まれた。それでもめげずにもう一度「それに?」と繰り返して笑顔で迫る。観念した師匠は眉間に皺を寄せて恥ずかしそうにし、たっぷり間を開けてから渋々口を開いた。
「………………………………今の生活は悪くない」
……つまり今の私とマリーベルとパール、時々テオくんとアメリーさんがいる生活に満足していると。
そう思ったら口元が緩むのが止められなかった。慌てて両手で隠したけど、ムスッとした顔の師匠に見咎められた。
「……何でそんなに嬉しそうなんだ?」
「へへ〜内緒です!」
最初はあんなに私たちのこと嫌そうだったのに。結婚して今の生活がなくなる方が嫌だと。
今の生活が幸せで大切だと思っている自分と同じような思いを師匠も持っているのだと思ったら、胸が温かくなった。何でかわからないけど、無性に嬉しかった。
師匠は少し頬を赤くしながらぶすっとしていた。
そうしていると注文していたパフェと紅茶が運ばれてきた。
「これがパフェ!」
口が大きく開いたガラスの器にフルーツや生クリーム、チョコレートが綺麗に盛られている。今は苺のパフェの時期らしく苺がふんだんに使われていた。
この国では土の属性の土地で野菜や果物が季節に関係なく栽培できるため、店独自に売り出す野菜や果物が違う。このお店は今、苺を売りにしているようだ。周りのお客さんのテーブルを見ると、苺がたっぷり使われたケーキやパフェが並んでいる。
「いただきます!」
スプーンに生クリームとカットされた苺を掬い、パクリと口に入れる。苺の程よい酸味と甘み、甘すぎない生クリームが私を幸せにした。
「おいっしい……!」
左手を頬に当てうっとりと味わう私を見て、お茶を飲んでいた師匠がフッと笑った。
「それはよかった」
柔らかく微笑む師匠になんだか胸がギュッとなった。師匠は最近よくこんなふうに笑う。この笑顔はなんだろう……なんかこう、何か愛おしいものを見るような慈愛の眼差し……そう。
「理想の母親の笑顔!」
「誰が母親だ」
子供を見守る優しい笑顔から恐ろしい魔獣のような顔になった。ついでに加減はされてるけど、ズビシッと手刀が脳天に落とされた。
うう……地味に痛い。
恨めしい視線を師匠に向ける。
「俺のことはいいから、しっかり味わって食べろ。なかなか来られないんだから」
「はーい。師匠も食べます?」
「甘そうだからいらない」
師匠の言葉に甘えてゆっくり味わいながらパフェを食べる。師匠は急かすことなくお茶を飲んでいる。他愛のない会話をして二人で笑う。
あ〜幸せだなぁ……
私はパフェと一緒にこの贅沢な時間を存分に味わった。




