61話 制裁
テオくんの屋敷に着くと、驚くテオくんとアメリーさん、老紳士のピエールさんと軽く挨拶し、家庭教師に私たちの訪問を悟らせないよう、いつも通りに振る舞ってもらうことになった。もし家庭教師が門番から私たちのことを聞いていたら、帰ったと言ってもらうことになっている。
どれだけ待つのかなと思っていたら、テオくんの部屋の斜向かいのソファーとテーブルだけのシンプルな部屋に案内されてすぐに家庭教師がやって来た。
テオくんと家庭教師が部屋に入り、しばらくしたら私と師匠は音を立てないよう気をつけて待機していた部屋を出る。そして師匠がそっとテオくん達がいる部屋の扉を少し開けた。
「まだこんな初級の魔術陣も満足に描けないのか!これだから平民は!」
「すみません……」
中から聞こえてきたのは、耳障りな若い男の声だった。家庭教師は勉強を教えず、「貴族面するな」「高貴な我々とお前とは流れてる血が違う」とかテオくんを罵り続けた。
……何言ってるの?
貴族の血統というだけで、そこまで平民を蔑んでもいいのだろうか。貴族は魔術で国を守り、平民は衣食住という日々の生活の営みを支えてくれている。互いが助けあって『国』が成り立っているのではないのか。
私は怒りから強く握った拳が震える。思わず乗り込もうとドアノブに手をかけたら、師匠に強く肩を引かれた。
「メルは姿を見られないよう、隠れていろ」
師匠は小声で早口に言うと、私をさっきいた部屋の方へ押しやった。突然のことで驚きが上回り、怒りがどこかに行った。何で隠れていなきゃいけないのかわからないけど、師匠の指示に従って部屋に戻る。様子は見えなくても、声だけは聞こえるかなと思って、こちらの扉も少しだけ開けて扉に張り付いた。
「何だ、その顔は。身の程をわきまえろ!」
「お前こそわきまえろ」
家庭教師の怒声に、師匠が静かにしかしはっきりとした声で即座に口を挟んだ。
「なっ……フ、フレデリック様!?なぜ……!?」
家庭教師は師匠がこの場にいることに仰天し、ここにいる理由を尋ねるが師匠はそれには答えず問い返す。
「お前は誰の命令でここに来ている?」
「……っ!」
家庭教師は黙った。何も言い返さないことから国の――陛下からの命令だってことを思い出したのだろう。
「お前の仕事は元平民のロンヴィット男爵が、貴族としての知識を身につけられるように教育することだろう。その仕事を怠っているということは陛下に従えないということか。ああ、そうか。お前はヘクター殿下にしか従えないのだな。こちらから家庭教師を代えるよう宰相閣下へ報告しておこう」
師匠が淡々とやや早口で一息に言い切ると「お待ちください!」と家庭教師が慌てて反論する。
「私はヘクター殿下の派閥に属しておりますが、陛下に叛意はありません!平民が思い上がらぬよう教育していただけです!今後はきちんと教えますから交代だけは……!」
家庭教師の悲痛な声が響いた。後で師匠に聞いたがこの家庭教師は男爵家の三男で、金銭的に困窮しているらしい。国からの仕事ということで、普通の家庭教師の仕事とはお給金が全然違うそうだ。
そんな事情があるなら真面目に仕事すればよかったのに。
自分の都合のいいことしか言わない家庭教師にうんざりする。師匠が「わかった」と言うと、「ありがとうございます!」と家庭教師の喜びに満ちた声がした。
え!?何かされたら復讐を考える物騒な師匠があっさり引き下がった!自分事じゃないから!?
復讐に走らない方がいいのだとは思うが、耐えてきたテオくんの気持ちを考えるとモヤモヤする。そして正直ちょっぴり罰が下ればいいのにという気持ちもある。性格悪いかなと思うけど、思っちゃうんだからしょうがない。
「家庭教師の交代は進言しないが、職務怠慢に関しては報告する」
「え!?」
師匠の声色は優しげだが、私は背筋がゾワゾワして怖くなってきた。無意識に自分を抱きしめて二の腕をさする。
黒い笑みを浮かべてるんだろうな……
師匠たちの姿は見えないが、家庭教師と巻き添えでテオくんまで青くなっている姿が目に浮かぶ。
「フレデリック様、お言葉ですが職務怠慢というのは言い過ぎでは……?教えていることもあるよな!?」
「えっ!?えっと……はい」
前半は師匠に恐る恐る、後半はテオくんに高圧的に家庭教師が問う。テオくんは勢いに負けたのか控えめに同意した。
「『教師』という立場なのに、教えずに本を読んで覚えろというのは、職務怠慢と言わず何だと言うんだ?本を読むだけでいいなら『教師』という職なんて必要ないだろう!」
師匠が語気を強めた。思わず背筋が伸びる。家庭教師の怒声は小物が吠えている感じだが、師匠の声は重みと迫力がある。
「今後も同じようなことが起こったら困る。報告をして、相応の罰は受けてもらう。交代はしないよう、口添えはするから安心しろ」
交代してもらった方がいいんじゃない?と思うけど交代してまた同じような人が来ても困るか。でもこういうことがあった後だとちゃんとした人が後任に選ばれそうだけど、交代しないよう口添えまでするなんて、意外と優しい。
「ああ、それからロンヴィット男爵は当主だ。ただの男爵家の三男であるお前より身分が上になる。態度を改めてお教えするように」
「フレデリック様!?」
家庭教師が悲鳴のような声を上げた。師匠はそこに追い討ちをかける。
「身分をわきまえろと自分で言っていたのだから当然のことだろう?もし態度が改められない場合、教師は交代させる。そうなれば今後お前に教師の仕事は回って来ないだろうな」
……優しさじゃなかった。今まで見下してた相手を敬うようにってプライドの高い家庭教師からしたら屈辱だろうな……
私は乾いた笑いが口から漏れた。
家庭教師はもう何も反論できないのか束の間、静けさに包まれる。
「ではロンヴィット男爵、何かあればご連絡ください。本日は失礼いたします」
「えっあっありがとうございました!」
バタンと扉が閉じた音がしてから、私はそろそろと扉を大きく開けた。師匠は玄関に向かう方向を指差し、小さな声で「行くぞ」と言うと足早に通り過ぎていく。私は置いていかれないよう慌ててついて行った。




